何者かになるために――会社員と音楽活動の両立で注目を集める気鋭のバンドがメジャー・デビュー! 迷いながらも5人が模索するサステナブルな理想とは?
このままでいいんだろうか?
20代半ばに差し掛かった頃。まだ何者にもなれてない自分に気づき、葛藤や迷いを抱えながら、それでも〈まだやれる、まだ間に合うはずだ〉と未来の自分に期待する――5人組バンド、(夜と)SAMPOのメジャー・ファースト・アルバム『モンスター』に描かれているのは、大人になってから訪れる〈アイデンティティ〉を巡る物語だ。
「クオーター・ライフ・クライシス(註:20代半ばから30代前半の時期に、人生や生き方に漠然とした不安や焦りを感じる心理的危機状態)という言葉があって。僕自身もそうなったんですよね」と苦笑しながら語るのは、バンドのリーダー的な存在である吉野エクスプロージョン。かつてハンブレッダーズのギタリストとしてキャリアをスタートさせた彼は2019年にバンドを脱退。一度は会社員として生きる道を選んだものの、「いきなり暇になって、空虚な日々を送っているうちに、すぐ〈バンドをやりたい〉と思いました」という。
「それまでは週末に必ずライヴをやっていて、金曜日の夜中に車で移動して……みたいな生活を送っていましたからね。それが急に全部なくなって、何も予定がない休日ができると、〈このままでいいんだろうか?〉と不安になった。そこがこのバンドのスタートだったかもしれませんね」。
2009年にハンブレッダーズを結成、正式メンバーとしては2019年まで在籍
どうしてもバンドをやりたい、でも、バンドマン人生にすべてを賭けるのはリスクが高すぎる。そんな迷いのなかで出た答えが、会社員のままバンドをやるということだった。吉野と共に(夜と)SAMPOを結成した、なかのいくみ(ヴォーカル)、清水昂太朗(キーボード)、加藤秋人(ベース)、寺岡純二(ドラムス)は全員が会社員。そのメリットについて吉野は「経済的なこともそうですけど、精神的な安定が大きい」と語る。
「バンドってコスパが良くないし(笑)、売れない時期が続くとどうしてもしんどくなるじゃないですか。そういうときに自分の居場所がいくつかあるのはいいことだと思うんですよね。片方がしんどくなっても、もう一つの場所があるということが救いになるというか。逆に場所が一つだけだと〈これが上手くいかなくなったらどうしよう〉と思ってしまうし、他人に認められることだけを意識し過ぎてしまったり、本質と離れたことをやりはじめてしまう気がして。〈音楽だけやってたら、もっと幸せだったのかも〉と思うことも正直ありますが(笑)、いまのところは上手くいってるんじゃないかと思います」。
2017年に活動休止~2022年に再始動した加速するラブズでも活動中
人間の中にいるケモノ
そんなバンドだけに、メジャー・デビューにあたっても「レーベルの方に〈自分たちはこういうスケジュールじゃないと動けないですが、どうですか?〉と提示させていただきました」という。今回のアルバム『モンスター』の根底にある〈まだ何者かであり続けたい〉という切実な願いは、吉野をはじめとするメンバー自身のリアルな思いと繋がっている。
「〈何者かになりたいけど、なれない〉ということを自覚しはじめて、心に危機が訪れると、どうしても余裕がなくなってしまう。そうすると人に対して攻撃的になったり、〈自分のことをもっと見て〉と言わんばかりにSNSで騒がしくしてまったり。それは人間の中にいるケモノが出てきてる状態だと思うんですよ。心の中のケモノを鎮めて、人間らしくあり続けるにはどうしたらいいか?ということをテーマに曲を書いてみようと思ったのが、このアルバムの始まりでした。それは急に思い浮かんだわけではなく、(夜と)SAMPOがずっと掲げてきたことだと思ってます」。
現在の業種は園芸。家の温室で300鉢ほどの植物を育てている
オープニング曲の“モンスター”は、〈たりない何かに 脅かされてる ないものねだる こころのモンスター〉という一節が印象的なアッパー・チューン。そこから〈「たりない何か」はどこにもなかったね〉と歌われるアコースティック・テイストの楽曲“ヒューマン”に至るまでのストーリーが、このアルバムの背骨になっているという。
「アルバム全体を通して、心の中のケモノがいろんな経験を経て、人間らしさを取り戻すまでを描いてみたくて。“モンスター”は問題提起というか、自分の中のケモノ、つまりモンスターを認識しはじめるという歌。この曲にはサビがないんですが、ベースの加藤に〈サビを作って、そのメロディーを別の曲にしてみたら?〉と言われて作ったのが“ヒューマン”なんです。これも加藤のアイデアなんですけど、Mr. Childrenが『IT’S A WONDERFUL WORLD』(2002年)で絶望と希望を対比して表現していたこともヒントになってますね」。
