話題になった〈ロック黄金時代の隠れた名盤「1965-1975編」〉に続いて、ユニバーサルミュージックがまた超弩級の再発企画を行った。2021年7月21日に一挙100タイトルが発売された〈ブラジルが生んだ秘蔵の名盤「’50s~’00s」〉だ。
〈ブラジルが生んだ秘蔵の名盤「’50s~’00s」〉では、タイトルのとおりに〈ブラジル音楽〉という括りで幅広い年代からさまざまな名盤がピックアップされており、なかにはサブスク解禁されていないアルバム(ブラジル音楽にはこれが結構多い)、プレミア化している廃盤や入手困難盤も多数。入門者にも玄人にもうってつけの大型リイシューで、すでに反響を呼んでいる。とはいえ、100枚のなかからどれを買えばいいのかわからない、という方も多いだろう。
そこでMikikiは、この再発企画からブラジル音楽を楽しんでもらうために、〈ロック黄金時代〉のときと同じくタワーレコード新宿店のスタッフに協力してもらい、推薦盤の選盤とそれについて語る座談会を実施。さらに、スタッフ3名に加えて、ブラジル音楽に造詣が深いMikiki編集長の西尾大作 aka ダイサク・ジョビンも参加。以下にお届けする選り抜きの11枚と4人のトークが購入のガイドになればと思う。 *Mikiki編集部
ブラジル名盤100枚が低価格で再発
──今回、全部で100タイトル発売されたんですよね。年代もスタイルも多岐にわたっていて、質量ともにすごい。
田中学(新宿店9F洋楽担当)「結構、CDでは廃盤になっていたものも多いですよね。全タイトルを予約注文されたお客様もいらっしゃいました。僕はレコードでオリジナルが欲しい派なんですが、ブラジルものってオリジナルを揃えるのが難しいじゃないですか。だから、こういうCDリイシューがあるとサンプラー的に買って聴いてます」
西尾大作(Mikiki編集長)「名盤ばかりなのにこの価格はお得ですよ。びっくり」
熊谷祥(新宿店9F洋楽フロア・チーフ)「ユニバーサルからは7年前にもブラジルの再発シリーズが出ているんですがそれも廃盤だし、そのときと半分くらいはかぶってないタイトルなんですよ」
──ブラジル録音盤だけでなく、今回はアメリカに渡ってイージー・リスニング的に洗練されたタイプの作品も結構入ってる印象があります。ブラジル音楽を深く掘ってる人には軽く見られるかもしれないけど、逆に〈これから聴きたい〉という人たちにはいい入口になる気がします。
西尾「そうですね。アクが強すぎないからポップに聴けるでしょうね」
バカラック/A&Mや渋谷系に繋がるブラジル音楽
──ではまず、その方面での代表作とも言えるローリンド・アルメイダ『The Look Of Love And The Sounds Of Laurindo Almeida』(68年)をピックアップされている矢藤さんのセレクトから紹介していただきましょう。

矢藤一夫(TOWER VINYL)「アルメイダはイージー・リスニング扱いされることも多いんですが、音色のみずみずしさやテクニックの確かさを隠し持ったすごいギタリストなんです。自分が年齢を重ねるにつれてようやく良さがわかってきた。そういう意味でもおすすめです。あと私はバート・バカラックが大好きなので、“The Look Of Love”をやっているというだけで得点がプラス1です」
西尾「A&Mっぽい内容ですよね。ローリンド・アルメイダはハズレなしですよ。ギターが巧いからイージー・リスニングっぽくても耳に引っかかるんです」

──ボサノヴァが60年代初めにアメリカに渡って、イージー・リスニングとしても聴かれていったのって、一種の発明だと思うんです。本国ブラジルではなかったことですもんね。
矢藤「私のセレクトの2枚目は、アルメイダと時代的にも近いルイス・ボンファとマリア・トレドの『Braziliana』(65年)。このアルバムの世界初CD化はかつて日本で行われたんです」
──90年代に橋本徹さんの〈サバービア・スイート〉でも早くから紹介されてましたもんね。“Whistle Samba”は当時を知る人ならみんな聴き覚えがあるはず。
矢藤「スキャットとか口笛とか、おいしいところが全部入ってる曲です。マリア・トレドさんのウィスパー・ヴォイスもA&Mっぽい。ルイス・ボンファはもうちょっとスポットライトが当たっていいギタリストだと思うんです。
ボンファもアルメイダと同じくスタン・ゲッツと共演したアルバム(63年作『Jazz Samba Encore!』)を残してますしね。ウェスト・コースト・ジャズのスマートさと相性がすごくいいんです」

