Photo by Takuo Sato

大所帯のオーケストラさえ包み込むその歌声は 親友カズオ・イシグロをも虜にする

 安定の可憐さというべきか。とりわけ今回は特に会場を支配する歌声のコントロール力が完璧で、超繊細な囁き声に幾度も心が溶かされた。ステイシー・ケントに会いに行ったのは、そんな強力なBlue Note Tokyo 3デイズを終えた翌日の午後。さっきの感想を伝えると「実はいままででいちばん良い感覚が自分のなかにもあったの」と彼女。何故それが得られたのかを尋ねてみると「ひょっとしたらライヴ前にふくろうカフェへ行ったからかも」なんて随分キュートなことを言ってくれる。「ロッキーに住んでいて野性の動物がとにかく大好きなの。彼らは人間にとって大切な存在で、いつも多くのことを教わっている。例えば人間らしさを大事にするんだよ、ということとか。そうそう、彼は腹のあたりを撫でてあげたらすごく喜んでくれて」と、ふくろうとの交流をカフェで撮ったツーショット写真を眺めつつ嬉々として語ってくれたが、優しい目をしたふくろうクンはこのとき的確なアドヴァイスを彼女の耳元で囁いていたに違いない。

 ライヴのセットリストで核を成していたのは、2017年発表の最新作『I Know I Dream』の収録曲だ。念願だったオーケストラとの共演作となった本作、「尊敬すべきミュージシャンたちの愛を感じられるレコーディングだったわ」と振り返る。「レコーディングの場において何をすべきかを私はジョアン・ジルベルトやアントニオ・カルロス・ジョビンから学んだ。彼らのオーケストラ・アルバムを聴くと何十人のミュージシャンを使おうとも親近感のある世界を作りだせている。それを強く意識しながらレコーディングしたわ」。聴き手としてはどんな装飾が施されようが彼女の独特な歌世界はまったく揺ぐことがないことを本作から学んだ。いったい何と融合しようとも歌声が醸し出すインティメイトな雰囲気は不変。「それってカズオ・イシグロからも言われたことと同じだわ」と彼女。ステイシー&ジム・トムリンソン夫妻と親友であるノーベル文学賞作家はふたりがもっとも信頼を置いている存在で、出来上がった曲をレーベルよりも先に聴かせたのが彼だったそう。ちなみに最新作では“Bullet Train”という新幹線をモチーフにした歌詞を提供、楽しい名曲が誕生している。「彼とジムのソングライター・チームのコンビネーションって素晴らしいんだけど、私はふたりの会話を聴いているだけでとても楽しくて。ぜんぜん違った環境で育ったふたりなのに見えているヴィジョンはいつもいっしょなの。すでに彼と新曲を作ったんだけど、すごくシネマティックな曲で、また違った夢を見せてもらえるような素敵な曲に仕上がっているから出来上がりを楽しみにしていて」とのこと。了解致した。