2024年の顔として印象的なフォントと色味を世界中に伝染させたチャーリーxcx。待望の日本盤リリースに合わせて『Brat』の魅力を改めて振り返ってみよう!
時代が彼女に追いついた
2月2日に開催されるグラミー授賞式で、今年はいったい誰が最多受賞を果たすのか。音楽界はいまからその話で持ちきりだが、まず誰もが注目するのはサブリナ・カーペンターとチャペル・ローンのフレッシュな躍進組だ。そしてカントリーに挑戦した常連組のビヨンセが、またもや新記録を打ち立てるのではないかと噂されている。が、そんななか、全9部門でノミネートという大健闘ぶりを見せているのがポップ界の救世主ことチャーリーxcxだ。最優秀アルバム部門(『Brat』)、最優秀レコード部門(シングル“360”)という主要部門においては、上記の3人やテイラー・スウィフト、ビリー・アイリッシュらとガチンコ勝負。ビヨンセがグラミー委員会に愛されているとしても、長年にわたってポップ・シーンを裏から表から支えてきたチャーリーこそが、もっとも野心的でいまこそ受賞すべき存在ではないかという気がする。何しろアルバム『Brat』は、これまでに彼女がやってきたことの見事な集大成であり完成形。ここに来て時代もようやく彼女に追いついたと言え、タイミング的にもジャストとしか思えない。
〈ブラット〉という言葉が意味するのは、思っていることをズバリ言ってのける人のこと。物怖じせずに、大胆に、歯に衣着せぬ発言ができる人を指している。アメリカ大統領選でカマラ・ハリス候補がみずから〈ブラット〉と名乗ったり、〈ブラット・サマー〉という言葉が頻繁に囁かれてチャーリーのアルバムやそのロゴが巷に溢れ返り、トレンドになったのも記憶に新しいところ。そもそも言動の悪い子どもたちを指して使われることが多い〈ブラット〉というワード。チャーリー自身が意図したのも、まさしくクラスの人気者に対して喧嘩を売るような、口は悪いが本音を発するゴス集団やロック少女のような筋金入りのアンダードッグのほうだ。決してメインストリームな人気者の代弁者ではなかったはずだが、それがいまや時代の顔となっているのだからおもしろい。ビヨンセやテイラー、サブリナ、アリアナ、デュア・リパといった、そもそも生まれた時点からの絶対ディーヴァとは異なり、自身でポップスターになりきり、変身してきたサブカル・スターとしての立ち位置を明確にしたのが『Brat』なのだ。
前置きが長くなってしまったが、そんな彼女がアルバム『Brat』で体現するのは、現在のメインストリームとは真逆とも言える方向性のサウンドだ。メインストリーム・ポップの多くがメロディックな歌や心地良いサウンド、フォーク的な味わいや、はたまた70〜80年代的なソフト・ロックやシティ・ポップへと回帰している一方で、チャーリーはといえば、ギシギシにトンがったハイパーポップにこだわり、視界がクラクラするようなレイヴ的でドラッギーな多幸感で圧倒する。というのは、彼女のこれまでの方向性や手法と大きく異なるわけではないが、これまで以上に定型ポップの雛形をぶち壊そう、という意気込みに溢れていて、いわば開き直りのチャーリーxcxらしさが漲っている。2022年の前作『CRASH』では「メジャー・レーベルにしか作れないセルアウト作を作る」と謳ってメインストリーム・ポップの限界に挑んだ彼女だが、それとは似て非なるもの。手法は変わらずとも、本作ではメジャー的、メインストリーム的なウケ要素には真っ向から背を向け、チャーリーxcxにしか生み出せない/許されない孤高のソニック・アイランド=『Brat』を創造してみせる。