──面白いですよね。もとはといえばウェスト・コーストでジャズをやっていたチェット・ベイカーとかを聴いて、ジョアン・ジルベルトたちが感化され、ボサノヴァが生まれたという流れなのに。
西尾「不思議ですよね。そのボサノヴァの人たちとアメリカのジャズの人たちが交流して影響を受け合ってる」
──さて、矢藤さんの3枚目は。
矢藤「ナラ・レオンの『Abraços E Beijinhos E Carinhos Sem Ter Fim...(わたしのボサノヴァ)』(84年)です。

この作品は、ボサノヴァから出発した彼女がいったん社会派シンガーになったり、いろいろ経てきてカドが取れてからのアルバム。シンプルだけど、一周まわってここにたどり着いた良さがあります。ホベルト・メネスカルのプロデュースでジョアン・ドナートも参加、ボサノヴァのスタンダード的な名曲もたくさん入っている。
彼女は渋谷系の時代にも人気があったし、フランスのクレモンティーヌとかもそうですけど、こういう人たちのおかげでリスナーが英語圏以外の音楽にも入りやすくなった気がします」

熊谷「今回もナラ・レオンは9タイトル出るんです。シリーズのメイン的な存在感ですね」
ジャズからミナス音楽への入口
──では、次は熊谷さんの3枚。まずはトニーニョ・オルタ『Moonstone』(89年)ですね。
熊谷「パット・メセニーやハービー・ハンコック、ウェイン・ショーターが好きで、彼らとブラジルの関係を調べていくと〈ミナスの音楽に影響を受けたよ〉みたいな発言が情報として入ってくるんですよね。自分はパット・メセニーが一番好きだったので、彼と関係の深いトニーニョ・オルタが〈ミナス〉の入口になりました。
今回のラインナップでのトニーニョ・オルタは80年代の作品で、あまり取り上げられない方なんですが内容はいい作品ばかりです。このアルバム(『Moonstone』)にはパット・メセニー、マーク・イーガン、イリアーヌ・イリアス、ランディ・ブレッカーが参加してます。このメンバーならブラジル未経験なジャズ・リスナーも聴いてみたくなると思うんですよね。初期ウェザー・リポートやメセニーのECM期が好きなら、まあドンピシャでしょう。
自分は、ある土地の音楽が気になるとGoogle Earthとかで現地の様子を調べるのが好きなんですが、ミナスはやっぱり空が青くて、街のなかに緑があって、土っぽさもある。その土地の独特な感覚をトニーニョの浮遊感は表しているようなところがありますね」

──サンバって浮遊感の音楽じゃないですよね。やっぱりミナスは独特なんですか。
西尾「そうですね。トニーニョのライブは何回か観てるんですけど、本当に圧巻でしたよ。意識が遠のく浮遊感があった」
熊谷「〈眠たくなる〉って悪い意味じゃなくて、気持ちよすぎて気が遠くなるような感じなんですよね」
──続いてはミナス派の頂点といえる存在、ミルトン・ナシメント『Milton』(76年)。
熊谷「ミルトンの作品はたくさんあるんですが、自分はこれがすごく好きです。アメリカ録音の作品なんですが、その前年にミルトンが2曲参加したウェイン・ショーターの『Native Dancer』(75年)が出ています。こっちでは逆にショーター、ハービー・ハンコックらがジャズ・フュージョン勢として彼の作品に参加したんですね。結構土着的で複雑なリズムを構成してるんですが、ミナスの青い空、浮遊感は失われてない。すごく不思議なアルバムなんです。
ミルトンはアメリカ録音は結構やるんですけど拠点はずっとブラジルで、アメリカナイズされることはなかったミュージシャンなんです。そこが彼の強い個性だなと思います。今回は7枚セレクトされているんですが、前回のシリーズと被ってないものも多いのでぜひ。どのアルバムにも発見があるので」

──3枚目はエヂ・モッタ。ブラジリアンAORの担い手として人気ですが、これは彼の初期作品ですね。
熊谷「2013年にはズバリ『AOR』というアルバムも出してますしね。この『Manual Prático Para Festas, Bailes E Afins Vol. 1(パーティー・マニュアル VOL.1)』は97年のアルバムで、ディスコ・ソウルのリヴァイヴァル的なスタイルでやってた時期です。

