タワーレコード新宿店~渋谷店の洋楽ロック/ポップス担当として、長年にわたり数々の企画やバイイングを行ってきた北爪啓之さん。マスメディアやWeb媒体などにも登場し、洋楽から邦楽、歌謡曲からオルタナティブ、オールディーズからアニソンまで横断する幅広い知識と独自の目線で語られるアイテムの紹介にファンも多い。退社後も実家稼業のかたわら音楽に接点のある仕事を続け、時折タワーレコードとも関わる真のミュージックラヴァ―でもあります。

つねにリスナー視点を大切にした語り口とユーモラスな発想をもっと多くの人に知ってもらいたい、読んでもらいたい! ということで始まったのが、連載〈パノラマ音楽奇談〉です。第18回は、読書の秋ということでロック/ポップスに登場する日本文学について綴ってもらいました。 *Mikiki編集部

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ロック/ポップスに登場する日本文学

今月から2回にわたって読書の秋にちなんだ〈ロック/ポップスと日本文学〉について書いてみたいのですが、さすがにそれだけでは漠然としすぎています。そこで今回は〈ロック/ポップスに登場する日本文学〉という具体的なテーマに絞って進めていこうと思います。曲名や歌詞などに文学作品や作者名などが引用されているケースや、特定の作家の影響を公言しているアーティストたちを、なるべく時系列に沿った形で紹介していこうという寸法です。

これがもし逆パターンの〈小説の中に登場するロック/ポップス〉についてだとサンプルが無数にありすぎるので(たぶん村上春樹だけで1年くらい連載できる)、現実的ではないでしょう。

なお、今回のテーマと内容は昨年11月にTOKYO FM「THE TRAD」という番組にゲスト出演した際に語ったものを土台にしつつ、大幅な加筆をしたものです。さて、前置きはほどほどにして、まずは1970年代から話を始めていきましょう。

 

はっぴいえんどに影響を与えた日本文学

江戸川乱歩、富岡多恵子、夢野久作、茨木のり子、稲垣足穂、宮沢賢治、大江健三郎、澁澤龍彦……ここに挙げたのは全て作家や詩人たちですが、一体どんな共通項があるかわかるでしょうか?

はっぴいえんどのデビューアルバム『はっぴいえんど』(1970年)のインナーにはスペシャルサンクス欄があって、彼らが影響を受けたミュージシャンや著名人の名前が列挙されているのですが、じつはそこから日本の文学者だけを抜粋してみたのが上記の面々なのです。

はっぴいえんど 『はっぴいえんど』 URC(1970)

〈日本語のロック〉という大きな命題に挑んでいたはっぴいえんど(とくに大半の作詞を担当していた松本隆)の詞的試行錯誤の過程に、この文人たちが果たしてどのような影響を及ぼしているのか思いを巡らしてみるのも一興ですが、ここでははっぴいえんどが日本語のプロフェッショナルともいうべき先人たちに謝辞を呈しているというたしかな事実のみに留意して、話を先に進めたいと思います。