多様に進化しながらもヒップホップの大きな幹は恐らくここにある。説教めいたことは言いたくないけれど、聴けば無条件でわかるはずのストレートなヒップホップがやっぱりフレッシュで最高なのだ!
Money’s growin’ like grass with the mass appeal...ってことで、ここ数年の精力的なリリースで存在感を増しているヒップホップ・レーベルがマス・アピールである。NYはクイーンズが生んだ史上最高のラッパー、ナズが設立したこのレーベルは、レーベルというものの意味が薄まった現在でも、アーティストのプライヴェート・ブランド化するわけでもなくカラーを持ったリリースを続けている数少ないヒップホップ・レーベルだといえる。近年はデジタル・オンリーの作品も多いジャンルだけに、フィジカル好きの間ではより注目されやすい状況にあるのかもしれない。
そのスタートは2014年で、別のヒップホップ・レーベルのデコンを運営していたピーター・ビッテンベンダーとナズが共同で設立(それ以前のデコン作品にロゴが入っていたこともある)。その後はフレディ・ギブスなどデコン音源のリイシューもカタログに加えつつ、ナズが目をかけた新人のフックアップ、故人のレガシーの編纂、そしてナズ自身の自由なアルバムなど、CDやレコード、カセットテープ、配信も含めて膨大な作品をリリースし続けている。今回はそのタイトルの一部を紹介しよう!
アトランタのダンジョン門下から登場した実力者キラー・マイクと、デフ・ジャックス総帥としてNYアンダーグラウンドを牽引したエル・Pのコンビ。結成時は真逆の存在のようにも思われていた両者の化学反応はマス・アピール経由で出たこの2作目で極まった。
ミックステープ『Ode To Illmatic』(2010年)で敬愛ぶりを見せてもいた〈西海岸のナズ〉がマス・アピールに認められて残した入魂作。馴染みのエグザイルを中心にアルケミストやDJカリルのビートをシャープなライミングで乗りこなす。もちろんナズ御大も客演。
アルケミスト&オー・ノー名義での『Welcome To Los Santos』もマス・アピールに残した両名が、ユニット名義で発表したオリジナル・アルバム。ファショーンやユア・オールド・ドルーグらの実力派をフィーチャーしながらレーベルカラーにも合う直球のスタイルを聴かせる。
UGKの片割れとしてもソロとしても名を馳せ、2007年に急逝したテキサスのレジェンド。これはナズとの縁は不明ながらマス・アピールから届いた死後3作目で、Mr. リーやジューシーJが仕切っている。エイサップ・ロッキーのアルバムで披露されていた“Wavybone”も収録。
ナズに認められてマス・アピール入りし、そのままデフ・ジャムとの契約も掴んだハーレム出身ラッパーのミックステープ。同郷のキャムロンをはじめ、ファボラスや2チェインズら豪華客演も交えてハードな語り口を聴かせる。自身の境遇を綴った“It Was Written”にもニヤリ。
説明不要なデトロイトの鬼才によるお蔵入り作品が訃報から10年を経てマス・アピールから登場。彼がMCAに在籍していた2002年に制作していた幻のアルバムで、ノッツやピート・ロック、ハイ・テック、ワジードらがプロデューサーとして手腕を発揮している。
ディラの弟分的なポジションからデトロイトを代表するラッパー/プロデューサーへと成長した才人のマス・アピール移籍作。クリス・デイヴやナット・ターナーの面々ら演奏陣も交えて熱気溢れるサウンドを紡ぎ出している。同レーベル発では翌年のEP『DiVe』も良品だった。
当時はまだデフ・ジャムに在籍していたナズ自身のアルバム。当時カニエ・ウェストが5作連続で出していた7曲入りシリーズの一環でもあり、派手なゲストも交えてカニエが全面制作にあたっている。この翌年の『The Lost Tapes 2』を最後にナズはデフ・ジャムを離脱。
