©James D Kelly

ステレオフォニックスのシンガーがソロ作を完成! ロック・スターの表情とは異なる、穏やかな歌とリリカルな鍵盤で紡がれるのは、心の中へのゆきてかえりし物語――

 北海に浮かぶノルウェーの離島でレコーディングしたと聞いて、ケリー・ジョーンズの17年ぶりとなるソロ・スタジオ・アルバム『Inevitable Incredible』が夜の似合う作品になった理由がおのずと腑に落ちる。サウンドと声が届ける寂寥感と奥深さ、しばしば見せる切実な温もり、そして心の奥底を旅するかのような孤独と誠実さ。コンセプト・アルバムと言っても差し支えないほど、ケリー・ジョーンズの心の旅をそのまま映すかのようなピアノと歌声はシンプルで美しい。

KELLY JONES 『Inevitable Incredible』 Ignition/ソニー(2024)

 実際、表題曲のオープナー“Inevitable Incredible”は、波のさざめきがイントロに織り込まれている。その音でたちまち深い世界へと誘われ、アルバムという旅の相棒としてこちらも巻き込まれていくかのよう。そんな仕掛けも、しっくりくる。

 ステレオフォニックスのヴォーカリスト、ギタリスト、そしてソングライターとしてケリー・ジョーンズが最初に注目を集めたのはデビュー間もない97年。英ウェールズのカマーマンという小さな町で結成されたバンドは、その後メンバー・チェンジを経ながら全英1位の常連に。骨太でストレートなギター・ロックを軸に、アーシーなアメリカーナやR&Bを取り入れたり、ときにはハード・ロックのリフやソウルの歌心に焦点を当てたり、25年を超えるキャリアの中でさまざまに進化していった。2022年にリリースした12作目『Oochya!』も全英1位を獲得している。

 その一方で、国民的バンドのフロントマンという座にあぐらをかくことなくケリー・ジョーンズは音楽的な冒険を休みなく続けている。ファースト・ソロ・アルバムは2007年の『Only The Names Have Been Changed』。その後、2019年にはステレオフォニックス曲を中心にソロ・ツアーを行い、その模様をソロ・ライヴ盤『Don’t Let The Devil Take Another Day』として2020年にリリース。このときのツアーでオープニングを担当した(遡れば2013年にステレオフォニックスが行ったUSツアーのオープニングも飾っていた)USのデュオ、ウィンド・アンド・ジ・ウェイヴのパトリシア・リンおよびドワイト・ベイカーと共にファー・フロム・セインツというバンドを結成。ケリー自身のプロデュースで2023年6月にはバンド名を冠したアルバム『Far From Saints』をリリースしている。わずか9日間で録音したそうだが、ブルーグラスやアメリカーナ、カントリー音楽を男女の声で伸びやかにデュエットする気持ちの良い一枚に仕上がっていた。

 そうやって精力的に活動を続けるケリーは、『Inevitable Incredible』のソングライティングを2022年10月から12月にかけて集中的に行なったそう。しかも、これまで基本的にギターで曲を書いてきた彼が、初めてと言ってもいいピアノ主体で曲作りを行ったというから驚く。その後、前述の離島にてわずか6日間、集中的にレコーディングして生まれたのが本作だ。

 ケリーの魅力的なスモーキー・ヴォイスと彼自身が弾くピアノを軸に、曲によってはストリングスやギターなどの楽器を重ねながらスロウからミッドにかけてのテンポの曲たちが色付けられていく。そんななか、数少ないアップテンポの曲のひとつ“Echowrecked“のポップな輝きがあったり、最終曲“The Beast Will Be What The Beast Will Be”では女声とのデュエットがもたらす高揚感があったりと、こちらを飽きさせることがない。

 ケリー自身が監督した“Inevitable Incredible”のMVでは、自己探索の末に丸裸になり、もう一人の自分を見つけるかのような様子が描かれている。まさしく、本作のソングライティングや録音は自分自身をより深く知る経験だったはず。ぜひ街が寝静まった深夜に、ヘッドフォンやイヤホンで聴いてみてほしい。聴きながら彼の旅とあなた自身の旅が重なっていくはずだ。

左から、ケリー・ジョーンズのライヴ盤『Don’t Let The Devil Take Another Day』(Parlophone)、ファー・フロム・セインツの2023年作『Far From Saints』(Ignition)、ステレオフォニックスの2022年作『Oochya!』(Stylus)