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時代を超えていまも多大な影響力を誇る永遠のスーパー・ディーヴァ、ドナ・サマーが今年で世界デビューから50周年! 独自企画盤となるシングル集が届いたこの機会に、日本でも愛された〈ディスコの女王〉の輝かしい歴史を改めて振り返ってみよう!

 世界デビューから50周年という区切りを知ってか知らずか、ドナ・サマーの周辺がまた賑やかになっているのは確かだ。カニエ・ウェスト&タイ・ダラー・サインが許可なく“I Feel Love”をネタ使いした“Good (Don’t Die)”を巡る騒動は記憶に新しいし、同ネタ使いでは少し前にビヨンセ“Summer Renaissance”(2022年)もあった。もっと大きい観点からの捉え直しという意味では、ドナの娘であるブルックリン・スダーノが共同監督したドキュメンタリー「Love To Love You, Donna Summer」やカサブランカ創設者のニール・ボガートを描いた伝記映画「Spinning Gold」も昨年公開されたし、さらには今年3月8日の国際女性デーに合わせたEP『Any Way At All』も配信されたばかりだ。

 アンダーグラウンドなダンス・ミュージックと相互作用しながら互いをポピュラーに引き上げていったドナの功績は絶大で、大雑把に言えばマドンナやジャネット・ジャクソンの躍進におけるロール・モデルのひとりとなるし、カイリー・ミノーグやビヨンセ、レディ・ガガ、そしてそれ以降の多くのアーティストにとっての祖先と位置づけることもできる。当然ながらその影響は世界中に波及していて、日本でも彼女は〈ディスコの女王〉として70年代から愛されてきた。例えば“Hot Stuff”を聴いて何を思い出すかは世代によるとしても、どこかで彼女の歌声や楽曲を少しでも耳にしたことがあるという人は世代を問わず少なくないだろう。

 てなわけで、このたび世界デビュー50周年の節目に、ドナの日本独自企画ベスト盤『Japanese Singles Collection -Greatest Hits-』が登場した。過去に日本で発表されたシングル44曲の最新リマスター音源を3枚のSHM-CDにコンパイルし、MV集のDVDをプラスした圧巻の4枚組。ディスコ黄金期の〈愛の誘惑〉〈愛のたわむれ〉をはじめとする世界的ヒットはもちろん、80年代を象徴する〈情熱物語〉、さらには90年代のオリジナル・アルバム未収曲、そしてブレイク前の〈恐怖の脅迫電話〉が収められているのもポイントだろう。当時の日本盤シングルの全ジャケットをリサイズして再現したアートワークも相まって、その時代ごとの空気を懐かしく、あるいは新鮮に追体験できるはずだ。

DONNA SUMMER 『ジャパニーズ・シングル・コレクション -グレイテスト・ヒッツ-』 ユニバーサル(2024)

 

カサブランカでの華々しい成功

 前置きが長くなったが、以降は彼女の濃密なキャリアを駆け足で振り返っておきたい。ドナ・サマーこと本名ラドンナ・アンドレア・ゲインズは、48年12月31日にマサチューセッツ州ボストンで生まれている。クリスチャンの家庭に育った彼女は、10歳の時に教会でパフォーマンスを経験。高校では校内のミュージカルで活躍し、卒業後はNYに移ってロック・バンドで活動するなど、最初から意欲は旺盛だった。ただ、レコード契約が叶わぬままバンドは解散し、機会を求めた彼女はミュージカル「ヘアー」のドイツ版オーディションに挑むことになる。そこで役を掴み、68年にミュンヘンへ移ったことが彼女の運命を永遠に変えた。

