
「生まれはモロッコだけど、オランダのアムステルダムでも育った。私は常に音楽に惹かれていて、ポップ、R&B、ヒップホップ、なんでも好きだったけど、特に家ではアラビア音楽がよくかかっていた。母親がいつもウンム・クルスームやファイルーズ、アブドゥル・ハリム・ハーフェズといった人たちの音楽を大音量でかけていたからね。それで私は、音楽を通じて自分の文化のルーツを知ったわけ。そして、そのルーツと西洋音楽への興味が自然と融合していった。自分の音楽を作る時もその両方を駆使してきたし、オランダやモロッコ、レバノン、エジプトといった国でライヴして、双方の文化や音楽をステージ上で融合させようとしてきた。それは、今回のアルバムでも聴けると思う。〈こういうサウンドにしよう〉と計画的に進めたわけではなく、私のルーツを取り入れたり、アラビア語で歌うのもすべて自然なことだった」。

説明不要なブレインフィーダーが新たに送り出したアミ・タフ・ラは、そのデビュー作となる『The Prophet And The Madman』についてこう説明する。北アフリカのモロッコ出身で、現在はLAを拠点に活動する彼女は、一聴して伝わるスピリチュアルな雰囲気を自身の歌で伝えるヴォーカリストだ。アルバムのプロデュースを手掛けるのはこれまた説明不要のカマシ・ワシントン。アミがファティマ・ワシントンの名でクレジットされていることからもわかるように、カマシは彼女のパートナーにして子どもの父親でもある(二人の愛娘はカマシの昨年作『Fearless Movement』のジャケに写っている)。もともとパンデミック期間の不自由な環境で始まったというアルバムの制作は、出産などを挿みながら彼女のペースで進められてきたようだ。
もちろん音楽家として与え合ったものが作品の基礎になっている。アミが「妊娠中にエリック・ドルフィーがしょっちゅうかかっていたのを憶えている。カマシは私が知らなかったジャズの世界を教えてくれたのよ」と語れば、「僕はファイルーズなどを知った。前から知ってはいたけど、彼女のほうがより深く理解していたからね。お互いがお互いの音楽体験を相手にもたらしたんだ」というカマシは、揃って読んでいたハリール・ジブラーン(レバノン出身の詩人/芸術家)の著書がアルバムを作るきっかけだったと明かす。
「彼の言葉が僕たちの共通の理解の場だったんだ。彼の言葉、アイデア、人生観、世界観といったものがね。アルバムを作りはじめた時、〈僕は僕の音楽のアイデンティティを持ち寄るから、君は君の音楽のアイデンティティを持ち寄ってくれ〉ということになった。それを結びつけたのがハリール・ジブラーンだったんだ。僕たちは2人とも彼の作品をたくさん読んでいたからね」。
かくして、「預言者(The Prophet)」と「狂人(The Madman)」というジブラーンの著作から名を取ったアルバムは、モロッコのグナワやゴスペル、スピリチュアル・ジャズなどの影響を吸収した、極めて詩的で超越的な瞑想作品となっている。カマシの指揮下に集まった演奏陣はマイルス・モズレー(ベース)やブランドン・コールマン(キーボード/オルガン)、トニー・オースティン(ドラムス)、キャメロン・グレイヴス(ピアノ)、ロナルド・ブルーナーJr.(ドラムス)、 アラコイ・ピート(パーカッション)、カリル・カミングス(パーカッション)らカマシ周辺ではお馴染みの腕利きたちで、ライアン・ポーター(トロンボーン)をはじめとするホーン隊、テイラー・グレイヴスを含むクワイアも気鋭のデビューを後押しする。
音楽を通じて異文化の融合を追求し、自身のルーツや伝統を大事にしながらさまざまな価値観に触れてきたアミ・タフ・ラの歌世界は、個人的ながらも普遍的で、異国情緒と懐かしさ、躍動と癒しを内包した壮大な美意識で貫かれている。ここに込められた根源的な祈りは誰にでも伝わるものであってほしい。
アミ・タフ・ラ
モロッコ生まれのシンガー/ソングライター。母親の影響で幼い頃からアラビア音楽に親しんで育ち、11歳の時にアムステルダムで音楽学校に進学する。2009年にメトロポール・オーケストラと共演し、2014年にはヨルダンの〈Amman Jazz Festival〉に出演。イスタンブール在住中の2018年にアルバムも発表している。2021年にLAに移住してブレインフィーダーと契約し、ニュー・アルバム『The Prophet And The Madman』(Brainfeeder)を8月29日にリリースする。