
セルアウトせずメジャーもストリートも認めさせたラッパー
――noteの解説はものすごい分量で、各曲の背景から1ラインずつの解説まで、1曲につき1~3万字を費やされていますよね。強い情熱や思いを感じるのと同時に、とても勉強になります。実際に解説文を書いていて、どう感じられていますか?
「難しいです(笑)! 本当に大変ですね。ただ、あの字数でも足りないくらいなんですよ。あれでも省略している方なので、それくらいナズのリリックは奥が深い。説明しないといけない部分が、あまりにもたくさんありますね。どのラインにも意味を持たせていて、すべての言葉に注意が払われている。本当にすごいですよ」
――シンプルな質問ですが、『Illmatic』はなぜ名盤であり、どこがすごいと思いますか?
「当時、ナズの登場より少し前の1980年代中盤に、ラキムというラッパーが出てきたんです。彼が、ライムスキーム(押韻のパターン)に革命を起こしたんですね。ラキムの活躍以降、ほかのラッパーたちも色々なライミングやフロウをやるようになって――ちなみに、〈フロウ〉という言葉も、ラキムが出てきて初めて使われるようになりました。
次のラキムは誰だ?という空気があった時代に、当時若手だったナズが〈ラキムの再来〉と騒がれたんです。それは『Illmatic』が出る以前の話で、有名なところで言えば、メイン・ソースの“Live At The Barbeque”(1991年)に彼が客演で参加して話題になりました。あと、『Illmatic』には“Halftime”という曲が収録されていますが、あれは、実は『ゼブラヘッド』という映画のサウンドトラックに収録されていて、1992年にリリースされていたんですね。それで、〈こいつのライミングはやばいぞ!〉〈ラキムみたいなやつが出てきたぞ!〉と注目を浴びました。
そんなふうに有望視されていた若手の1stアルバムが、期待を超えてしまった。そのことが、『Illmatic』が未だに名盤とされている理由だと思います」
――なるほど。
「もうひとつ、個人的な見解として、メジャーの業界人たちとストリートの住人たちの両方を見事に喜ばせた作品だったからだとも思うんですね。当時は、ストリートにおけるリスペクトもやはり信頼を得るには必要だったんです。〈セルアウト〉という言葉が流行っていましたが、ナズは売れるために魂を売るようなことをせずに売れたし、ストリートでもちゃんとリスペクトされるリリックを書いた。だから、未だに伝説的なアルバムとされているのだと思います」
――当時はグループやDJとのデュオで活動するアーティストが多くて、ソロMCが珍しかったので、ナズの活躍自体が鮮烈だった、とマシュー・ガスタイガーの著書「NAS イルマティック」に書かれていました。
「たしかに、ソロMCはまだまだ少ない時代でした。なので、もちろん、ラッパー1人で曲を持たせられるスキル、ラップしきる能力も見られていました。『Illmatic』の客演はAZだけで、アルバム1枚を通してほぼ1人でラップしているのもすごいところですね」
――『Illmatic』の収録曲で動画で解説されていたのはラストトラックの“It Ain’t Hard To Tell”ですが、ShotGunDandyさんが好きな曲はどれですか?
「おもしろい質問ですね。というのも、自分の年齢や聞かれたタイミングによって答えが変わるんですよ。そこがまたこのアルバムのすごいところなんですけど、逆に言えば、これだ!っていう曲がないんですね。
今は、“N.Y. State Of Mind”がいちばん好きですね。“One Love”や“Life’s A Bitch”が好きだった時期もあるんですけど」
――その理由はなんでしょうか?
「“N.Y. State Of Mind”は、いちばんニューヨーク感がある曲なんです。当時のニューヨークへ連れていってくれる喜びがあるといいますか、〈うわっ、俺、今、憧れの地ニューヨークにいる!〉という感動を味わわせてくれるのが大きくて。やっぱり、男たるものというか、ヒップホップが好きなら、ニューヨークのストリートへの憧れを一度は持つと思います。さらに、リリックの内容を理解したうえで聴くと、泣けてしまうんです。だから好きなんですよね」