『The Mountain Will Fall』(2016年)に続くマス・アピールでの第2弾アルバムはインスト作品とラップ作品の2枚組。ナズやラン・ザ・ジュエルズが駆けつけているほか、デ・ラ・ソウルやゴーストフェイス・キラー、レイクォンの客演があるのも予言的(?)だ。
自身のレーベルに完全移籍して放った節目の一作。ヒット・ボーイのビートにアンダーソン・パークやチャーリー・ウィルソン、ビッグ・ショーンら多くのゲストを迎えた華やかな仕上がりで、なかでもファームのリユニオンは話題に。後にナズ初のグラミー受賞作となっている。
00年代のネオ・ブーンバップを推進したDJ/ビートメイカーが、マス・アピールとジョイントして発表した超豪華なリーダー作品。ナズを筆頭にキラー・マイクやジョーイ・バッドアス、デイヴ・イースト、ハヴォック、バンBら各エリアの大物たちが腕を競っている。
ヒット・ボーイと組んだシリーズの第2弾。EPMDとエミネムをフィーチャーした“EPMD 2”、ローリン・ヒルと久しぶりに手合わせした“Nobody”を筆頭に話題曲が並んでいる。ダークで緊張感のあるトラックも素晴らしく、商業的にも批評的にも復権した。
『King’s Disease II』の4か月後にリリースされた別軸シリーズの第1弾。こちらもヒット・ボーイのトータル・プロデュースながら全体の仕立てはシンプルで、両者がサシで手合わせしたような感覚が味わえる。“Wave Gods”にはエイサップ・ロッキーとDJプレミアが客演。
2023年の〈ヒップホップ生誕50周年〉へ向けたプロデューサー・シリーズの第1弾EP。ナズ、レミー・マー&ラプソディ、ジョーイ・バッドアス、ラン・ザ・ジュエルズ、リル・ウェイン&スリック・リックという安定のMC陣を勇ましいビートでもてなした充実作だ。
母体となったデコン系列作品のリイシューもマス・アピールの特徴だが、こちらもそのひとつ。超寡作な才人がロック・ネイション契約前の2009年にデコンからリリースして賞賛を浴びた名曲“Exhibit A”と“Exhibit C”が7インチの両面に収録されている。
『Magic 2』のわずか3か月後にリリースされたシリーズの完結編で、6作続けてガッチリ組んだヒット・ボーイのトータル・プロデュースもここで一区切りに。客演もリル・ウェインのみでシンプルだ。来日時のエピソードから生まれた“Japanese Soul Bar”が話題になった。
マス・アピールが監修する格好でソニー系列のレガシーから登場した〈ヒップホップ生誕50年〉を祝う名曲集。Dr. ジキル & Mr. ハイドからエイサップ・ロッキーまでの間に各エリア各時代のクラシックがズラリ。ナズは“N.Y. State Of Mind”がチョイスされている。
別掲の『Fever』以来となるフル・アルバムはふたたびマス・アピールから。ロックやゲットー・テックの色も感じさせるデトロイト産ならではの濃密な意匠はさらに深くなり、同郷のクウェル・クリスのほか、カリーム・リギンスやラフェエル・サディークもその色味に貢献している。
EPシリーズの第2弾には、ラフ・ライダーズ台頭期からトップを走るクリエイターが登板。冒頭からナズが“Runaway”でマイクを握り、ジェイダキスとベニー・ザ・ブッチャーらの合体など興味深いコラボが楽しめる。予定はあったようだが第3弾以降は音沙汰なし……。
マス・アピールでの3作目はふたたび全編がインストで固められ、キャリア初期の自由さを想起させるようなアブストラクトな作りに回帰している。エレクトロやシンセウェイヴのネタ使いも完全に独自の世界で、ドラムンベースやジュークにまで及んだ清々しくもダンサブルな傑作!
