Photo by Takuo Sato

すべてを解放する歌声と穏やかで鮮やかなグルーヴ

 この2月に来日公演を行ったステイシー・ケント。芳醇なスタンダード曲たちを瑞々しくよみがえらせていくこのジャズ・ソングバードの魔法の歌声に改めて感じ入るライヴだった。そんな素敵なマジックは、最新作『Live At Birdland-New York』にも溢れている。これは2014年12月にニューヨークの老舗クラブで録音されたライヴ盤で、ブラジリアン・ポップ・マエストロ、マルコス・ヴァーリとの2枚目となる共演作。何度も共演を重ね、気心知れた両者だが、音楽を奏でるたびにきっと出会った頃の感覚を取り戻すことができるのだろう。そう思えるほどにどの演奏も何とも言えない初々しさがあり、マルコスが書いた楽曲自体が内包する若々しさがより浮き立ってみえるところがいい。

MARCOS VALLE,STACEY KENT Live at Birdland- New York City (From Tokyo to New York) Sony Music Entertainment(2016)

 「若々しさの原因は間違いなくマルコスね。いつも子供のように好奇心旺盛で、朝の3時ぐらいに〈君の声が聴こえてきたからこの曲がやりたいんだ〉なんて興奮気味のメールが届いたりするの。新しいものを学びたいという彼のハングリーさに触れると、私たちもそうありたいという気持ちにさせられてしまう」

 メロディにひそむメランコリーをそっと掬い上げて優しく解き放っていくあなたの歌声も素晴らしい。

 「ありがとう。彼の曲を歌うときは両手で大事に掬い上げながら繊細に扱うよう心がけているつもり。演奏のスピードをできるだけゆっくりにして、一音一音かみしめるように、もっと言えば、一音と一音のほんのわずかな間にまで気をつかいながら歌っている。そもそもソングライター本人に見つめられながら歌っているってことが貴重な経験だから。いつも私の息遣いをじっと見つめてくれていて、しっかり同調してくれる。そこに生まれる空気はかけがえのないものね」

 ゆったりした両者の呼吸が生む穏やかなグルーヴを鮮やかに記録したこのライヴ盤。ところであなたにとって理想的なライヴ作品は? と訊くと「ジョアン・ジルベルトのライヴ盤かな。時計の針が動くように演者と観客が静かに呼吸しているのがわかって、リスナーも同調せずにはいられなくなる」とのこと。あと、マルコスから言われた忘れられないひと言があれば教えて、という質問には「ステージの上でも下でも、君といると心が穏やかになるんだよ、って言ってもらったことがある。自分が誰かに影響を及ぼすなんて考えたこともなかったから驚いたわ」。それを横で聞いていた夫のジム・トムリンソンが「ステイシーの歌声にはブラジル音楽の持つ喜びや悲しみ、生と死を体現できる力があって、人生悲しくたっていいんだよ、って語りかけてくるんだよね」。同感。というか、締めとしてこれ以上の言葉はないな。