 ドナ・ゲインズ名義での音盤デビューは、その「ヘアー」のキャストとしての“Wassermann”(“Aquarius”のドイツ語版)。ドイツ語をマスターした彼女はそこからミュージカル出演やモデル業、スタジオのバック・シンガーなどで忙しく働いている。その後はオーストリアのウィーンに移り、「Godspell」(72年)で共演した俳優のヘルムート・ゾマーと73年に結婚、同年に娘のミミを出産。転機はそんな頃に訪れた。ジョルジオ・モロダーが運営するミュンヘンのミュージックランド・スタジオでスリー・ドッグ・ナイトのセッションに参加した際、ドナはモロダーにシンガーとしての可能性を見い出され、彼のレーベル=オアシスと契約する。そうしてモロダーやピート・ベロッテと作り上げたデビュー・アルバム『Lady Of The Night』(74年)はオランダのグルーヴィーというレーベルを通じて欧州リリースされるが、その際に手違いで姓が〈Sommer〉ではなく〈Summer〉とスペルされ、ドナ・ゾマーはドナ・サマーになってしまった。なお、先述の〈恐怖の脅迫電話〉こと“The Hostage”はその初作に収録され、オランダやベルギーでTOP10入りを記録している。

 そして翌75年に生まれたのが意欲的な問題作“Love To Love You Baby”だ。セルジュ・ゲンスブール“Je t’aime... moi non plus”に着想を得たという同曲は、シンセを駆使した実験的で妖しげなサウンドメイクに、喘ぎ声を全編に挿入するという煽情的な仕掛けを施したもの。全米進出を狙うモロダーから音源を送られたカサブランカ主宰のニール・ボガートは、ディスコ用に長いヴァージョンの制作を要請し、最終的にカサブランカと契約したドナは母国へ逆輸入的に上陸を果たす。その16分超の長いヴァージョンはボガートの読みが当たり、結果的にUSのディスコ・チャートで首位(総合2位/R&B3位)を獲得。初作ではソフト・ロック的な音楽性だったドナも、ディスコ時代を見据えたモロダーのサウンド進化に呼応し、怒涛のカサブランカ時代が幕を開ける。

 華々しい成功の連なるカサブランカでは4曲の全米No.1を含む膨大なヒットが生まれたが、なかでもモロダー製〈ミュンヘン・サウンド〉の完成形となったのが“I Feel Love”(77年)だ。シンセとシーケンサーで組み立てたこの〈プロト・テクノ・ポップ〉は、当時ベルリンに滞在していたブライアン・イーノが〈この先15年のダンス音楽を変える〉と興奮するほど革新的なもので、これは全英1位/全米6位を記録している。また、78年にはジミー・ウェッブのバラードをディスコ解釈した“MacArthur Park”が初の全米No.1を獲得。同曲を含む『Live And More』も初の全米No.1に輝き、彼女はシングルとアルバムが同時に全米1位を獲得した初の女性アーティストとなった。

 それ以上に大きな成功を収めたのが79年の金字塔『Bad Girls』だ。初めてミュンヘンではなくLA録音となった同作では意図的にロック色を強めるなど振り幅が広げられ、モロダーの新たな参謀ハロルド・フォルターメイヤーはギラついたリフが印象的な“Hot Stuff”を共作。また、ドナと80年に結婚するブルース・スダーノ(ブルックリン・ドリームズ)も〈Toot toot, hey, beep beep〉の号令で知られる“Bad Girls”などを共作して重要なブレーンになっている。それら2曲が全米1位に達したほか、ドナが一人で書いたソウルフルな“Dim All The Lights” などの重要曲を満載したアルバム自体も全米1位を獲得。勢いに乗ってベスト盤『On The Radio - Greatest Hits Volumes I & II』も全米チャートを制し、これにて彼女は3作連続で2枚組アルバムを全米1位に叩き込んだ初のアーティストとなった。

 

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試行錯誤のポスト・ディスコ時代

 が、そんな絶頂期にドナとカサブランカの間には軋轢が生じていた。あくまでもディスコ路線を望むレーベルに対し、彼女は他のスタイルも取り入れて表現の幅を広げたいと考えていたのだ。また、信仰を再発見した彼女にとって性的なイメージばかりを期待される状況は折り合わず、他にもシングルの切り方など不当な扱いに不満があったそうで、最終的に彼女は新興レーベルのゲフィンに第1弾アーティストとして移籍。並行して古巣カサブランカに訴訟を起こしている(レーベルは反訴し、後に和解)。