確か、日本で最初に国内盤として紹介されたアルバムなんですけどそれは廃盤で、今回のリイシューを買い逃したらまた当分手に入らないんじゃないかな。AORやディスコ・ファンクが好きな人はぜひ早めに買ってほしいですね。Suchmosあたりが好きな人もハマると思います」
トロピカリズモの同志2人の名盤
──続いては、田中さんセレクトの2枚ですね。
田中「まずはカエターノ・ヴェローゾ『Caetano Veloso(アレグリア・アレグリア)』(68年)です。
カエターノは『Bicho』(77年)を中古レコードで買って、それから〈買えるカエターノは買ってる〉って感じです。音楽としては『Bicho』とは全然違って、サイケデリックというか映画音楽っぽい印象でしたね」
──これがソロ・アルバムとしてはファースト。まさにトロピカリズモ・ムーヴメントの渦中という感じですよね。年代的には軍事政権への強烈な反発があった。
西尾「まさにカウンター・カルチャーという感じの作品ですよね」
田中「それを象徴するアルバムだということは調べて知りました。ロックもサイケも入り混じった当時のブラジルのカッティング・エッジな音楽だったんだなと。
後期ビートルズの影響もすごく大きいですよね。ただ、このアルバムって序盤とラストはすごくロックなんですけど、アルバムの真ん中はわりとのどかな感じで、そういう未完成なところもすごく面白いなと思って聴いてますね」
熊谷「カエターノは、ロック好きの人が入っていきやすいイメージがありますね」
矢藤「私も、ブラジルという入り口じゃなく、サイケやガレージが好きだった時代にこのアルバムは買いましたね」

──デイヴィッド・バーンが編集したコンピレーション『Brazil Classics 1: Beleza Tropical』(89年)で、この時代のブラジル音楽のすごさを知った世代も多いと思います。
田中「そうですね。ニューウェイヴの時代にロックやソウルみたいな既存のリズムじゃないものがいろいろ紹介されたなかでクローズ・アップされたというのもあったかな。欧米の音楽を聴いてきた耳からしたら録音も変。楽器やヴォーカルの距離感はおかしいし、でもそれが新鮮で面白かったんです」
──続いてはジョルジ・ベンの初期作『Fôrça Bruta』(70年)。
田中「ジョルジ・ベンもデイヴィッド・バーンの紹介が入り口でした。最初に買ったのは『África Brasil』(76年)というアルバム。サンバがベースにあるんですけど、そこにファンク、ソウルな感じが入ってきてかっこよくてびっくりしました。
このアルバム(『Fôrça Bruta』)はもっと初期の作品で、まだそんなにソウルっぽさはないんですが、低音がよく出てるしリズムは黒人っぽい。声がすごく男らしくてセクシーでかっこいいんですよ」
──カエターノとはトロピカリズモの同志という存在ですが、カエターノほど突飛でサイケな実験性には向かわず、自分のスタイルでとにかくいい曲を作る人という印象ですよね。
田中「(セルジオ・メンデス&ブラジル’66で有名な)“Mas Que Nada”はこの人の曲ですもんね」

ブラジル音楽の巨人・奇人・神様
──では、最後は西尾さんのセレクト3枚です。
西尾「エリス・レジーナとトム・ジョビンことアントニオ・カルロス・ジョビンの『Elis & Tom』(74年)からいきますか」
田中「あっ、このCDはダイサク・ジョビンさんが解説を書いているんですね」
西尾「そうです。ジョビンはボサノヴァという音楽を作った巨人ですけど、クラシックもジャズもなんでもいける作曲家だし、音楽家としての懐が深すぎる。
ボサノヴァの名曲はほとんどこの人が作ってると言ってもいいんですけど、70年代にはそこから離れて自由に作曲を始めていく。このアルバムは、彼のすごさがただごとじゃないぞとわかってきた時期の一枚ですね。一方のエリス・レジーナはもうブラジルの歌姫というか女王。ブラジルの大作曲家と歌姫が、当時ジョビンが住んでいたLAでレコーディングした作品です。アルバム全体では70年代のLAのいなたくてちょっとだるい空気感が出ていて、ボサノヴァのフォーマットの曲もいくつかあるんですけど、レイドバックしてリラックスしてるんです。
とにかく“Águas De Março(三月の水)”が一番有名な曲です。ずっと同じリフレインなのに、ちょっとずつメロディーやアレンジを変えていて、でもひとつの曲になっている。メロディーやコードの制約からも自由で、魔術的にすら感じます。他にこういう人はちょっといないですよね」
──たとえば、バカラックは曲作りの面で、ボサノヴァのそういう自由さの影響を強く受けたんじゃないかと思うんですが。もしくはバカラックはフランスの近代クラシック音楽の影響を受けてますが、それがジョビンとは一緒だったとか?
西尾「ジョビンはショパンやドビュッシー、サティなどの影響ですよね。フランスのクラシックが基本にあるんで、そこはバカラックとの共通項。バカラックも常識とは違うコード進行をしますよね。その上に奇跡的に美しいメロディーをつけるというところも通じてる」

