ギタリスト山口廣和が目指す超時空的ヴィジョンと透明な響き
ギタリストの山口廣和に強い興味を持ったきっかけは、彼のクァルテット〈Hirokazu Yamaguchi’s Vortex Box〉の同名デビュー作(04年)だった。山口(ガット・ギター/12弦ギター)、寺井雄一(サックス/バス・クラリネット)、落合康介(コントラバス/馬頭琴)、ヤヒロトモヒロ(パーカッション)の4人が繰り出すサウンドの基本はジャズなのだが、そのスタイルにも響きにも演奏技法にも民族音楽やクラシック(特に古楽)のエッセンスが練りこまれており、オレゴンやコドナ(コリン・ウォルコット、ドン・チェリー&ナナ・ヴァスコンセロス)に対する日本からの返答のようにも感じられた。あるいは、精緻なアレンジや典雅な室内楽的香りはチコ・ハミルトンやジミー・ジュフリーを想起させたりもする。なんでも山口はかつて一時期「フィジカルの強さに依存しない、日本の合気道にも似た押弦技術を研究したチェロ奏者」(山口談)にも師事したそうだが、そういった体験はギターの響かせ方、アンサンブルの組み立て方に影響を与えているのだろう。また近年バロック・リュートを演奏していることも、彼の作曲や演奏技法と無縁ではないはず……。
といったもろもろのことを確信させてくれるのが、最近出た同クァルテットの2作目『compass』だ。生楽器の響きの美しさに最大限配慮した端正なチェンバー・ジャズ11曲は、いずれも山口のオリジナル。“Ricercare”の中間部ではコントラバスとサックスがバッハ風の緊密な半即興を披露し、中国の銅鑼で始まる“Biang Biang”では馬頭琴の伸びやかな演奏を軸にモンゴルの大草原を疾走するがごとき4人のインタープレイが繰り広げられる。落合の馬頭琴がふりまくアジアの香りは、このユニットの大きな強みだ。また“Tove”は、ピアニスト藪野遥佳と山口のデュオ〈谷の人〉がトーヴェ・ヤンソンにインスパイアされて作ったアルバム『谷の人』の収録曲の別ヴァージョンで、そちらではより北欧的演奏が聴ける。つまみ食い上等の「サブスク時代の今だからこそ、じっくりと最後まで聴いてくれる人こそ大事にしたいと思い、全体の流れを強く意識した」(山口)という言葉どおり、何度も通して聴きたくなる上質な作品である。