別掲のスタティック・セレクター作品にも参加していたNY産ラッパーのローム・ストリーツが、カンサスシティのプロデューサーであるコンダクター・ウィリアムズと共作した力作。アグレッシヴなビートのモダンな多彩さが印象的で、メソッド・マンやジェイ・ワーシーの客演も。
89年のクラシック『The Great Adventures Of Slick Rick』(30周年記念盤にナズがライナーを寄稿していた)で知られ、スヌープら数多のフォロワーを生んだ英国生まれのレジェンドによる、実に26年ぶりのアルバム。ナズとギグズを招きつつマイペースに制作され、ラストに置かれたQ・ティップ製の“Another Great Adventure”が光る。
ウータン・クランの人気メンバーによる〈Legend Has It...〉は本人にとっても8年ぶりのアルバムに。スウィズ・ビーツ作の“600 School”で相棒ゴーストフェイス・キラーとメソッド・マンを迎え、“Wild Corsicans”にはグリゼルダ勢を招くなど新旧の実力者が多数参加してハードコアなマイク捌きを見せる。ノッツ作の“The Omerta”にはナズが客演。
レイクォン作に続いて登板のゴーストフェイス・キラーはウータン内でも多作な人であり、傑作『Supreme Clientele』(2000年)の続編という位置付けのこちらは前年の『Set The Tone (Guns & Roses)』に続くマス・アピールでの2作目。毎度の高水準をキープしながら、気負いなくソウルフルな作風で豪快な歌い口を気ままに響かせている。
ナズとはクイーンズの仲間でもある、90年代のNYハードコアを代表したハヴォック&プロディジーのデュオ。プロディジーの死から8年を経て届いた本作は、遺された音源を元にハヴォックが制作し、彼らの弟分的な存在だったアルケミストもビートで助力している。ナズやビッグ・ノイドはもちろん、クリプスとの初共演曲もあるのがアツい。
ディギン・イン・ザ・クレイツの一員でもあり、ソロ・デビュー作が高い評価を得るも99年に他界したハーレムの悪童。ロウカス発の遺作なども出ていたが、これはジェイ・Zとの伝説的なフリースタイルなどのレア音源をまとめつつ、未発表ヴァースを用いての新曲も形にした編集盤だ。ナズやジョーイ・バッドアス、故マック・ミラーも登場する。
トゥルーゴイの逝去を乗り越えて完成した9年ぶりのアルバムは、彼が制作していたトラックやラップもフィーチャーしながらグループのカムバックを前向きに表明した力作だ。“Made You Look”ネタでナズがマイクを握り、スリック・リックやコモンら多数の客演陣が援護。ネイティヴ・タンの旧友Q・ティップの参加もグッとくるポイントだ。
〈Legend Has It...〉シリーズの最終弾はナズ × DJプレミアの待望作!!
もともとヒップホップの文化的側面を重視し、その美意識の下で歴史的な部分の衆知も図ってきたマス・アピールだけに、カルチャーを象徴する最重要アーティストたちの新作を送り出した〈Legend Has It...〉シリーズは非常に意義深いものとなった。2025年を通じてスリック・リック、レイクォン、ゴーストフェイス・キラー、モブ・ディープ、ビッグL、デ・ラ・ソウルといったレジェンドたちのニュー・アルバムが次々に送り出されたことは、個々のアーティストが抱えたシチュエーションも相まって大きな出来事だったと思う。が、シリーズ第7弾にして最終章となったナズとDJプレミアの『Light-Years』にはそれ以上の感慨を抱いた人も多いのではないか。史上最高のMCと史上最高のビートメイカーたる両者のフル・コラボレーションは、いまも現役バリバリの彼らがもっと若い頃からずっと待たれていた作品なのだ。
もともとナズの名盤『Illmatic』(94年)収録の“N.Y. State Of Mind”で組んだ両者は、その後も決定的な“Nas Is Like”(99年)などを定期的に生み出し、ついにナズがタッグ作品の制作を明かしたのが2006年のこと。その後も計画についてのコメントが浮かんでは消え、その間にプレミアは盟友グールーと組んだギャング・スターの活動が終了(なお、マス・アピールのレーベル名もギャング・スターの“Mass Appeal”に由来するものだろう)。以降のプレミアは何度か1MC+1ビートメイカーのガチンコ作品に挑んでおり、なかでもロイス・ダ・5’9”と組んだプライムは2枚のアルバムという大きな成果を残すに至った。『Light-Years』はプレミアにとってもそれ以来の大型コラボ作となるわけで、30年間にわたるレガシーとケミストリーがここには刻み込まれているのだ。ビリー・ジョエルの同名曲を用いた話題曲“N.Y. State Of Mind Pt. 3”をはじめ、唯一のゲストとしてAZを迎えているのにもグッとくる。説明不要な究極×至高のコラボを体感していただきたい。
ナズの近作を紹介。
左から、2022年作『King's Disease III』、2023年作『Magic 2』(共にMass Appeal)



