 いずれにせよ爛熟したディスコ・ブームへの反動は逆風となり、その意味でドナの判断は正しかったのだろう。引き続きモロダー&ベロッテと組んだゲフィン移籍作『The Wanderer』(80年)は、全米3位を記録した表題曲を筆頭に、ニューウェイヴ時代の折衷的なポップ・サウンドに転換した。チームはそのまま次作に取り掛かるが、ドナの妊娠もあって進行が滞ったことからレーベルの判断で制作はキャンセルされ、それが結果的には盟友モロダー&ベロッテとの最後のアルバム制作になってしまった(96年にその際の音源をまとめた『I’m A Rainbow』が出ている)。代わりに白羽の矢が立ったクインシー・ジョーンズの制作で82年にはクロスオーヴァー志向の『Donna Summer』が発表されている。

 そんななか、83年にはカサブランカ(を吸収したマーキュリー)との契約を満了すべくマイケル・オマーティアンの制作で『She Works Hard For The Money』をマーキュリーから発表するが、ゲフィンにとっては皮肉なことに、これが80年代で最大の成功となる。訪れたレストランで女性の清掃員と出会ったことでブルーカラー女性を称える内容となった表題曲は当時のウーマニズムにも呼応する大ヒットとなり、全米3位/R&Bチャート首位を記録。ブライアン・グラント監督による同曲のMVも支持を集め、アフリカン・アメリカンの女性アーティストとしては初めてMTVでヘビーローテーションを獲得したとされている。

 ゲフィンはそのままオマーティアンにプロデュースを依頼して『Cats Without Claws』(84年)が登場するもこれは不発に終わり、「トップガン」など大作映画に欠かせない大物になっていたフォルターメイヤーを迎えて『All Systems Go』(86年)を出すが、こちらもヒットには至らず。続いてはカイリー・ミノーグやバナナラマらを次々に成功させていた売れっ子のストック・エイトケン・ウォーターマンとアルバムを制作するもレーベルはリリースを見送り、結局ドナはゲフィンを離れることになった。もっとも、SAW自身もフェイヴァリットに挙げるその『Another Place And Time』は89年にアトランティックから出され、なかでも“This Time I Know It’s For Real”は全英3位/全米7位を記録している。

 

アイコニックな存在感

 R&B志向を見せた91年の『Mistaken Identity』以降、オリジナル・アルバムは途絶えるが、その間にはジョルジオ・モロダーの“Carry On”(92年)で再会を実現させたり、初のクリスマス・アルバム『Christmas Spirit』(94年)を制作したり、さらには新曲を含むベスト盤『Endless Summer: Donna Summer’s Greatest Hits』からの“Melody Of Love(Wanna Be Loved)”でダンス・チャート首位を記録したり。95年にはLAからナッシュヴィルに移り住み、音楽活動から一歩引いて趣味の絵画に没頭。それでもVH-1で放送されて高い人気を博した99年の特別ライヴ番組「Live And More Encore」から“I Will Go With You”をヒットさせるなど、ドナは定期的に健在ぶりを見せていった。

 そして久々のツアーを経た2008年には17年ぶりの完全なオリジナル・アルバム『Crayons』をリリース。翌年にはオバマ大統領のノーベル平和賞受賞記念コンサートに出演し、この先の展開としてスタンダード・アルバムとダンス・アルバムの2枚を制作する意欲を明かしてもいたが、結局それらが実現することはなかった。2012年5月17日、彼女はフロリダ州ネイプルズの自宅にて逝去する(享年63)。過去にたびたび候補になっていた〈ロックの殿堂〉入りが発表されたのはその年の暮れのことだった。

 そのようなアイコニックな存在感を称える事柄としては、今年2月に開催された第66回グラミー賞において生涯業績賞を授与されたのも非常に大きな出来事だろう。5度のグラミー受賞と18回のノミネート歴を誇る彼女は、女性アーティストとして〈最優秀ロック・ヴォーカル・パフォーマンス〉部門を受賞した初の女性アーティストであったし、97年に新設された〈最優秀ダンス・レコーディング〉部門を制した最初のアーティストでもあった。そうした評価の結果、彼女はR&B、ロック、ゴスペル、ダンスという4つの異なるカテゴリーでグラミーを受賞した初の女性アーティストにあたるのだという。〈クイーン・オブ・ディスコ〉の冠がいまなおドナの頭上にあるのは言わずもがな、彼女の功績はそこのみにて輝くものではない。

