当たり前を愛してたい
尾崎の卒業と同時期に発表された“さよuなら”は彼女に捧げられたようにも聴こえ、ピアノ・トリオ的な編成の前半から徐々にエレクトロニックなダンス・ビートへと展開していく構成が別れのエモさを増幅させる。また、同じ〈ダンス〉がキーワードでも、“DANCE扁桃体”はSPRTA LOCALSを連想させるカラフルなギター・サウンドとソリッドなリズムが特徴だ。
「“さよuなら”の前半は(高橋いわく)モーモールルギャバンのイメージだったそうなんですけど、その先をどうするか悩んでいたときに、もともとドラムの原ちゃん(汰輝)に〈ダンス・ビートを叩いてほしい〉みたいなことを言ってたので、〈SUPERCARの“YUMEGIWA LAST BOY”みたいな感じはどう?〉って提案しました」(ニシマ)。
「“DANCE扁桃体”はまさにSPARTA LOCALSを意識していて、そこにサブベースを入れたり、EDMみたいなビルドアップをしたり、エレクトロニックな要素を足したらどうなるかという実験みたいなイメージもありました。僕はもともと宅録をやってたし、90年代とか2000年代のジャパニーズ・ロックを令和でやるには再解釈が必要だと思うんですよね。最近はK-Popのプロデューサーの音楽にハマっていて、〈これにフィッシュマンズを混ぜたら〉とか模索中です」(高橋)。
ウィーザー~ティーンエイジ・ファンクラブ的なパワー・ポップにスライド・ギターを組み合わせた“涙を隠して(Boys Don’t Cry)”や、原の作曲でトークボックス使いも印象的な“真夏のジャイガンティック”などもメンバーの個性が色濃く表れている楽曲だ。
「“涙を隠して(Boys Don’t Cry)”のギター・ソロはいちばん時間がかかりました。急にソロに切り替わるので、その持って行き方だったり、ラストのCメロに繋げる塩梅だったり、フレーズの質感もすごく考えて。いま〈ギター・ソロは飛ばす〉みたいな話がありますけど、僕はソロはもちろん、イントロやアウトロにおいても曲の隙間でありつつ、顔でもあると思っていて、全編を通してギターの音を大事にしている。今作をきっかけにみんなもそこを大事にしてくれたら嬉しいです」(力毅)。
「“真夏のジャイガンティック”もさっき響が言ってた〈再解釈〉ですね。ざっくりと〈夏の曲をやりたい〉っていうイメージで、ベースは横ノリなシティ・ポップのイメージなんですけど、そのままやってもありふれちゃう。なので、classの“夏の日の1993”みたいな歌い方も入れたりしつつ、細かいアレンジは各楽器に任せたら、ちゃんとCody・Lee(李)になった。すごく感謝してます」(原汰輝、ドラム)。
Cody・Lee(李)はこれまでも〈生活〉を大事にしてきたが、高橋が高校3年生のときに作り、上京してからもずっと支えられていた曲だという“1096”を経て、ウォール・オブ・サウンドの“生活”で締め括られる『最後の初恋』は、バンドの命題に改めて正面から向き合った作品だ。アルバムの冒頭に置かれた“NOT WAR, MORE SEIKATSU”が示すように、〈特別ではないことが特別な〉日々の生活が少しずつ脅かされているからこその切実な表現であり、ラストの〈平凡な日々を残さずに愛して〉という歌詞にバンドのメッセージが凝縮されている。
「僕はあくまで自分たちの半径30cmの歌しか歌ってないので、それをどう解釈するかは聴き手に任せてるんですけど、この数年は当たり前の尊さみたいなことに気付くことが多かったし、本作をきっかけにお客さんにも〈平凡がいかに大事か〉に気付いてもらえたら嬉しい。“NOT WAR, MORE SEIKATSU”はライヴのSEとしても使っていて、特に海外での公演が増えてきたなかで、僕たちのアティテュードを伝える曲になるかなって。本当はこんな曲、ないほうがいいんですけど、いま世界のいろんな場所にこのバンドで曲を届けることができつつある意味もすごく感じていますね」(高橋) 。
本文中に登場するアーティストの作品。
左から、モーモールルギャバンの2018年のEP『IMPERIAL BLUE』(ROCKBELL)、スーパーカーの2002年作『HIGHVISION』(キューン)、SPARTA LOCALSの2019年作『underground』(Pヴァイン)
左から、Cody・Lee(李)の2023年のEP『ひかりのなまえEP』(キューン)、2020年作『生活のニュース』(sakuramachi)、尾崎リノの2023年のEP『open gate』(SONY MUSIC ARTISTS)