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ドリーミーかつインテリジェントな音響構築で独自の電子音楽を表現する俊才が、ニュー・アルバムを完成! ユーフォリックな『Dreamstate』は何を映す?

 ウェールズから登場し、その細やかな音作りのエレクトロニック・ミュージックで聴き手を魅了してきたケリー・リー・オーウェンス。特定のジャンルに集約されない彼女の音楽は抽象性と共にポップと実験の間の曖昧な領域を探索してきたが、The 1975のジョージ・ダニエルがダーティ・ヒットと新たに立ち上げたエレクトロニック・ミュージックのレーベル、dh2への移籍後初のアルバムとなる4作目『Dreamstate』は、繊細さを保持しながらも明快にダンスフロアを志向する一枚となった。まさに勝負作というべき力強さに満ちているのである。

KELLY LEE OWENS 『Dreamstate』 dh2/ユニバーサル(2024)

 かつてインディー・バンドのヒストリー・オブ・アップル・パイでベースを弾いていたオーウェンスは、やがてエレクトロニック・ミュージックへと舵を切りノルウェーのレーベル、スモールタウン・スーパーサウンドからソロでのファースト・アルバム『Kelly Lee Owens』(2017年)をリリース。ドリーム・ポップとアンビエント・テクノを見事にミックスし、高い評価を集めた。音響化した歌声を巧みに活かしつつ、そのサウンドはひとつの定型に収まることなく独特の浮遊感と共に幽玄なムードを立ち上げていた。2作目の『Inner Song』(2020年)ではゴースト・カルチャーことジェイムズ・グリーンウッドを共作に迎え、複数の要素のミックスをさらに洗練させることで、電子音楽による内省表現を深化させる。豊かな不明瞭さと言えばいいだろうか、オーウェンスは多彩な音楽的要素を取りこみながら、その狭間の空間を作りあげることで複雑な感情表現を追求してきた音楽家なのだ。

 ノイズ・ミュージックの大物ラッセ・マーハウグとタッグを組んだ3作目『LP.8』(2022年)は、そんな彼女がより実験的なゾーンへと踏み込んだアルバムだったと言えるだろう。スロッビング・グリッスルとエンヤの中間をめざしたというその音は、インダストリアルとニューエイジの衝突と融合による新しい感覚を模索するものだった。重たいビートと瞑想的なアンビエントが交錯することで、まるで重力をねじ曲げるような静かな迫力がそこには宿っていた。

 だから、新作『Dreamstate』のオープニングを飾る“Dark Angel”のはっきりとした4つ打ちのビート、そしてキラキラとしたシンセのメロディーには驚かされた。なにしろ、わかりやすく気持ち良いダンス・トラックに仕上げられているのだ。続くタイトル・トラックの“Dreamstate”も、オーウェンスらしい心地良いアンビエンスが冒頭から聴こえてくるものの、しっかりしたビートとキャッチーなシンセ・リフによって感触はあくまでポップにまとめられている。実験性を強調した前作と対照的なだけでなく、オーウェンスのディスコグラフィーのなかでもっとも開放的なムードに満ちた一作である。

 そのことを象徴するのが、アルバムのリード・トラック“Love You Got”だ。LAのプロデューサーであるミカ・ゴードンとフィル・スカリーと共に制作されたこの曲は、オーウェンス自身による官能的な歌が〈Love You Got〉と繰り返されるコーラスで高みへと達するフロア・アンセムで、聴いていると腕を広げて思い切り踊りたくなる。続く“Higher”もまた、曲名通りストレートにアッパーな仕上がりだ。歌声の透明感を活かしつつ、メロディーや構成にメリハリをつけることで1曲のなかでカタルシスを演出している。

 また、ジョージ・ダニエルはじめケミカル・ブラザーズのトム・ローランズ、バイセップといった多彩な共作者を迎えた本作は、一曲一曲の個性が際立っているのも特徴だ。ダンス・アンセムだけでなく、ローランズが参加したバラード“Ballad (In The End)”、アンビエント・ポップと室内楽を合わせた“Trust & Desire”と、陶酔感に満ちた時間も用意されている。そして、そのすべてにおいてポップなフックを感じられるのが本作の魅力である。まさに大胆な転換作。ケリー・リー・オーウェンスのこの新章を全身で味わいたい。

『Dreamstate』に参加したアーティストの作品。
左から、The 1975の2022年作『Being Funny In A Foreign Language』(Dirty Hit)、ケミカル・ブラザーズの2023年作『For That Beautiful Feeling』(EMI)、バイセップの2021年作『Isles』(Ninja Tune)

ケリー・リー・オーウェンスの作品と参加作。
左から、2017年作『Kelly Lee Owens』、2020年作『Inner Song』、2022年作『LP.8』(すべてSmalltown Supersound)、ダニエル・エイヴリーの2022年作『Ultra Truth』(Phantasy Sound)、ファイフとイスクラ・ストリングスの2022年のコラボ作『Interiority』(Benvolio)