歌を愛し、ハーモニーに心奪われた〈マニア〉の45年がここに――世代を超えた歌い手たちと共にドゥーワップを掘り下げたベスト盤には、仲間と紡ぐ音楽の楽しさが溢れんばかりに詰まっている!!

持たざる若者たちの音楽

 70年代の東京都大田区。悪童たちは昼の仕事を終え、夜になると池上本門寺の裏手にある駐車場にたむろしてコーラスの練習に励んでいた。巡回中の警察官に怪しまれたが、「俺たち、いつかきっと有名になるから、そのときまで見ててください」と返答。まだ人情や余裕があった時代だったのだろう。警察官は「あんまり遅くなるなよ」とだけ言い残してパトカーで去っていったという――2020年のベスト盤『ALL TIME ROCK ‘N’ ROLL』に際してのツアーでそんな若き日のエピソードを語っていたマーチンこと鈴木雅之も、80年にシャネルズとしてデビューしてから今年で45年。時代が違えばコーラスではなくラップだったのだろうが、上記ツアーの舞台セットでオマージュしていた映画「アメリカン・グラフィティ」(73年)の挿入歌(サントラ)に魅せられたマーチンの軸となる音楽といえばドゥーワップやロックンロールである。

 そうした〈マニア〉な音楽ルーツにフォーカスし、デビュー45周年記念を謳ってこのたびリリースしたのが『All Time Doo Wop ! !』だ。テーマ別に分けたCD 3枚組で、初回限定盤には〈REAL TIME THE FIRST TAKE〉出演時の映像を収録したBlu-rayが付く。Disc 1〈Original Mania〉にはシャネルズおよび改名後のラッツ&スターによるオリジナル曲などを再録含めて収録。Disc 2〈Rats Mania〉にはグループ時代の曲を国内アーティストたちが歌ったカヴァーが並ぶ。そして、Disc 3〈Doo Wop Mania〉にはドゥーワップやロックンロールの名曲などをカヴァーした英語詞曲がまとめられた。

鈴木雅之 『All Time Doo Wop ! !』 エピック(2025)

 表題にある〈ドゥーワップ〉とは、50年代から60年代前半のアメリカでロックンロールと共に人気を博したコーラス音楽。街角に4〜5人の若者が集ってハーモニーを奏でることから〈ストリート・コーナー・シンフォニー〉とも呼ばれている。楽器が買えなくても実践可能な〈持たざる者〉の音楽で、黒人コミュニティーを発祥とするが、イタリア系などによるホワイト・ドゥーワップもあった。〈ドゥワッ〉〈シュビドゥビ〉といったスキャット風のコーラスが特徴で、低音のベース・ヴォイスを抱えることもあり、シャネルズ〜ラッツでは佐藤善雄がその役を担った。“ランナウェイ”“トゥナイト”“街角トワイライト”といったシャネルズ一連のヒットは、まさにドゥーワップの作法に則った曲だ。が、彼らはそれを歌謡曲の文脈内で、よりポップにアウトプットした。ラッツの“め組のひと”はその究極の形と言える。同曲は今回、“ランナウェイ”“月の渚-YOU’LL BE MINE-”と共に、アマチュア時代から苦楽を共にしてきた旧友の佐藤や桑野信義(トランペット/ヴォーカル)との最新セルフ・カヴァーで収められている。

 日本におけるドゥーワップの紹介者といえば山下達郎もいる。山下はマーチンのソロ作『Radio Days』(88年)に和製ドゥーワップ“おやすみロージー~Angel Babyへのオマージュ~”を提供した。今回のDisc 1には、その山下が〈咳き込み〉を入れた“禁煙音頭”がレアな〈Niagara Triangle 1978 Mix〉として冒頭に登場する。大滝詠一によるNIAGARA FALLIN’ STARS名義作『LET’S ONDO AGAIN』(78年)に収録されていた原曲は、デビュー前のマーチンと佐藤が〈竜ヶ崎宇童〉名義で録音。ここでの仕事が大滝の作曲となるラッツの“Tシャツに口紅”や“夢で逢えたら”へと繋がるのだが、そもそも大滝との縁もドゥーワップへの愛がきっかけだった。今作の“め組のひと(2025 Ver.)”はオリジナルで実現できなかった大滝とのアレンジを想像しながら仕上げたという。一方で同曲をアレンジした井上大輔にも敬意を表し、井上が作曲した“ランナウェイ”をCM版と井上によるヴォーカル版の形でも特別収録している。