先行配信された“idea”と“変身”がアルバムでは8~9曲目に置かれた繋がりも大きなポイント。共通しているのは自分自身を受容すること、許すことの大切さだ。
「心の中のケモノを無理矢理に抑え込もうとしたら、自分自身を否定することになってしまう。そうではなくて、〈それも自分だ〉と認めることが大事だと思ってるんです。“変身”には〈かなしさなんて くやしさなんて みとめることで 役目を終える〉という歌詞があるんですが、何のために悲しさや悔しさが存在するのかを考えると、自分を認めていくプロセスのためなんじゃないかなと。その前に自分を許すことも必要だなと思って書いたのが“idea”ですね。“idea”はフェードアウトしながら終わって、“変身”はフェードインで始まるんですが、そこで音楽的な繋がりも表現しています」。
現職はエンジニア。ビッグバンドで演奏していた経験がある
みんなが幸せであること
アルバム『モンスター』は、これまで培ってきた(夜と)SAMPOの音楽的なスタイルが如実に表れた作品でもある。作曲クレジットは個々のインプットも踏まえてバンド名義になっているが、曲作りのベースは主に吉野エクスプロージョンと加藤秋人のそれぞれが担っている。王道のギター・ロックに独創的なヒネリを加えた吉野の楽曲、それに対してジャズやファンクの要素を反映した加藤による楽曲のコントラストも、このバンドの大きな特徴だ。
「(ソングライターが2人いることで)曲の幅が広がりますからね。意識して棲み分けてはいないんですけど、たぶんもともとのビートの感覚が違うみたいです。以前ビッグバンドで演奏していた加藤は16ビートで、僕は8ビートで。僕はキリンジやくるりが好きで、彼らみたいにいろんな音楽の要素を取り入れたいという思いもあって。そこは今後の課題でもあるかなと思っています」。
ポップな手触りと一筋縄ではいかないバンド・サウンドが共存する楽曲に生き生きとした表情を与える、なかのいくみのヴォーカルも素晴らしい。さらに今作ではメンバーそれぞれのフレーズを積極的に取り入れたという。
「以前は僕と加藤がデモ音源をしっかり作り込んでいたんですけど、今回はメロディーとコードだけを送って、〈どういう感じにする?〉と話し合いながら作った曲もあるんですよ。“モンスター”“変身”もそうなんですが、メンバー自身から生まれたフレーズを入れることでライヴでの説得力も違ってくるだろうし、特にヴォーカルに関しては、いくみ自身の楽曲の理解度が大事になってくると思っていて。例えば“プラズマクラシックミュージック”は、曲の主人公のヴィジュアルや設定までしっかり話し合いました。〈リクルートスーツを着た黒髪ロングの女性がカバンを地面にバン!と叩きつけて歌ってる〉みたいな。楽曲によってキャラクターがかなり違うし、そこにメンバーそれぞれの解釈や思ってることを落とし込みたかったんですよね」。
2012年に結成され、2018年に解散したフィッシュライフで活動
〈何者かになりたい〉という切実な願いを込めたストーリー性、そして、幅広い音楽性と独創的なアンサンブルを共存させた音楽性。そんな『モンスター』によって、(夜と)SAMPOのキャリアは新たなフェーズへと突入する。
「これまでは〈売れることがすべてじゃない〉というスタンスでしたけど、認められたい、たくさんの人に聴いてほしいという気持ちは絶対にあって。新曲が思ったように伸びないとめちゃくちゃ悔しいし、落ち込むし……。ただ、いちばん大事なのはやっぱり、みんなが幸せであることなんですよね。そこをちゃんとキープしたまま、自分たちの音楽を広げるにはどうしたらいいか。これからもその方法を模索していきたいと思ってます」。
メンバーたちが関与したバンドでの過去作を一部紹介。
左から、ハンブレッダーズの2018年作『純異性交遊』(ハンブレコード)、加速するラブズの2016年作『みずいろのなかのラブレター』(チマスト・ディスク)、フィッシュライフの2018年作『未来世紀エキスポ』(too basara's people)
(夜と)SAMPOの作品を紹介。
左から、2020年のシングル“夜と散歩”、2021年のEP『ノストラダムス』、2022年のEP『はだかの世界』(すべて(夜と)SAMPO)