ドナ・サマーが参加した作品を一部紹介。
左から、スリー・ドッグ・ナイトの73年作『Cyan』(Dunhill)、ジーン・シモンズの78年作『Gene Simmons』、ブルックリン・ドリームスの79年作『Sleepless Nights』(共にCasablanca)

ドナ・サマーの参加したサントラ。
左から、77年の『The Deep』、80年の『Foxes』、83年の『Flashdance』(すべてCasablanca)

ドナ・サマーの参加作品。
左から、2005年のトリビュート盤『So Amazing: An Allstar Tribute To Luther Vandross』(J)、2017年のトリビュート盤『A Tribute To Dan Fogelberg』(Full Moon/BMG)、2019年のサントラ『Charlie’s Angels』(Republic)、2021年のリミックス盤『I'm A Rainbow -Recovered & Recoloured』(Driven By The Music)

 

DISCOGRAPHIC
DONNA SUMMER
ドナ・サマーを知るための16枚  
 

DONNA SUMMER 『Love To Love You Baby』 Oasis/Casablanca(1975)

ピート・ベロッテが制作し、編曲をモロダーが手掛けた2作目にしてカサブランカでのデビュー作。後にビヨンセ“Naughty Girl”などで用いられたエロティックな表題曲が17分近い尺でアナログA面を占める。B面ではディスコ調もありつつ、初作の延長線上にあるソフト・ロック系の素朴な曲もあり、後の姿から考えればマイルドな雰囲気だ。

 

DONNA SUMMER 『A Love Trilogy』 Casablanca(1976)

成功した前作の様式に倣い、アナログA面を丸ごと18分使った“Try Me, I Know We Can Make It”はメドレー風に展開していくディスコ長編。ただ、センシュアルな印象を後退させたかったのか全体的な風情はジャケさながらの優美な方向にシフトしている感じだ。バリー・マニロウ“Could It Be Magic”のダンサブルなカヴァーがヒット。

 

DONNA SUMMER 『Four Seasons Of Love』 Casablanca(1976)

四季を象った4曲+αで恋の移ろいを描いたコンセプト作品で、前作から編曲に関わるソー・バルダーソンらミューニック・マシーンの面々が物語をエレガントに演出する。浮き立つようなグルーヴが快い“Spring Affair”とソウルフルでメロウな“Winter Melody”がシングル・ヒット。SZAが“Anything”で用いた“Spring Reprise”もここに。

 

DONNA SUMMER 『I Remember Yesterday』 Casablanca(1977)

当時の視点から過去を顧みたコンセプト作品。1940年代を意識したという流麗な表題曲や50s風の音色を用いた“Love's Unkind”、60sモータウン調の“Back In Love Again”が並ぶ前半の役者ぶりが楽しい。名スロウ“Can’t We Just Sit Down (And Talk It Over)”でソウルフルな地力を見せ、シメの“I Feel Love”では未来の音を先取り!

 

DONNA SUMMER 『Once Upon A Time...』 Casablanca(1977)

「シンデレラ」のようなフェアリーテイルをディスコ・オペラ調でまとめた意欲的なコンセプト・アルバム。日本でのみシングル化された表題曲をはじめ、“Rumour Has It”や“I Love You”などの人気曲が並び、“Dance Into My Life”ではロボ声も響くなどモロダーらのSF的なノリも極まっている。結果的には最後のミュンヘン録音作に。

 

DONNA SUMMER 『Live And More』 Casablanca(1978)

初の全米No.1を記録したライヴ(&モア)盤。怒涛のディスコ・ヒット連発で押す一方、堂々たるスタンダードのメドレーやバーブラ・ストライサンド“The Way We Were”をソウルフルにパフォーマンスする姿からは本人の歌い手としての主張も見え隠れする。ラストにはスタジオ録音の“MacArthur Park”を18分の組曲形式で収録。

 

DONNA SUMMER 『Bad Girls』 Casablanca(1979)

グラマラスで煌びやかなロック感覚の“Hot Stuff”と、同時代のソウル/ファンクに接近した表題曲がいずれも全米1位を記録した、ドナのキャリアを代表する名盤。過去作に比べるとディスコのイメージは後退していて、ドナが単独で書いた“Dim All The Lights”や社会派な“Sunset People”なども全体的に洗練された雰囲気だ。

