Photo: Sony Music Entertainment

ドイツ・リートを極めた名コンビによるブラームス歌曲集

 今年の東京・春音楽祭で12年ぶりに来日し、2夜にわたって密度の濃いオール・シューマン・プロを披露、円熟期にある名歌手ならではの深みをたっぷり聴かせてくれたクリスティアン・ゲルハーヘル。最新アルバムはブラームスの歌曲。これまで“4つの厳粛な歌”(2001年)、“美しいマゲローネの物語”(2014年)の録音があるが、ブラームスの歌曲のアンソロジーを編むのは今回が初めて。「シューマン好きの私としては、ブラームスに偏見がありましてね。彼はクララと結託してシューマン最晩年の作品を焼き捨ててしまったからです。それは別として(笑)、ブラームスの歌曲といえば何といってもその丸みを帯びた陰影の深い響きに惹かれます。色に譬えれば、暗い赤や深く濃い緑のようなイメージ。そうした特質を十全に表現するためには、どうしても声の成熟が必要。だから若い歌手向きのレパートリーではありません。私の声もずいぶん変化してきました。ようやくブラームスを録音できるくらいにね」。

CHRISTIAN GERHAHER 『ブラームス:歌曲集』 Sony Classical(2025)

 ブラームスの歌曲にはシューベルトやシューマンのようにまとまった曲集(ツィクルス)が少ないため、選曲には工夫を凝らした。「このアルバムには2つの曲集が含まれています。まずブラームスの歌曲の代表作である“わが妃よ、あなたは何と”を含む8曲からなる作品32。そしてヴァイオリン・ソナタ第1番の第3楽章の主題に転用されたことでも知られる“雨の歌”にまつわる4つの歌曲。その前後に民謡に関連した歌曲と後期の作品を配置しました」。特筆すべきは“雨の歌”歌曲集だ。これは最終的に“8つの歌曲と歌”作品59となった歌曲集の初期稿で、今世紀になってドイツの音楽学者ミヒャエル・シュトルックによって復元されヘンレから出版されたもの。「この4曲の構成がソナタ楽章―アダージョースケルツォー小さなフィナーレという、いわば声によるソナタ作品のような趣きなのです。有名な“雨の歌”の旋律が最後の“余韻”でも回帰します」。

 昨年10月、優れた音響で知られるノイマルクのライトシュターデルで収録された。「リサイタルをライヴ収録し、翌日パッチ・セッションで必要な個所を修正しました。この歳になるとスタジオで5日間セッションをやるのは大変なのですよ(笑)」。ライヴをもとに制作されたとはいえ、ゲルハーヘルのトレードマークである緻密な歌唱はそのままに、コンサートならではの集中力と高揚感を加えた1枚だ。