ショパンの心を夢みつづけて
シベリウスへの親近感を示した前作に続き、レイフ・オヴェ・アンスネスが立ち返ったのはショパン。1990年代初頭にソナタ3曲を含む録音をまとめて以来、久々となるショパン・アルバムは、4曲のバラードにノクターンを織りなした旅のような1枚だ。12歳のときタマーシュ・ヴァーシャリのカセットを聴いて以来、バラード全曲録音は宿願だった。「19世紀のどのピアノ音楽よりも愛してきました。でも、長い間夢み続けるのはいいことですよ」とアンスネスは微笑む。バラード第4番は録音を決意してからの取り組み。「正直に言うと、かなり長い間、この曲に怖れを抱いていました。技巧的な挑戦も多く、作品を細部まで息づかせるのに、ピアニストとしてのあらゆる能力を要求されます。身体的な行為がすべて感情を伴っている。多様な要素が凝縮された、信じ難いほどの旅です」。
25歳から40歳にかけて、アンスネスはショパンをさほど演奏してこなかった。「ずっと傍にあった作品が、これほど深く心に語りかけてきたことに、自分でも驚いたくらいです。現代のピアノで弾くにはかなり困難な部分もあるし、音楽の透明さや美しさを損ないやすい。古典的な形式をとりながら、非常に主観的なので、とても傷つきやすいのです。ショパンを理解するのは心理的にも難しくて、シューマンは狂おしいほど明白に感情を大きく表出しますが、ショパンは流動的な構築というのか、もっと神秘的で謎めいたようにする。その真実をつかむのは、かんたんなことではない。だから、私はずっと怖れていたのだと思います」。
情感と構築のバランスをとるのに、適切な距離を保つことが難しい。「ええ。実際、7、8年前に初めてコンサートでバラード第4番を弾いたときには、すごく感動してしまい、とても悲しくて涙が出てきました。ばかげたことですよね、自分の演奏に泣くなんて(笑)。こんな経験はソロでは一度きりです。なぜって、人間の魂の苦痛に声を与えた稀有な作曲家だから」。
ショパンの肖像を年代に渡ってまとめたアンスネスが、いまみつめているのは「Mozart Momentum1785/1786」。2年間の革新的な協奏曲と室内楽曲に3年をかけて取り組む、盟友マーラー・チェンバー・オーケストラとのツアー&録音プロジェクトがこの5月から始まる。「ノルウェーでの私の音楽祭もそうですが、こうした歴史上の瞬間に焦点を当てるのは面白い。モーツァルトの協奏曲で真に興味深いのは同時発生的なことです。古楽アンサンブルを聴くことで響きの層が分立しているのが聴きとれますが、私たちはモダン楽器でそれを実現し、さらに多くのレイヤーを見出すことができると確信しています」。