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サントラはアーサー、『Harlequin』はリーの視点

「ジョーカー:フォリ・ア・ドゥ」には数多くのミュージカル的なシーンがあり、その一部は主人公であるアーサーの心象風景として描写されている。もちろん、(劇中における)現実の描写として歌う場面もあるが、特に強く印象に残るのはアーサーの感情が昂ったことで創り上げられていく、(おそらくは自身の憧れやルーツが反映されているであろう)まるで伝統的なブロードウェイの演目を見ているかのような豪華で楽しい光景である。

こうした虚構と現実のコントラストは、2019年に公開された前作「ジョーカー」においても映画全体を貫く重要なテーマとなっていたが、それは「ジョーカー:フォリ・ア・ドゥ」でも同様だ。むしろ、より意識的に強調されているように思う。言い換えるならば、劇中で流れる楽曲の多くはあくまで〈アーサーの視点〉から見たものであると捉えることができるだろう。

映画において、ガガ演じるリーは〈ジョーカー〉を崇拝しており、彼と一緒になるためならどんなことだってやる、そんな覚悟と危うさを持った人物として描写されている。劇中、リーは過酷な刑務所生活に苦しむアーサーを全力で支えようとするが、一方でその真意や背景については異様なほどに謎に包まれており、アーサー自身も大いに翻弄されることになる。映画自体、基本的には最初から最後まで〈アーサーの視点〉で物語が描かれていくため、私たち観客もまた、リーという存在を明確に捉えることはできないのだ。

「ジョーカー:フォリ・ア・ドゥ」とそのサントラが〈アーサーの視点〉を軸にした作品であるとすれば、『Harlequin』はガガの解釈によって描かれた〈リーの視点〉による作品だ。両作に収録された楽曲のアレンジや歌唱の変化は、アーサーとリーの視点の違いの表れとも考えられる。

例えば、劇中の印象的な場面で使用される“Gonna Build A Mountain”(1961年のミュージカル「地球を止めろ 俺は降りたい」の楽曲)は、サントラでは情感たっぷりのバラードを起点に、フルバンドによる豪華極まりないパフォーマンスへと発展、ガガの天にも昇るかのような歌唱が見事なクライマックスを演出する劇中屈指のドラマティックなナンバーに仕上がっている。

片や『Harlequin』のバージョンは、サントラ同様にアップリフティングではありつつも、あくまでピアノやギターをベースとした軽快なアレンジが特徴的で、歌唱についてもどこか地に足の着いたようなところがある。ともにポジティブな編曲が施されているが、明らかにサントラ版の方が数段テンションが高い。

こうしたムードの違いは他の楽曲でも顕著で、サントラ版ではリーがアーサーを優しく抱きながら〈Just like me, They long to be close to you〉(私と同じように、みんなあなたに近付きたい)と語りかけているように歌う“(They Long To Be) Close To You”は、『Harlequin』ではあくまで小気味よいポップソングといった具合で、若干の差異が感じられる。

特に強烈なのは“The Joker”(1964年のミュージカル「ドーランの叫び、観客の匂い」の楽曲)で、サントラ版では不穏で壮大なオーケストラの演奏に加え、歌詞で描かれるように自らを憐れみ、やがて開き直っていく〈Joker/ジョーカー〉と自身を重ねて歌い上げるホアキンのパフォーマンスに圧倒される。

『Harlequin』では、ヘヴィなロックアレンジに合わせて〈Joker〉の物語を力強く語り、まるで自分を鼓舞するかのように歌うガガの姿に魅了される。こうした違いは劇中における2人の描写とも重なるものがあり、その違いが伝統的なアメリカンミュージックのスタンダードをそれぞれ異なる解釈へと導いているように思う。