撮影協力 : 星のや東京

A Dawning
明けゆくことについて

 クラシック、アンビエント、電子音楽を横断する音楽性の総称としてのポストクラシカルの旗手オーラヴル・アルナルズと、歌い手のみならず多角的な表現領域で活動する坂本美雨との交流は昨年10月の坂本のラジオ番組へのアルナルズのリモート出演時にさかのぼる。ビョークにはじまり、シガー・ロスやムームなど、アイスランドの音楽シーンにかねてから興味をいだき、媒体の取材でレイキャヴィクを訪れたこともある坂本の耳にアルナルズの音楽は自然に届いていた。

 「音楽シーンといっても、レイキャヴィクのシーンはすごく小さいので、みんな友だちみたいな感じだったんです。そのなかで、いろんなミュージシャンに会ううちに、音楽が生まれる環境としてすごく自然だし、こうでありたいな、と思ったんです。アイスランドはきっと冬が長いから、家にいる時間も長くて、友だちと一緒にいるうちに、誰かがギター弾いていたら誰かが歌ったりするような感じがあったのかもしれない。みんなバンドをかけもちしているし、こういうコミュニティから生まれる音楽がすごくいいなと思っていろいろ聴いていくうちに、オラファー(アルナルズ)の音楽に出会って、ずっと聴いています」(坂本)

 「アイスランドのシーンはたしかに小さいですね。幸いなことに、といえばいいでしょうか、アイスランドではレコードをたくさん売ることはあまり期待されていません。もちろん音楽産業はありますが、商品、プロダクトのために音楽をつくるというのは少しちがうかもしれない。私の母は職業音楽家ではありませんが、若いころよくギターを弾いて友人と歌っていました。私が16になるとき、はじめて曲を書いたのは、がんで亡くなったおじさんの葬式のための歌でした。音楽は文化の一部なのです」(アルナルズ)

 共同体の公共財としての音楽といえばいいだろうか。そこには顔のみえる人のつながりがあり、通時的な時間の流れがある。ときに荒々しい自然や風土も、音楽を陶冶する要素のひとつである。

 「アイスランドの音楽の根底には大自然の脅威というか畏怖の念があるような気がしました。人間のエゴが通じない大自然の力が根底にあって、人はそのなかで活かされていて、コミュニティのなかでどう支え合って生きるかということがそのまま音楽になっている気がしました」(坂本)

 当地を訪れたさいの坂本美雨の印象に、アルナルズは「アイスランドは本来、人が住むべき土地ではないのかもしれませんね」といいながら笑みを浮かべ、ややひきしまった表情で以下のようにつづけた。

 「食べものひとつとっても、アイスランドでは生き延びるためのもの、サバイバルフードのようなものなのです。それが文化やアーティストたちの根底にあるので、私自身、クラシック音楽の優美さよりもプライマルなものから影響を受けていると思いますし、美しい自然ではなく、いかにこの冬を乗り切るか、そういう部分での自然への向き合い方からインスピレーションを受けてきたのだと思います」(アルナルズ)

 とはいえオーラヴル・アルナルズの音楽が美しいのは、彼の作品に耳を傾けてきたリスナーのみなさんも肯われるにちがいない。彼の音楽を愛好する者のひとりとして坂本美雨はアルナルズの音楽の場面でもっとも印象に残った作品として、たくさんあると前置きをしたうえで「Sunrise Session」を例にあげる。2020年の冬至の遅い夜明けにレイキャヴィクで収録したライブ作品で、日の出とともに紫に色づく薄明の窓外の光景が高潮するパフォーマンスとリンクする映像には静かな昂奮を禁じえない。坂本美雨はこの作品に触発され、2021年のソロ作『birds fly』を録音したのだという。ピアノの平井真美子、チェロの徳澤青弦との三者で、自由学園明日館を舞台に、6曲をわずか1日で吹き込んだソロ名義の作品である。

 「とても美しい歌です」(アルナルズ)

 『birds fly』の映像にみいっていたアルナルズがつぶやいた。

 「美雨さんは英語でも歌っていますか」(アルナルズ)

 「日本語と両方ですが、英語のほうが歌うのは簡単です。メロディに言葉をあてはめるという意味では。日本語は、なんていうんだろう……硬いというか」(坂本)

 「独特のリズムがありますよね。言語のリズムはなかなか変えられないですよね」(アルナルズ)

 言葉、リズム、メロディと歌──音楽をめぐる対話は尽きないが、その最新の例証ともいえるアルナルズの新作『A Dawning』に話題はいつしか移っていた。アイルランドはウエストコークのソロアーティスト、タロスことオーエン・フレンチとの共同名義による新作で、全8曲の収録曲のうち、5曲にタロスの声をフィーチャーしている。

 「私がふだん手がけている言葉のない音楽、インストゥルメンタルミュージックはときに抽象的で複雑ですが、そのぶん多様な解釈に開かれているともいえます。『A Dawning』についていえば、より直截的で明確なストーリーがありました。アルバムの制作中に、タロスが病気を患い、その時点で私たちはストーリーを語ることが正しいことだろうと考えました。そのためにも、ボーカルはとても大切だったのです」(アルナルズ)

ÓLAFUR ARNALDS, TALOS 『A Dawning』 Mercury KX(2025)

 アルナルズのいうボーカルは歌、声であるとともに言葉であり意味でもある。物語性という芸術作品の志向性はとみに近年、食傷気味ではあるものの、アルナルズの発言におけるストーリーはいうまでもなく、形式や定型としてのドラマではない。