(左から)松丸契、高橋佑成、落合康介

フリーフォームなアコースティックサウンドのインタープレイ、電化ジャズを思わせるセッション、耳を擘くエレクトロニクスノイズの奔流、群がる牛蛙の鳴き声にも似たサンプリングコラージュ、音遊びのように石を打ちつける響き、管を通過する気流が生み出すうなり、あるいは夜想曲風ピアノの人力グリッチ――松丸契、高橋佑成、落合康介からなる即興主体のバンド・m°fe(エムドフェ)が昨秋リリースした初のアルバム『不_?黎°pyro明//乱 (l°fe / de°th)』(フボウクレイドエンメイサイラン)には実に様々な音が収められている。だがそれでいて不思議なことに散漫な印象を聴き手にもたらすことはない。むしろ一貫して同じサウンドが表面上の衣装のみ脱ぎ変えて立ち現れてくるかのようだ。それは持続的な活動を行う即興グループが不文律のルールを共通言語として錬成してきたことの証左とも言えるだろうか。しかしながらm°feの結成は2018年の暮れ。アルバムレコーディングは2020年初頭に行われているため、その間わずかに1年強。固有のトリオサウンドに到達したのは活動の継続性だけでなく、間違いなく三者それぞれの卓越した技量と才能にも依っている。

m°feの音楽は固有だが、ひとつところにとどまるわけではない。アルバムに収録された演奏から早くも2年近くが経過している。その変化のありようは2022年2月11日(金・祝)に東京・下北沢SPREADで彼らが開催するワンマンライブで確認できることだろう。イベントを前に、初アルバムのリリース時に実施したインタビューのロングバージョンをここにお届けする。結成の経緯からアルバムの制作プロセス、また〈新しいものでも伝統の再現でもない〉というm°feにおける彼らの音楽との向き合い方まで伺った。

※このインタビューは「intoxicate vol.154」に掲載された記事の拡大版です

m°fe『不_?黎°pyro明//乱 (l°fe / de°th)』 SONG X JAZZ(2021)

 

スタンダードの演奏から楽曲間を即興的に行き来するスタイルへ

――m°feはいつ頃どのような経緯で結成されましたか?

松丸契(アルトサックス/エレクトロニクス)「最初に3人でライブをやったのは2018年11月。千葉県松戸市のジャズスポット、コルコバードで演奏しました」

高橋佑成(ピアノ/キーボード/エレクトロニクス)「当時はまだm°fe名義ではなくて、演奏内容もどちらかというと普通のいわゆるジャズセッションでしたね。

3人が集まった経緯としては、僕と松丸くんに共通の知り合いがいるのですが、その人から〈松丸契というサックス奏者が日本に帰ってきたので一緒にライブをやってほしい〉と言われて、それで僕が落合さんを呼んでトリオでやることになったんです」

松丸「最初のライブの時はジャズスタンダードを何曲もやりましたよね」

高橋「そうそう。ただ、最初からバンドとして活動していこうという話にはなりました。その後も何回か3人でライブを重ねて、2019年2月にバンド名をm°feと決めたんです。その頃にはバンドの方向性も固まりつつあって、松丸くんのアイデアでいくつかの楽曲を即興的に行き来するコンセプトでセッションを行っていました。(アメリカのサックス奏者の)ジョージ・ガゾーンがそういったライブをよくやっているんですよ」

落合康介(アコースティックベース/馬頭琴/パーカッション/エレクトロニクス)「毎週同じメンバーで集まって即興でライブをやっているフリンジというバンドがあるんだよね」

松丸「フリンジというのは72年にジョージ・ガゾーンが結成したサックス、ベース、ドラムスのコードレストリオで、ボストンのライブハウスで40年も毎週月曜日にライブをやり続けているんです。彼らのコンセプトとしては、基本的にはずっとフリーフォームなんですが、たまに3人で共有している楽曲が浮かび上がっては消えていく。それが面白くて、けれど模倣したかったわけではなく、あくまでも一つの手段としてm°feで取り入れてみようと思い提案しました」

フリンジの2012年のライブ動画

 

バンド名が体現する、即興と楽曲が溶け合うセッション

――m°feというバンド名はとても奇妙ですが、どんな由来があるのでしょうか?

松丸「最初はバンドを結成したということで〈KESSEI〉と名乗っていたんですよ。でもそれだとあまりバンド名らしくないから変えようということになって(笑)、たしか佑成さんがランダムな語呂合わせを生成できるウェブサイトを使おうと提案して」

高橋「〈診断メーカー〉ですね。名前を入力するとランダムなワードが自動で生成されるサイトがあるので、3人の名前を入力して、出てきたワードでバンド名を考えたらいいんじゃないかと思ったんです。それでいろいろ試していたら〈炎と象〉というワードが出てきて、そこから〈炎で溶ける象〉ということで〈melting fire elephant(メルティング・ファイアー・エレファント)〉と英語にして。〈溶ける〉は温度に関係するので〈°(ディグリー)〉をつけたらどうだろうと提案したら、2人とも〈いいね〉と言ってくれた。それでm°feになりました」

――つまり、バンド名は音楽的な方向性を意味しているというよりも、ランダムかつ自由連想的に出てきたワードをただ並べただけだと。

高橋「そうなります」

松丸「でも今から振り返ると、バンドの音楽性が変化していったプロセスとバンド名をつけるに至ったプロセスは似ているかもしれない」

高橋「たしかに。それと即興演奏と楽曲の境目が明確にはなくて、ある意味で溶け合いながらセッションを行うということも、バンド名が体現していると言えるかもしれないです」