みなさんにダンスしてほしい!

レバノンのベイルート生まれ、仏パリで育った世界的トランペット奏者イブラヒム・マーロフ。彼の紹介コラムを書きながら、傑作『ミケランジェロのトランペット(Trumpets Of Michel-Ange)』の世界を5人のトランペッターと2人のギタリスト、サックス奏者、ドラマーからなるバンドで演奏するライブなんて、絶対いいに決まってるじゃん!と確信していた。その予想は当たったばかりか、当日の現場ではあらかじめ想定していたことを遥かに超える素晴らしい演奏が繰り広げられ、歓喜の渦に巻き込まれながら、ただ圧倒されるほかなかった。

2024年11月22日、ブルーノート東京に集まった観客は実に多様で、年齢的には若者から年配まで、エスニシティ的にはイブラヒムと同じアラブ系やフランス系と思われる人々も多かった。そして1stセットが始まる定刻の18時ちょうど、イブラヒムたち9人のバンド=トランペッツ・オブ・ミケランジェロが颯爽とステージに現れる。全員黒いTシャツないしシャツを着ているが、リーダーのイブラヒムだけ紺のシャツを上に羽織っている。

直後にドラムのフィルインからアルバムの1曲目“The Proposal”でスタート。5本のトランペットとアルトサックスが折り重なり、キレのあるテーマを力強く吹き、ドラムのキメとばっちり同期すると、その音の分厚さと生々しさに早くも強烈な感動を覚えた。生で演奏を聴く醍醐味ってこういうことだよね。下手でエレアコ的なギターを弾いているギタリストが、グナワ(モロッコなど北アフリカの音楽)における弦楽器ゲンブリのような弾き方と音色でベース代わりに低音部を担っていたのも印象的だ。

イブラヒムはサクソフォニストなどと目を見合わせながら、とても楽しそうに生き生きと吹く。彼が操る特製トランペットには4つ目のピストンバルブが取り付けられており、それを左手の人差し指で押してクォータートーン(四分音)を出せば、日本人にも馴染み深い中東的な響きがもたらされ、どうにも郷愁を誘う。またバンドの指揮をしっかりと執りながら、絶対的なリーダーというより、あくまでもバンドの一員として演奏するイブラヒムの飾らない佇まいと包容力は彼の優しい人柄や人格を物語っているように見えた。

演奏中、イブラヒムは「こんにちは、みなさん!」と日本語で挨拶をし、「みなさんにダンスしてほしいんです!」とオーディエンスを誘う。観客たちはいきなり巻き込まれ、コンサートの一部と化し、総立ちに。開始から数分で笑顔と歓声に満たされたブルーノートには、ハッピーなバイブスが充満。室温も一気にぐっと上がった。

 

祝祭としてのライブ

そのままシームレスに2曲目の“Love Anthem”へ。アラビア音楽らしい性急な2拍子系のビートが跳躍・躍動し、突風が吹き込んでくるかのようなミケランジェロのトランペットたちの吹奏に身も心もブロウされる。テンポを落としたり、当初のBPMに戻ったりと、生き物のような演奏の起伏にはドラマが宿っていた。

「東京で演奏するのは初じゃなくて、12年前に〈東京JAZZ〉で演奏したことがあるんです。あれから、多くのことが変わりました」。“Fly With Me”のメロウな演奏を始めながら、イブラヒムはそう語った。さらに新作が「大きな祝祭、大きな結婚式」のような作品であること、結婚は「イエス」と言って2人が契りを交わす儀式であること、「イエス」はレバノンの言葉で「イ(エ)」であること、“Fly With Me”がそれをメロディで表現した曲であることを丁寧に説明。そして主旋律を歌うよう促し、観客全員が大きな声で歌いはじめた。オーディエンスに躊躇させず、即座に巻き込んでいくイブラヒムのコミュニケーションのうまさといったらない。

“Fly With Me”が本格的にスタートすると、ギターやトランペットのソロを回したあとで、満を持してあのメロディが現れた。観客はみんな声を合わせて歌い、音楽の一部に溶け込む。演奏が終わって大団円……かと思いきや、〈まだまだ〉とばかりにイブラヒムは観客を焚き付け、アカペラでさらに歌わせる。観客を単なる観客に留めておかず、ライブをともに作り上げる成員に一発でしてしまうのがイブラヒムという音楽家なのだ。またこの“Fly With Me”では、ドラマーがハイハットの代わりにシェイカーを振ってリズムを刻んでいたことも印象に残った。

4曲目は“The Smile Of Rita”。ミドルテンポで落ち着いた曲だが、アラビックな美しさやうまみが詰まった見事な旋律に、音をぐいっとベンドするようなクォータートーンを駆使したトランペットたちの演奏がバチッとハマる。忘れがたいのは、それぞれがソロをとっている間、イブラヒムの合図で楽器隊がソリストを取り囲んでしゃがみ込み、曲の盛り上がりに向けて徐々に立ち上がって伴奏を加えていく、という美しい演出。