
みんなにジャンプしてほしい!
「僕らの結婚式はどう? 楽しんでる?」と語りかけて笑いを誘うと、イブラヒムによる次曲“Zajal”の解説が始まった。〈Zajal〉とは祝祭の間に老人たちが即興で詩を詠み、バトンを渡していくような重要な伝統儀式なのだという。途中、「この場にレバノンの人がいるかはわからないけど……」と言ったところで「イエス!」と手と声を上げた観客がいたことには驚いた。
そんな〈Zajal Session〉を楽器で表現する“Zajal”の演奏が始まると、イブラヒムに誘われてオーディエンスは2拍子ビートをハンドクラップで刻み出す。軸になるビートはシンプルだが、ドラマーがハイハットを細かく刻むことで躍動感が加わり、神秘的な穏やかさと熱い激しさを行き来するトランペットソロも映える。8ビートへのリズムチェンジとディストーションギターによってロック調に変貌したパート、まるでコンガのように素手でタムなどを連打したドラマーのソロも見事だった。
続けて、さらに速いテンポの曲が始まる。“Capitals”だ。「ショーの始めにダンスしてほしいって言ったけど、この曲ではみんなにジャンプしてほしいんだ! 〈ブルーノートでは誰もそんなことしないよ〉って言われたけどね(笑)」とイブラヒム。しかし再び総立ちになった観客は、「1、2、3、4!」の掛け声とともにもちろん飛び跳ねた。シックで落ち着いた〈大人〉なムードが魅力だと言えるブルーノートでは、まるで見たことがない熱狂的な光景が広がった。前例のない観客総ジャンプも、イブラヒムだからこそ為せる業である。
ライブが終盤になるにつれ、私は〈どうか終わってほしくない〉と胸の内で感じはじめていた。しかし、別れの時は近づいている。イブラヒムは「このチームは家族なんだ」と言ってメンバーを1人ずつ、思いを込めてたっぷり時間をとって紹介し、また父とのエピソードを披露しながら、彼が開発したクォータートーントランペットを〈Trumpets Of Michel-Ange(T.O.M.A.)〉としてブランド化し教育機関を立ち上げたこと、トランペットを購入すると無償でレッスンが受けられることなどを熱く語った。
音楽でさよならを言おう
そして「話し好きで、つい自分の音楽を説明したがっちゃうんだ」と言うイブラヒムは、「これが僕らの結婚式の終わり。さよならを言うのは嫌いだ。だから〈グッバイ〉を意味する“Au Revoir”を作った。音楽でさよならを言おう」と、哀愁漂うギターのアルペジオを背景にラストナンバーを奏ではじめる。そしてこの曲でも、主旋律を歌うよう観客に求めた。歌謡曲っぽさを少々感じるマイナー調のメロディに、オーディエンスが歌声を乗せていく。
子供の巣立ちも表現したという“Au Revoir”は、オーディエンスの温かい合唱とともに始まった。トランペットによるさびしげな旋律と独特のクラッシュシンバルの打音が合わさった抑制的な序盤、そしてイブラヒムがふくよかな音色で吹いた感動的なソロを経て、次第に管楽器隊はハイトーンへと駆け上がっていき、別れの悲哀や憂いを祝祭へと昇華させる。
全曲を演奏し終えたイブラヒムたちはスタンディングオベーションの大喝采に包まれ、笑顔でステージを去っていった。フランス人らしきファンが退場するメンバーの一人ひとりに「メルシー! メルシー!」と声をかけていた光景が忘れられない。
70分強のショーで観客を演奏・音楽・ライブの一部に取り込んで、ブルーノートのクールな空間を喜びと熱気に満ちた祝祭の場へと一気に変貌させたイブラヒムのパフォーマンス。なんていいライブだったろう、こんなに笑顔になったのも飛び跳ねたのもひさしぶりだ、と満足感と感慨に浸りながら帰路に就いた。表参道には寒風が吹いていたが、全身が温かさに包まれたままへっちゃらで歩けたのは、イブラヒムたちの熱い息吹のおかげにほかならない。
RELEASE INFORMATION

リリース日:2024年9月20日(金)
配信リンク:https://naxosjapan.lnk.to/IBM41
TRACKLIST
1. The Proposal
2. Love Anthem
3. Fly With Me - feat. Endea Owens
4. Zajal
5. Stranger
6. The Smile Of Rita
7. Au Revoir - feat. Golshifteh Farahani
8. Capitals - featuring Trombone Shorty
9. Timeless (Bonus track)
PROFILE: IBRAHIM MAALOUF
ベイルート出身で現在はフランスで活躍するトランペッター。両親ともに音楽家という家庭に育った彼はレバノン内戦中に家族でパリに移住し、7歳の頃からトランペットでクラシック音楽やアラブ音楽を学んだ。イブラヒムが用いるトランペットは父ナシム・マーロフが開発した4本のピストンバルブを持つ特殊な楽器で、アラブ音楽で使われる微分音を表現することができる。これまで19枚のアルバムを発表し、グラミー賞に2度ノミネートされた。スティングやエルヴィス・コステロといった多数のトップアーティストと共演し、ルーツであるアラブ音楽やヒップホップ、エレクトロなどさまざまな要素が溶け合った音楽性で世界を魅了している。2024年9月、最新アルバム『ミケランジェロのトランペット』をリリース。11月にはブルーノート東京にて3日間にわたる来日公演を実施。
Instagram:https://www.instagram.com/ibrahimmaaloufofficial/
Facebook:https://www.facebook.com/ibrahim.maalouf/
YouTube:https://www.youtube.com/channel/UCGPGRFulJR8XjsECZj37Pzw