早世のピアニストが“ゴルトベルク”に遺した、魂の航跡。
佐藤祐介は、私にとってずっと気になるピアニストだった。『パッヘルベルの幻影』、中川俊郎との『メッセージ』、大森ひろみとの『セレンディピティ』(以上299 MUSIC)、『ドゥセク:「祈り」』(カメラータ・トウキョウ)など、ユニークな内容と各作曲家の世界に生身で飛び込む新鮮な感興に満ちた演奏は、〈いつか演奏会を聴きたい〉と思わせた。だがコロナ禍以降新譜が途絶え、昨年4月に病のため世を去った。作曲も手掛けたこの多才な音楽家は、完全な開花のほんの少し手前で逝ってしまった。わずか35歳。痛恨の極みだ。
その佐藤祐介の追悼盤が2枚出た。2枚共J. S. バッハ“ゴルトベルク変奏曲”の録音である。これは音楽ジャーナリスト池田卓夫氏が主宰した〈金山(=ゴールトベルク)会〉なる同曲の研究会に参加した佐藤が自宅で残した2017年録音の音盤化だ。
2種ともいわゆる〈原典版〉ではないのが面白い。まずラインベルガーが1883年に編曲し、レーガーが1915年に校訂した2台ピアノ版。相方は“ゴルトベルク”を多種多様な鍵盤楽器とヴァージョンで録音する異能の〈ケンバニスト〉塚谷水無子。そしてブゾーニが1914年に編曲した独奏版。これらを佐藤はベーゼンドルファーで弾く(塚谷はスタインウェイ)。
まず両盤は、入念にリマスタリングされているものの基本的に音質はホーム・レコーディングである。かつデモ録音のため完璧でない細部もある。だが、ブゾーニたちが彼らの解釈で改変した箇所に鋭敏に反応し、発見してゆく佐藤の真摯な探究の歩みが、椅子の軋みと共につぶさに伝わってくる。塚谷との共演録音が先行したようだが、大胆に冴えわたる塚谷のプリモに懸命についてゆく佐藤が、その経験を独奏版に生かしたと感じられるのが興味深い。正式な録音が果たされなかったことが惜しまれるが、このかけがえのない生の軌跡に触れたのなら、ぜひとも佐藤の遺した前述の音盤たちに出会ってほしい。命は消えたが、魂は生きている。