言葉を撹乱するシュルレアリスティックな世界――エレクトロアコースティック即興トリオ〈m°fe〉とは何か
m°feと書いてエムドフェと読む。それならまだわからなくもないが、『不_?黎°pyro明//乱』を口にすると〈フボウクレイドエンメイサイラン〉となる、というのはなかなかスルリと入ってこない。むろんそもそも言葉の意味がスルリと理解できれば良いとも限らない。とりわけ音楽が言葉で表されるとき、そこにはどこまでいっても致命的なズレがあるはずで、このことを忘れてスルリと理解するのは〈わかった気になる〉典型例だ。音楽と言葉の懸隔に横たわる居心地の悪い引っかかりを思い起こさねばならない。そして彼らの、つまりm°feの音楽はこのズレにふと気づかせてくれる。
2018年11月に松丸契、高橋佑成、落合康介の3人によって結成されたm°feは、今でこそ電子音響を取り入れた即興主体のバンドとして活動しているが、もともとはサックス-ピアノ-ベースのアコースティック編成でジャズ・スタンダードをセッションすることが出発点となったという。特定のリーダーはいないが転機となる音楽的アイデアの一つは松丸が持ち込んだ。すなわちサックス奏者ジョージ・ガゾーン率いるトリオ〈フリンジ〉に範を取り、「コンセプトとしては基本的にフリーでずっと途切れず続いていて、けれどもたまに曲が浮かび上がってくる。フリンジを模倣したかったわけではなくて、一つの手段としてやってみようと思いました」と松丸は振り返る。奇妙なバンド名はランダムな語呂合わせを生成するウェブサイト〈診断メーカー〉を使用しつつ3人で決めていったそうだ。
ライヴではこれまで、様々なコンセプトを設けた即興演奏にも取り組んできた。例えば「約45分のワンセットで、あらかじめ決めた3曲が順番で浮かび上がってくる、ということだけを決めておいて、曲の長さや終わり方、繋げ方は一切決めずにセッションする(松丸)」といったように。ライヴを重ねるうちに3人の間で共通言語を錬成していった。その意味で即興主体ではあっても場当たり的な即席バンドとは明確に異なる。
このたび完成したファースト・アルバム『不_?黎°pyro明//乱』では曲ごとのコンセプトを設けず、「完全即興・一発録り・多重録音なし・加工編集なし」を前提に昨年3月にレコーディングを実施。ベストなテイクが選ばれているもののほぼ録音順に収録されているそうで、曲名やディスク名は音を聴き返しつつ後から付した――ゆえにディスク1とディスク2が生と死の対比を感じさせるとしたらあくまでも結果論である。言葉の魔力に引き込まれてはいないか。
ソングエクス宮野川真氏による監修のもと、録音は名エンジニアとしても知られるオノセイゲンが代表を務めるサイデラ・パラディソで行われた。落合は即興音楽の録音の魅力を「生々しさと臨場感。その瞬間が切り取られたこと」と語るが、この魅力はスタジオによって一層引き立てられたようで、そのプロセスを松丸は「生の音ですけど、リバーブをその場で僕たちにかけて、それをスピーカーで返して、さらにそれをマイクで録ったんです。そういうアプローチは他のスタジオではなかなかできないですし、ブースに分かれてドライな音をイヤホンで聴きながら録ったら全く違うものになったと思います」と説明する。高橋も「スタジオでありつつライヴのような感覚で、いい緊張感を保って演奏できました」と付け加える。
アルバムの聴きどころは――たくさんあるが、一つは聴くたびに聴こえ方が変化する点。「日常風景として、家の中で色々なことをやりながら流していると、日によって聴こえ方が変わるかもしれない(落合)」。むろん集中して耳を傾けるとそれはそれでいくつもの発見がある。いわばイーノ流アンビエント・ミュージックだ。即興音楽だがいわゆるフリー・インプロヴィゼーション然としているわけでもない。「即興だからと気負わずに聴いてもらえたら(高橋)」。音楽はしばしば、言葉が聴き方を方向づけてしまう。「抽象的なものなので、言葉に囚われずに聴いてほしい(松丸)」。言葉を撹乱するシュルレアリスティックな世界――と口にすることもまた言葉の作用には違いない。それもおよそ100年前の。だが古びているとは限らない。m°feが生み出す音楽はコロナ禍の中で、そうした〈変わりゆく同じもの〉をあらためて提示する。言い換えるなら「何か新しいものを作ろうとしているわけではなく、かといって伝統を再現しようとしているわけでもない(松丸)」ことによって生まれる音。
PROFILE: m°fe(エムドフェ)
写真右側より、松丸契(アルト・サックス/エレクトロニクス)、高橋佑成(ピアノ/キーボード/エレクトロニクス)、落合康介(アコースティック・ベース/モリン・ホール/パーカッション/エレクトロニクス)によるエレクトロアコースティックアンビエント/アバントトリオ。読み方はエムドフェ。
松丸契→パプアニューギニアの高地出身のサックス奏者/作曲家/即興演奏家。2018年後半からジャズや即興音楽のシーンを中心に活動。他のジャンルやクリエイティブ分野のアーティストともコラボレーションしている。フリー・ジャズやロック、ハードコアからヒップホップまで呑み込んだカルテットSMTK、リーダー・プロジェクトのblank manifestoなど多数のプロジェクト/バンドに取り組む。2020年12月にファーストアルバム『Nothing Unspoken Under the Sun』をリリース。
高橋佑成→東京生まれ。現在、明治学院大学在学中。5歳からエレクトーンを始め、13歳の頃からジャズに興味を持つ。独学でビル・エヴァンスのコピーなどを始め、間もなく、中学生対象の世田谷ドリームジャズバンドに加入、日野皓正氏を始め、多くのミュージシャンにアドバイスを受ける。石井彰にジャズ・ピアノを師事。現在は、金澤英明とのデュオ、中山拓海(アルト・サックス)のユニットを中心に活動。多くのミュージシャンから期待を寄せられる、若き才能である。
落合康介→神奈川生まれ。幼少からピアノ、高校からエレキ・ベース、親戚のピアニスト中山静夫の影響で大学からコントラバスをはじめる。ジャズを田辺等、山下弘治、クラシックを高西康夫に師事。様々なアーティストと都内を中心に活動中。