 

DONNA SUMMER 『The Wanderer』 Geffen(1980)

引き続きモロダー&ベロッテと組みながらも往年のディスコ・サウンドを脱却したゲフィン移籍作。全体的にロック~ニューウェイヴ色が濃く、全米3位まで浮上したシンセ・ポップの表題曲やハード・ロックの“Cold Love”がシフトチェンジの意欲を窺わせる。深くルーツに回帰した自作のゴスペル“I Believe In Jesus”もラストに収録。

 

DONNA SUMMER 『Donna Summer』 Geffen(1982)

クインシー・ジョーンズ指揮下で作られた野心作。電化ファンク“Love Is In Control (Finger On The Trigger)”を入口にヴァンゲリス“State Of Independent”のカヴァーやブルース・スプリングスティーン書き下ろしの“Protection”もあり、クロスオーヴァー感覚は半年後の『Thriller』にも通じる。大人数コーラスにはMJの名も。

 

DONNA SUMMER 『She Works Hard For The Money』 Mercury(1983)

カサブランカとの契約を満了するためのマーキュリー録音作。マイケル・オマーティアン制作でブルース・スダーノやジェイ・グレイドンも数曲を共作、シンセ・ポップを軸にミュージカル・ユースとのレゲエなど多彩な曲が並ぶ。自作のバラード“I Do Believe (I Fell In Love)”は後に「ストレンジャー・シングス」で使用された。

 

DONNA SUMMER 『Cats Without Claws』 Geffen(1984)

引き続きマイケル・オマーティアンをプロデュースに迎えて、前作を踏襲せんとした一枚。ドリフターズの軽やかなカヴァー“There Goes My Baby”とコンテンポラリーなシンセ・ポップ“Supernatural Love”がシングル・カットされている。ラストに置かれたインスピレーショナルな“Forgive Me”がグラミーのゴスペル部門を受賞した。

 

DONNA SUMMER 『All Systems Go』 Geffen(1987)

再会したハロルド・フォルターメイヤーが手腕を発揮し、表題曲や“Bad Reputation”など80年代の大作映画を思わせるスケール感や疾走感のある佳曲を揃えた一枚。ミッキー・トーマス(スターシップ)との情熱的なデュエット“Only The Fool Survives”、ブレンダ・ラッセル作の“Dinner With Gershwin”がシングル化された。

 

DONNA SUMMER 『Another Place And Time』 Atlantic(1989)

ここからアトランティックへ移籍。当時絶調を極めていたストック・エイトキン・ウォーターマンのプロデュースでユーロ志向のダンス・ビートを聴かせるが、爽快な疾走感に乗ることで歌声は却ってソウルフルに響く。久々の全米ヒット“This Time I Know It’s For Real”は全英で3位を記録した、SAWにとっても指折りの名曲だ。

 

DONNA SUMMER 『Mistaken Identity』 Atlantic(1991)

SAWとのコラボ継続を薦める声を蹴って、自身のR&B志向を追求した意欲作。ジェイムズ・イングラムらで知られるキース・ダイアモンドのニュー・ジャックな音は少し前のジャネットを思わせるもので、時流に照らせば遅きに失した感じながら、当時のハウスやフリースタイルに通じる跳ねたビートの装いはいま聴くと主役によく似合っている。

 

DONNA SUMMER 『Christmas Spirit』 Mercury(1994)

10年ぶりにマイケル・オマーティアンと組み、トラディショナルを中心に披露したクリスマス・アルバム。いずれもオーセンティックな意匠でダンス的な刺激はないものの、大らかに歌う姿からは本人の充足感も伝わる。ミュージカルの出自が活きた“Christmas Is Here”や圧巻の熱唱を聴かせる表題曲など自作のオリジナルの3曲もいい。

 

DONNA SUMMER 『Crayons』 Burgundy(2008)

17年ぶりのオリジナル・アルバム。グレッグ・カースティンやトビー・ガッドらを起用し、エヴァン・ボガート(ニールの息子)の参加という奇縁も。JRロテムによるドクター・ドレー調の“The Queen Is Back”をはじめ、ハウスやラテンも混交したカラフルな意匠で余裕の現役ぶりを見せつけるも、結果的にはこれが最後のアルバムとなった。

OTHERDISCOGRAPHIC
Lady Of The Night(1974)
I'm A Rainbow(1996)

REMIX ALBUM
Love To Love You Donna(2013)
I'm A Rainbow -Recovered & Recoloured(2021)

BEST ALBUM
On The Radio - Greatest Hits Volumes I & II(1979)
Endless Summer - Greatest Hits(1994)...and more!

