
アンスネスがリスト晩年の大作を録音。圧倒的な存在感を示す声楽との共演で新たな地平を拓く
レイフ・オヴェ・アンスネスの真摯でひたむきでシャイな性格は1993年の初来日以来変わることがない。音楽に真正面から取り組み、理想とするピアノの響きを求めて努力し夢を追い求めていく姿勢も変わることなく、ときに頑固一徹な面ものぞかせる。レパートリーもむやみに広げることなく、じっくりと自身の内面と向き合いながら広げていく。
「私は器用な人間ではなく、なにごとも時間がかかります。素早く対処することが苦手。完全に納得してからでないと前には進めません」
そう語る彼が、満を持してリストが最晩年に心血を注いだピアノ独奏付きの大作合唱曲“十字架の道行”を録音した。
これはヨーロッパの教会に古くから見られる絵画で、イエスの受難を14の場面で描いている。リストは絵画を音で表現した宗教音楽を作曲、グレゴリオ聖歌とマタイ受難曲の影響を受け、簡潔ながら旋律や和声と半音階的を多用した作品を生み出した。草稿はリストがローマに滞在した1866年に作られたが、作曲には長い年月を要し、1879年に完成を見た。音楽は前奏曲を意味する“王のみ旗は翻り”で幕開けし、ピアノと声楽で構成されている。
共演はノルウェー屈指の女性合唱指揮者グレーテ・ペーデシェン指揮ノルウェー・ソリスト合唱団。アンスネスが主催するローゼンダール音楽祭(2024年)の最終コンサートで演奏された直後にセッション録音されている。
私はコンクールやアーティストの取材でイスラエルを何度か訪れ、ヴィア・ドロローサ(悲しみの道、イエスが十字架を背負って歩いた道)などイエスゆかりの場所をいくつか訪れたが、アンスネスの録音はそれらを彷彿とさせる視覚的な演奏で、晩年のリストが魂を注ぎ込んで編み出した大作に寄り添い、精神性の高いピアノを披露。声楽も圧倒的な存在感を示す。カップリングは“コンソレーション”全曲と“詩的で宗教的な調べ”の2曲。アンスネスの新たな地平を拓く記念碑的な1枚だ。