Photo by yusei Takahashi

Chihei Hatakeyamaと石若駿が即興で紡ぐ異なる時間のスケール――〈アンビエント・ジャズ〉に一石を投じる異色のコラボレーション

 アンビエント/ドローンの世界で国際的に活躍するChihei Hatakeyama(畠山地平)とジャズを中心にポップスから実験音楽まで多方面で引く手数多のドラマー・石若駿。それぞれの領域でシーンを牽引してきた両者による初のコラボ・アルバムが完成した。

 初共演は2022年1月、石若が週替わりでパーソナリティを務めるラジオ番組でのことだった。異色とも言える取り合わせのデュオ即興に手応えを得た2人は同年9月、野外リスニング・イヴェント〈EACH STORY〉で初のライヴを行った。そして翌2023年3月、畠山が石若に声をかけレコーディングを実施。レーベルはUKジャズのリリースでも知られるギアボックス・レコードだ。レコーディングは昼ごろから夜まで続いた。もともと未発表トラックが残る前提で多めに録音していたが、素晴らしい内容に惚れたレーベル主宰者のダレル・シャインマンが「全部出そう」と提案し、計2枚のレコードとして出ることになった。

Chihei Hatakeyama, 石若駿 『Magnificent Little Dudes Vol. 1』 Gearbox(2024)

Chihei Hatakeyama, 石若駿 『Magnificent Little Dudes Vol. 2』 Gearbox(2024)

 Vol. 1の冒頭を飾る“M0”のみドラムが後録りで、他は全て畠山と石若のリアルタイム・セッションを収録。トラックごとに、どんなふうに始めてどんな熱量で展開するかなど、大まかなコンセプトを決めて演奏したという。特筆すべきは緩慢に変化する畠山のギターと多彩なリズムパターンや音響を繰り出す石若のドラム、それぞれの演奏から聴こえてくる時間感覚の違いだろう。石若はそのコントラストに居心地の良さを感じたと明かす。

 「他のセッションとは時間の使い方が違いました。地平さんの音がどんどん重なって気づいたら景色が移ろって変わることに対して、自分に何ができるのかサーチしながら演奏していました。僕は結構せっかちなタイプで、すぐにいろんな景色を見たいと思ってしまうんですけど、地平さんと演奏することでじわーっと変わっていくものと一緒に移ろうことを体感したんです。喩えると広い大草原のような自然の中にいて、ゆっくりと流れる雲が地平さんだとしたら、僕は地面を素早く飛び回る虫や草木が揺れて葉が嵩張るような立場というか」(石若)

 「雲」のようにゆったり流れる畠山のギターは演奏における時間の捉え方のスケールそのものも異なっていたようだ。

 「僕のギターの場合、ルーパーなどを使ったサウンド・オン・サウンドという、何回か繰り返されると消えていく、すごく遅いディレイみたいな考え方で演奏しているので、1分後に1分前の演奏が出てきたりするんですね。つまり途中で急には変えられないという前提があって、だから例えば5分後を予想しながら演奏したりもします。普通の演奏だとすぐ先の未来を想定しながら演奏するものですけど、もう少し先を見ながら演奏するんです」(畠山)

 こうして出来上がった2枚のアルバムは、Vol. 1でハチスノイト(ヴォイス)、Vol. 2でセシリア・ビグナル(チェロ)が一部トラックで客演。デュオの世界にさらなる彩りを添えている。またいずれのアルバムでも石若が最後にピアノを演奏。「アンビエントと呼ばれるものでピアノを即興で弾くのは人生初めて」(石若)だったという。

 ところで今回のアルバムはアンビエントなのかジャズなのか――もともとスピリチュアル・ジャズを好んで聴いていた畠山は、リリースに際して作成したプレイリストにサン・ラーやアリス・コルトレーンの楽曲も含めていた。ジャズ・ドラマーである石若との共演には「アンビエントから少し離れたい」という思いもあったといい、「自分のやっていることをもっと広げたいという気持ちがすごくあった」と話す。

 反対に石若からするとジャズからアンビエントへ接近した形になる。「アンビエントと呼ばれ得るようなもので好きな音楽はたくさんある」という石若は、一例としてLA拠点のギタリストであるグレゴリー・ユールマンによるインスト作をフェイバリットに挙げつつ「ただ、それがアンビエント・ミュージックなのかはわからない。僕と地平さんの音楽も、括れない感じになっているのがいいなと思います。なんと呼ぶべきか形容しがたい感じになっている」とジャンルに回収し切れない面白さに触れる。

 近年あらためて語られることの増えた〈アンビエント・ジャズ〉なるワードにも一石を投じるアルバムだと言えるだろう。

 


畠山地平(Chihei Hatakeyhama)
電子音楽家。2006年にKrankyより1stソロ・アルバム『Minima Moralia』を発表。以降、デジタル&アナログ機材を駆使したサウンドで構築するアンビエント・ドローン作品を世界中のレーベルからリリース。2023年には音楽を担当した映画「ライフ・イズ・クライミング!」が公開。近年は海外ツアーにも力を入れており、2022年には全米15箇所に及ぶUSツアーを敢行した。またマスタリング・エンジニアとしても活躍中。

石若駿(Shun Ishiwaka)
打楽器奏者。1992年、北海道生まれ。東京藝術大学音楽学部附属音楽高等学校打楽器専攻を経て、同大学を卒業。リーダープロジェクトとして、Answer to Remember、CLNUP4、SMTK、Songbook Trioを傍らに、くるり、CRCK/LCKS、Kid Fresino、君島大空、Millennium Paradeなど数多くのライヴ、作品に参加。