レバノン生まれ、フランスで音楽を学んだサラブレッド
イブラヒム・マーロフの来日公演が2024年11月22日(金)から24日(日)までの3日間、東京・南青山のブルーノート東京で開催される。日本で見られる機会が少なかった彼の待望のライブが迫っているということで、本稿では〈イブラヒム・マーロフとはどんな音楽家か?〉という入門編的な内容を改めて伝えたい。
イブラヒム・マーロフは1980年生まれ、現在44歳のトランペット奏者。父ナシムはトランぺッター、母ナダはピアニストという音楽一家のもと、レバノンの首都ベイルートで生まれた。さらに祖父ラシュディはジャーナリスト/詩人/音楽学者で叔父アミンは作家/ジャーナリストと、非常に文化的なバックグラウンドが豊かな家系に生まれている。
そのためイブラヒムは、生まれて間もない頃から音楽に触れていたという。幼少期に演奏や作曲を始めたサラブレッドだが、レバノン内戦(1982年にイスラエルが侵攻し、レバノン戦争へと激化した)の戦火を逃れて一家は仏パリへ移住。当初、フランス語を話せなかった彼にとって音楽は逃避先でもあったそうだ。さらに7歳でトランペットの演奏を始め、8歳で父のツアーに同行、西欧のクラシックとアラブ古典音楽の両方に親しんだ。
その一方で科学と数学を学び、学位を取ったイブラヒムだったが、父の師でもあるトランペット奏者モーリス・アンドレのすすめで音楽の道に改めて進み、パリ地方音楽院とフランス国立高等音楽院という名門で鍛錬と勉学に励んだ。その後、数々の賞を受賞し、フランスの著名なミュージシャンのレコーディングにも参加するようになり、プロとして活動を始めている。
西洋音楽とアラブ音楽の融合
そして2007年、1stアルバム『Diasporas』(彼の出自を表したタイトルだ)でデビューを果たす。アラブ伝統音楽の要素を前面に打ち出しながらジャズスタンダード“チュニジアの夜”を演奏するなど、この時点ですでにイブラヒムらしい西洋の音楽(クラシックやジャズ)とアラブ音楽の野心的な融合や折衷はかなり深いところまで試みられている。さらにポップスや電子音楽の要素を取り入れた2nd『Diachronism』(2009年)、西欧クラシックやラテン音楽の要素が大々的に展開された3rd『Diagnostic』といった初期の名盤を聴くと、彼の作家性の全体像が見えてくる。
イブラヒムは、多数の映画音楽を手がけてきた名手としても知られている。2014年の「イヴ・サンローラン」に始まる劇伴作家としてのキャリアの中でも、日本人に馴染み深いのは河瀨直美の2017年の映画「光」での仕事だろう。第70回カンヌ国際映画祭のコンペティション部⾨に選出され、エキュメニカル審査員賞を受賞した同作における、繊細なタッチのピアノと抱擁感のある響きのトランペットを中心にした哀切な音楽は、イブラヒムの音楽性と表現力の幅広さを存分に伝えているので必聴だ。
また共演してきた相手も幅広く、なおかつ輝かしい。スティングやエルヴィス・コステロといったポップ/ロック、サリフ・ケイタやアンジェリーク・キジョーやアマドゥ&マリアムといったアフリカ音楽、メロディ・ガルドーからアーチー・シェップまでのジャズ、そしてヴァネッサ・パラディやジュリエット・グレコといったフレンチポップ……。国境もジャンルも自由に乗り越えた共演歴だ。加えて、グラミー賞に2度ノミネートされたほか、フランスのグラミー賞ことヴィクトワール・ドゥ・ラ・ミュジークやヴィクトワール・デュ・ジャズ、セザール賞、リュミエール賞など権威ある国際的な賞を数多く受賞してきた。