 

©Harry Langdon

PEOPLE TREE
耳で聴いたピープル・トゥリー

GIORGIO MORODER 『Forever Dancing』 Virgin(1992)

ドナのポテンシャルを見い出した盟友で、栄光の70年代を共に築き上げることになったミュンヘン・ディスコの巨匠。カサブランカ時代の作品を丸ごと手掛けた後、ドナと離れた80年代は映画音楽の世界で大成功を収めたが、こちらのダンス・アルバム盤に収録の“Carry On”で久々にドナと再会。没後のリミックス集『Love To Love You Donna』にも参加した。

 

MICHAEL JACKSON 『Thriller』 Epic(1982)

『Donna Summer』と前後してクインシー・ジョーンズが取り組んでいたのがこちらのモンスター・アルバム。ロッド・テンパートンら参加メンツも含めて楽曲構成や音作りは相当に重なる部分があり、コーラスに参加したマイケルがヒントにした部分もあるのかも? なお、ジャネットは2作目『Dream Street』のプロデュースにモロダー&ベロッテを起用していた。

 

MADONNA 『Finally Enough Love』 Rhino(2022)

ブロンディ × ドナ・サマー的なサウンド&イメージで登場し、ダンス・ミュージックを通じて新たな表現を切り拓いてきた彼女は、その後のレディ・ガガにも繋がる意味で直系のフォロワーと言えるだろう。先人への敬意を表した『Confessions On A Dance Floor』発表後の〈The Confessions Tour〉では自身の“Future Lovers”に“I Feel Love”を混ぜ込んでパフォーマンスしていた。

 

NEW ORDER 『Power, Corruption & Lies』 Factory/Rhino(1983)

ポップスターやダンス・ディーヴァの系譜とは違う流れからドナの影響を後世に伝えている筆頭格は、やはりダンス・ミュージックを取り込んで進化してきたこの世代のアーティスト。ペット・ショップ・ボーイズもそうだが、ニュー・オーダーは“Blue Monday”にて“Our Love”を明らかに借用してあのビートの駆動輪を生み出した。

 

岩崎宏美 『パンドラの小箱』 ビクター(1978)

歌唱力も含めた日本におけるドナ感の体現者といえば筒美京平と組んでいた頃の彼女になるか。その代表曲“シンデレラ・ハネムーン”はトレンドのミュンヘン・ディスコを導入した楽曲で、“Once Upon A Time”を意識した作りは当時の筒美ならでは。岩崎がステージでもドナ曲を披露していた様子はライヴ盤でも確認できる。

 

BEYONCÉ 『RENAISSANCE』 Parkwood/Columbia/ソニー(2022)

ソロ初作の“Naughty Girl”で“Love To Love You Baby”のムードをそのまま取り込んだビヨンセ。時を経て、ダンス・ミュージックに敬意を表したこちらのアルバムでは“Summer Renaissance”にて“I Feel Love”を大胆に引用している。なお、ドナ愛の強いケリー・ローランドはドナの〈ロックの殿堂〉入りに際して紹介人を務めた。

 

アレックス・ゴファーによる“Super Disco”の頃から、その後のDJメディやジャスティスに至るまでドナ曲のグルーヴ引用が目立っているフレンチ・ハウス~エレクトロ勢。なかでも鮮烈だったのは“Cassius 1999 (Radio Edit)”で、ドナの“(If It) Hurts Just A Little”をループした洒脱なディスコ感覚が実にいい感じだ。

 

BRUCE SUDANO 『Talkin’ Ugly Truth, Tellin’ Pretty Lies』 Purple Heart(2024)

ブルックリン・ドリームズを率いたシンガー/ソングライターで、その時代に共演したドナと結婚。以降は妻を多様な形でサポートしつつ、ジャーメイン&マイケル・ジャクソンの“Tell Me I’m Not Dreamin’ (Too Good To Be True)”を書くなど裏方としても活躍した。愛妻の死後もマイペースに音楽制作を続けていて、先日はこちらの渋みに溢れたソロ・アルバムをリリースしたばかり!

