Photo by Yuki Kumagai

小林愛実、切望していたシューべルトの録音がついに実現!

 小林愛実は9歳にして国際的なピアニストとしてデビュー。すぐに世界的に注目を集める存在となった。一方で着実に研鑽を重ね、自らの音楽に妥協することなく向き合い、成長し続けている。2013年からフィラデルフィア・カーティス音楽院に留学し、2015年の第17回ショパン国際ピアノコンクールでは日本人唯一のファイナリストに。さらに2021年(第18回)では第4位入賞を果たした。研ぎ澄まされた技巧と表現力を併せ持つ小林が新譜のプログラムに選んだのはオール・シューベルト。これは彼女のかねてからの希望であった。

 「2021年にショパンのアルバムを出してから3年、その間にシューベルトに取り組む時間が増えていたところだったのですが、レコーディングのお話をいただき、ぜひ全曲シューベルトでいきたいとお願いしました」

小林愛実 『シューベルト:4つの即興曲 作品142、ピア ノ・ソナタ第19番 ハ短調、ロンド イ長調 他』 Warner Classics(2024)

 ショパン国際ピアノコンクール後、新たな決意と共に行ったサントリーホールでのリサイタル〈Beginning of the future〉でも演奏したソナタ第19番が収録されているが、この曲は小林にとって大切な楽曲だという。

 「カーティス音楽院に入学して間もない時期にレオン・フライシャーによるシューベルトの後期ソナタのマスタ―クラスが行われることになり、〈出てみない?〉とお誘いをいただき、その時に弾いた曲です。それまでシューベルトの作品はほとんど弾いたことがなかったですし、準備期間も非常に短かったのですが、弾いていてとても楽しかったことを覚えています。それ以来シューベルトが大好きで、いつか色々な曲を弾いてみたいと思っていました」

 レオン・フライシャーからはどのようなことを学んだのだろうか。

 「公開のマスタ―クラス前に個人レッスンの機会も頂き、3回ほどご指導を頂いたのですが、メロディの歌いかたに際立たせ方、バスの響かせ方など様々な角度から教えて頂きました。これは今回のレコーディングにおいても活きています」

 ソナタと共に今回は即興曲集(Op.142)も収められている。

 「ソナタと組み合わせる曲については色々と考えたのですが、出産後から取り組み始めた即興曲にしようと決めました。この曲も以前から弾きたいと考えていたものでしたし、ピアニストの伊藤恵先生とお話する機会があり、ソナタとの組み合わせをご相談したところ〈ぜひあなたに弾いてほしい〉とおすすめ頂いたのです」

 小林は今回のレコーディングにあたり伊藤や恩師であるマンチェ・リュウなどに意見を求めたという。

 「お世話になった方や先生にお聴きいただいたのですが、みなさんやはりシューベルトに対して特別な想いがあるのかご意見が分かれました。ただ一貫して特に第2番については〈テンポが遅いのでは?〉と言われましたね。ただ、私の目指す方向性をつくるにあたってはこのテンポになってしまうので、あえて自分なりの演奏で録音させていただきました」

 確かに第2番をはじめ、全体的に一つ一つの音を大切にしながら、確かめるように弾いている印象を受けた。テンポを落とすとその分集中力や各音のクオリティの維持が難しくなる。しかし小林の演奏はそれらを見事にクリアし、圧倒的な密度の音楽を届けてくれている。

 「第2番については一歩下がって、あたたかい眼差しで生と向き合うような、慈愛をもって包み込むようなイメージで演奏しています。もともと〈遅い〉と言われていたのですが、レコーディングでエンジニアの方と音楽を作っていくうちにさらに遅くなったかもしれません。ヨーロッパのエンジニアは演奏についてかなりアドバイスをくださるので、アーティキュレーションやハーモニーの変化のさせ方など、かなり変わっていきましたね」

 今回はさらにリストによる歌曲の編曲作品も収録。“連祷”と“春の想い”の2曲が選ばれ、美しくやわらかな音によって奏でられている。リスト編曲によるシューベルト歌曲は数多くあるが、あえてこの2曲にしたのはなぜだったのだろうか。

 「ありとあらゆるものを聴いた中から選んだ2曲です。“連祷”はコロナ禍や震災、戦争など、様々なことが起こっている世の中なので、少しでも早く平穏が訪れるようにという祈り、そしてお聴きいただく方に心安らかな時間を過ごして頂きたいと選びました。“春の想い”は私の大好きな季節である春のことが歌われ、また様々な期待や喜びに満ち溢れていることから選んだものです。歌曲編曲作品は今回初めて取り組んだのですが、とても素晴らしいものばかりなので、これからもいろいろ弾いてみたいです」

 非常に歌心に溢れた演奏となっているが、実際に原曲を様々な歌手の演奏で聴き込んだという。

 「それぞれ少なくとも15人くらいの歌手の演奏で聴きました。そしてブレスやフレージング、発音など様々な要素を自分で演奏するときにイメージして演奏しています。特に心に残っているのがディートリヒ・フィッシャー=ディースカウでした。あらゆる面で彼の演奏からインスピレーションを受けています」

 そしてなんと今回は〈夫婦共演〉も行われた。反田恭平との共演で、シューベルトの“ロンド イ長調”も収められているのだ。

 「せっかくシューベルトをやるなら、彼が多くの作品を残した連弾もいいね、というお話がでてお願いしたところ、とても喜んでくれましたね。せっかくお互いにピアニストですし、結婚、出産を経て初めてのCDなので記念に、という想いもありました。ただ、二人とも曲に対する感じ方が違っていたので、最後まで苦労しました(笑)。パートを逆にしたり、私の曲に対する考えをプレゼンするなどいろいろな調整を経て、最終的にはとてもいい形で録音をすることができたと思います」

 小林の長きにわたるシューベルトへの愛情、そしてこれからのピアニストとしてのさらなる進化を予感させるアルバムが誕生した。今後も後期のソナタなど様々な楽曲に取り組みたいと話してくれており、期待が高まる。

 


小林愛実(こばやし・あいみ)
1995年、山口県宇部市生まれ。3歳からピアノを始め7歳でオーケストラと共演、9歳で国際デビューを果たす。8歳より二宮裕子氏に師事し、2011年、桐朋学園大学付属高校音楽科に全額奨学金特待生として入学。2013年よりフィラデルフィアのカーティス音楽院に留学。マンチェ・リュウ教授に師事し研鑽を積んだ。2005年(9歳)以降、ニューヨークのカーネギーホールに4度出演、パリ、モスクワ、ポーランド、ブラジル等に招かれ、スピヴァコフ指揮モスクワ・ヴィルトゥオーゾ、ブリュッヘン指揮18世紀オーケストラ、ジャッド指揮ブラジル響などと共演。ポーランドには、〈ショパンとヨーロッパ〉国際音楽祭ほか、協奏曲のソリストとして度々招かれている。2021年10月、〈第18回ショパン国際ピアノコンクール〉の第4位に入賞。2022年3月に第31回出光音楽賞を受賞。今、世界的な活躍が期待できる日本の若手ピアニストとして注目を集めている。

 


LIVE INFORMATION
小林愛実 ピアノ・リサイタル2024

2024年12月8日(日)サントリーホール
開場/開演:13:30/14:00

■演奏曲目
シューベルト:4つの即興曲 作品142
シューマン:子供の情景 作品15
ショパン:ピアノ・ソナタ 第3番 ロ短調 作品58

https://www.kajimotomusic.com/concerts/2024-aimi-kobayashi/