©Emily Lipson

時代に望まれた柔らかな歌声と奥深い独自性の持ち主が、穏やかに創造性を磨き上げた新作『Cyan Blue』を完成。普遍に辿り着いた表現はどんな色を纏っている?

 そのヴェルヴェット・ヴォイスをドレイクやジェイムズ・ブレイクが求め、サンプリングして使用。ダニエル・シーザーやバッドバッドノットグッド、ケイトラナダらの作品にはヴォーカリストとして客演し、魅力的な低音を響かせる歌声で独特の優美さと物憂げなムードを各曲に注いできた、カナダはトロント出身のシャーロット・デイ・ウィルソン。93年生まれの彼女は幼少期から音楽に親しんでいて、クラシック・ピアノを習ったり、父親が愛聴していたというモータウンのソウルを歌ったりしていたという。

 そんなシャーロットは思春期にDTMを始め、2010年代の前半にはウェイオというラウンジ・ファンクのバンドで活動。往時のディスコや同時代のR&Bなどを精力的にカヴァーしていたそのバンドで、ポップソングの楽曲構造と演奏の仕方を学んだ。ここでの経験が、マルチ・インストゥルメンタリストかつプロデューサーでもある現在の彼女を形成したのだろう。

 また、ブロークン・ソーシャル・シーンのレーベル、アーツ&クラフツでインターンとして働くことで、同郷の音楽家たちと交流を深めていき、2016年にはバッドバッドノットグッド『IV』に収録の“In Your Eyes”に参加。同年に自身のファーストEP『CDW』を発表し、R&Bのエレガンスやトリップホップの冷たい感触を湛えた音作りや歌声から、シャーデーを引き合いに出されるなど高い評価を受けた。

 2018年のセカンドEP『Stone Woman』を挿んで、2021年にはファースト・アルバム『Alpha』をリリース。多くの楽器を自身で演奏してセルフ・プロデュースした同作には、同郷トロントの面々に加えて、シドやベイビーフェイス、Dマイルらも参加。それまで以上に余計なものを削ぎ落とした音作りはジャジーかつポスト・パンク的でもあり、仄暗く幽玄なアトモスフィアが実に魅惑的であった。

 以降はリル・シルヴァやSGルイスの楽曲での印象的な客演を経てXLと契約。そして送り出されたのが、このたび日本盤化されるセカンド・アルバム『Cyan Blue』だ。前作に続いて参加したプロデューサーのジャック・ロショーンは、スタンダードの“Over The Rainbow”を除くすべての楽曲にソングライターとしてもクレジット。シャーロットとジャックが二人三脚で作り上げた作品となった。

CHARLOTTE DAY WILSON 『Cyan Blue』 XL/BEAT(2024)

 アルバム全体を貫くスモーキーで官能的なムードは不変ながら、以前の作品にあったゴスペルやR&Bの要素はやや抑えられた印象。『Protection』期のマッシヴ・アタックのようなレゲエ味の“Dovetail”、シカゴ産ポスト・ロックを思わせる細やかなドラムを据えた“Do You Still”、スノー・アレグラと緻密なエレクトロニック・ビートの上を舞う“Forever”など、作品全体を貫く冷涼な空気が心地良い。

 シャーロットがみずから弾くピアノをフィーチャーした楽曲も多く、鍵盤とアンビエントなサウンドがメランコリックに溶け合う“New Day”、ほぼ歌とピアノのみの“Over The Rainbow”“Cyan Blue”などはリスナーを穏やかな内省と追想へ運ぶ。本人の歌こそがシャーロットの音楽を司っており、その声自体に強烈な磁力を宿していると再認識させられる作品だ。

 憎しみに囚われない生き方を選んだことを綴った“Canopy”、クィアと自認する彼女ならではの視点で同性愛のカップルが子を望む姿を描いた“New Day”、思慕と喪失が入り混じった複雑な想いを込めた“I Don't Love You”――深い洞察や理解と共に『Cyan Blie』が映すのは、より大人になったシャーロットの落ち着いた眼差しと普遍的な感情だ。表現者としての成長を経ることで、その真髄が浮き彫りになったこの傑作を引っ提げ、彼女は〈朝霧JAM〉を含む初の来日公演を10月に行う。

左から、シャーロット・デイ・ウィルソンの2021年作『Alpha』(Stone Woman Music)、バッドバッドノットグッドの2016年作『IV』(Innovative Leisure)、SGルイスの2023年作『AudioLust & HigherLove』(PMR/EMI)、スノー・アレグラの2021年作『Temporary Highs In The Violet Skies』(ARTium/Roc Nation)