──続いては、ジョアン・ドナート『Quem É Quem(紳士録)』(73年)。レア・グルーヴとしても今なお大人気なアルバムです。
西尾「DJの方々が重宝してましたよね。マルコス・ヴァーリのプロデュースで、グルーヴィーかつダンサブルな内容になってます。“A Rã”という曲を聴けば、いかにこの人がおかしい人かわかります。タイトルは〈カエル〉という意味。カエルが鳴いているのを聴いてこの曲を作ったんだそうです。歌詞ではなく、カエルの鳴き声をただ歌ってるだけ」
熊谷「初めて聴いたんですけど、めちゃくちゃいいですね。明日買おうかな(笑)」
西尾「すごく美しいピアノも弾けるし、かっこいいエレピも弾くし。個人的には好きなピアニストの3本指に入ります。ありとあらゆるブラジル人アーティストのバックに参加してるんですけど、タッチを聴くだけでドナートのピアノだってわかるんですよ。ちょっとコードから外れてるところがかっこよくて、言ってみればアレックス・チルトンのギターみたいなんです」

──なるほど。このアルバムは、カンタベリー系のロックが好きな人もいけるでしょうね。
西尾「そうですね。ナチュラル・サイケというか、曲を聴いてるだけでちょっとトリップしちゃいますよね」
──では、いよいよ最後の一枚。真打登場、ジョアン・ジルベルトの『Brasil(海の奇蹟)』(81年)。
西尾「まあ、ジョアンは特に説明不要でしょう。ボサノヴァの神様です。
このアルバムは、ジョアンを慕っているカエターノやジルベルト・ジルたち、〈つまりジョアンの子供たち〉が集った企画盤なんです。ジョアン一人でやっちゃうと天上の音楽になっちゃうんですが、これは子供たちによってまだ雲の上くらいにつなぎとめられている感じ。ポップス的な感覚もあって、非常に聴きやすいです。
みんなジョアンが好きだから、ささやくように歌ってるんです。アレンジも可愛い感じだし、爽やかで、サウンドもボサノヴァらしくなりすぎてないから逆に聴きやすい。夏になると引っ張り出して聴きます。みんな気持ち良さそうなのがこのアルバムの一番いいところですね」
〈徹底的に楽しもう〉という美意識
──みなさんのセレクトの最後がジョアンで終わるのはいい感じでした。
西尾「ジョアンの歌は〈サウダージ=郷愁〉って言われますけど、うれしいと悲しいの両方が入ってる感覚を象徴してると思います。悩み多き青春時代に、この声に救われました」
──年齢や経験で聴こえ方も変わっていくだろうし、一生かけて付き合い甲斐がある音楽ですよね。
熊谷「この機会に、このブラジル音楽の感覚に足を踏みれてほしいですね。全然知らないアーティストを買っても新鮮なんですよ。聴けば聴くほど〈なんじゃこりゃ!〉って驚きがある。自分たちが欧米の音楽に慣れすぎてるからというのもあるかもしれないですけど、ブラジル音楽って聴いてて楽しいですよ。でもポピュラリティーは失われてない。そこがすごい」
──ブラジルにはいろんなルーツの人種がいるし、そのエッセンスが融合してるのも大きな魅力なんでしょうね。
西尾「それが一番大きいですね。世界中の人種が混ざり合ってるんで、なんでもあり。そこがブラジル音楽の面白さなんですよね。メロディーもアレンジもヴァラエティーが多様で豊か」
田中「決して経済的に豊かとは言えない国なのに、ブラジルから出てくる音楽がリッチで美しい。人の心や文化が豊かな国なんだろうなというのが僕の印象です」
西尾「陽気なんですよ。徹底的に楽しもうというところが根底にあります。いろんなブラジル人と会いましたけど、1秒1秒本能的にマックスで楽しみたいというのが人生の最優先事項。そういう彼らの美意識が、音とかヴィジュアルにはっきり出てるんじゃないのかな」

RELEASE INFORMATION

リリース日:2021年7月21日
国内初CD化タイトル:イヴァン・リンス『イヴァン・リンス登場!』(UICY-79563)/イヴァン・リンス『汽車を見送りなよ』(UICY-79564)
解説・歌詞・対訳付き(一部を除く)
廃盤や製造中止盤、完売した限定盤など、プレミア価格で取引されているアルバム、ここ数年入手困難だったブラジル音楽の裏名盤をピックアップした全100タイトルを超低価格の1,100円(税込)で販売!
https://tower.jp/article/feature_item/2021/05/12/0101