 

BRONSKI BEAT 『The Age Of Consent』 London(1984)

クラウス・ノミのカヴァーやニュー・オーダーの借用、テクノ・グルーヴスの“I Feel Rave”まで、ニューウェイヴ時代からレイヴ以降まで後進を掻き立ててやまないドナの名曲たち。サウンド面でもモロダー以降となるこのブリクストンのユニットはメドレーで“I Feel Love”を披露。後にマーク・アーモンドを交えた再演も発表していた。

 

JOHNNYSWIM 『Moonlight』 BMG(2019)

ドナの3人の娘のうち、音楽活動を選んだのは三女のアマンダだ(“Carry On”にキッズ・ヴォーカルで参加していた)。こちらは彼女と教会で出会ったアブナー・ラミレスがナッシュヴィルで組んだデュオで、結成後に結婚。カントリーやブルースの要素を含んだソウルフルな音楽性を聴かせる。母とは異なるハスキーな歌唱も魅力的だ。

 

KYLIE MINOGUE 『Infinite Disco』 Darenote/BMG(2022)

ディスコで踊るならアイコンの影響は避けられない。PWL時代のニアミスはもちろん、ニュー・オーダーとのマッシュアップ発表やジョルジオ・モロダーとのコラボなどドナの周辺で動いてきた(?)彼女だが、こちらに収録の“Slow (Infinite Disco Studio Version)”では“Love To Love You Baby”を引用して敬意を見せる。

 

DJ DONNA SUMMER 『Panther Tracks』 Cock Rock Disco(2008)

オリジナルがデカすぎるアイコンだからこそ、この手の冗談のような名前も成立するのだ。複数の名義でリリースしていたNYの電子音楽家、ジェイソン・フォレストの変名のひとつで、内容そのものは特に本家と関係ナシ! 悪趣味カルチャーのノリを残した暴力的なブレイクコアが楽しめる。

 

WE NEED SOME HOT STUFF?
日本で愛されるドナ・サマー・ソング

 今回の日本独自企画盤をきっかけに考えてみると、日本のアーティストによるドナ曲のカヴァーはなかなか多い。もちろん往年の〈洋楽カヴァー〉の慣例からすれば珍しくはなく、サーカスの“恋はマジック”を筆頭に布施明やピンク・レディーらのカヴァーはその流れで成果を残している。しばたはつみの“悪の華 HOT STUFF”(79年)は不良ノリな日本語詞が実に個性的なパターンで、その独自の気合はDreamの橘佳奈が“Hot Stuff”(2003年)に受け継がれたと言えるかも。一方、ディスコが復権する前からたびたびドナ曲を取り上げてきた小柳ゆきは歌唱に愛が感じられるし、荻野目洋子の本人作詞による“ホット・スタッフ ~恋のかけひき~”(2014年)も好ましい出来だった。以降も古典的なディスコ感で臨んだパパイヤ鈴木とおやじダンサーズの“ホット・スタッフ”(2018年)、曲自体の良さを抽出した藤井風の“Hot Stuff”(2023年)など解釈はさまざま。こうして見ると今昔問わず“Hot Stuff”が多いのも興味深い!

左から、サーカスの78年作『サーカス1』(アルファ)、しばたはつみのベスト盤『しばたはつみ ゴールデン☆ベスト ~マイ・ラグジュアリー・ナイト~』(コロムビア)、Dreamの2003年作『dream world』(avex trax)、小柳ゆきのベスト盤『The Best of Yuki Koyanagi 2015 Here For You ~Universal Selection~』(ユニバーサル)、荻野目洋子の2014年作『ディア・ポップシンガー』(ビクター)、パパイヤ鈴木とおやじダンサーズの2018年作『Foolin’ Disco』、藤井 風の2022年作『LOVE ALL SERVE ALL』(共にユニバーサル)、ソフィア真奈里&井の頭レンジャーズの2024年のシングル『First Love / This Time I Know It’s For Real』(PARKTONE)