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古い水を捨て、新しい水を入れて循環させる

――また唯一“石”は新曲となりますが、ここに入れたのはどういう意図がありましたか?

「今作の中では一番新しくて、ここ2~3年で出来た曲です。オリジナルアルバムに入る曲と、“石”みたいな曲ってちょっと違うんですよね……」

――どう違うか言葉にできます?

「『あかるいくらい』も今作っているオリジナルアルバムの曲も、ボイスメモに入れていた曲の断片を5つ分ほど組み合わせて出来ていることが多くて、ちょっと組曲っぽいんです。

でも“石”は最初に吹き込んだメロディに、バーッと歌詞とギターの演奏をつけた新鮮な状態で完成しました。他の曲とは成り立ちが違うので、今回入れておきたかったんです」

――どういう状況や発想から生まれた曲でしょうか?

「これを作ったのは家にいる時ですね。自分の過去のトラウマみたいなものを、あんまり他人にはバレないように生きてきたつもりで。本当に仲良くなった人にしか打ち明けないようにしていたんですけど、それでうまく気持ちが収まったことがなくて。精神的な波が訪れる生活がずっと続いていたのが悩みだったんです。

でもある友達がSNSで自分のトラウマを打ち明けていて、それを見た時に〈私も近いトラウマがありまして〉とDMでやり取りをしたのが、なんかとてもよくて。もっと気軽に打ち明けてもいいし、そしたら打ち明け方も上手になるし、色んな考え方や情報を得られるし、他の人の解決にもつながるかもしれない。自分をかわいそうな人にしたくないということを考えていました。古い水を捨て、新しい水を入れるような循環していくイメージから、パッと書けた歌詞です」

――本作には“石の浜”という曲もありますが、〈石〉って米山さんにとってどんな存在ですか?

「私は水辺が好きで頭の中に浮かべることが多いのですが、そこにはたくさんの石がある。だから水の流れを意識した曲を作ると〈石〉という言葉が出てきやすいのかも」

――“石”では〈石のように磨いたら光れば良いのに〉、“石の浜”では〈部屋に置いた小石が 小さな宇宙を作る〉と、希望や可能性に満ち溢れている存在として捉えているように感じます。

「確かに。何人かで水辺に行ったら、好きな石を拾って見せ合いっこする遊びも好きで。選んでくる石にその人が表れている気がするんです。自分とは全然違う石を選んでて面白いなとか、選んだものを持って帰って家で眺めるととても綺麗でいい気分になれます」

 

高田渡のカバーに託す、SNSに溢れる無責任な言葉の怖さ

――あと高田渡“おなじみの短い手紙”のカバーが入っていることには驚きました。

「これは録音した時期に一番ライブでカバーしていた曲です。最初に知ったのは浮と港を一緒にやっている服部将典さんが、コントラバスのソロライブでこの曲を弾き語りでやっていた時でした。

〈なんてすごい歌詞なんだ〉と思ったんですが、赤紙のことを歌っている反戦歌とは最近まで知らなくて。私はもっと身近に、言葉が人を傷つけてしまうことについて歌っていると解釈してたんです。今だったら、SNSに溢れている無責任な言葉の怖さを発言している人たちはなんでわからないんだろう、それをわかっているのに発言しているとしたらなんてひどいんだろうとか。言葉を発するという手段で人が死ぬこともあるということを考えながら、私は歌っています」

――米山さんはギター弾き語りというスタイルではありますが、いわゆる日本のフォークミュージックの系譜とは違うところにいる人だと思っていて。だけど回りまわって高田渡の歌をカバーしているのが面白いです。

「仰る通り、高田渡さんについてはあんまり知らなくて。当時高田さんが歌っていた意図とは離れているかもしれないですけど、歌詞が持つ意味合いが時代や歌い手を通して変わっていくのも私は面白いと思っています」

――でもここ2年ほど吉祥寺〈MANDA-LA2〉で行われている高田渡の曲を歌うイベント〈今宵、あの人を想う〉にも出演されていますよね。その影響もあるのかなと想像していたのですが。

「あのイベントは一年で一番緊張する日です。渋谷毅さんから毎年お声がけいただいているのですが、金子マリさんや小川美潮さんがいるし、初めて出演した2023年は柄本明さんもいらっしゃった。なんで私がこの輪の中にいるのだろう?と思っています。でもみなさんすごくて、毎年ほぼ同じ曲を歌われるんですが、いつも泣きそうなくらい感動してしまう。

だから高田渡さんについてはもっぱら、服部さんやそのイベントで聴かせていただくみなさんの歌を通じて、その人柄や視線を感じていますね。オリジナルアルバムにカバーを入れるのはあまり考えていないから、今回だからこそ入れられた曲です」