シティポップの先にある音楽の洞窟〈ディープ・シティポップ〉
――台北では、“熱き心に”をカラオケで歌ったとのことです。
「台北でソロの弾き語りをやったんですが、河沿いにある飲み屋街とマーケットが一体になった場所に行ったら、青空カラオケをやっていたんですよ。僕は、YouTubeチャンネル(〈NGC/西寺郷太チャンネル〉)で動画を配信しているので、ドキュメント用に仲間に撮ってもらって、大瀧詠一さんが作曲した“熱き心に”を歌ったところ、たくさんの拍手をいただきました。“熱き心に”がカバーアルバム制作の発端になりました」
――“熱き心に”は今回の収録曲の中でもやや異色ですね。
「僕は歌手としてもソングライターとしても、大瀧さんのファンなんですが、洋楽オタクである大瀧さんが意識的に研究されて、〈ここを忘れてはいけない〉という意識で作ったのが小林旭さんの“熱き心に”や森進一さんの“冬のリヴィエラ”だと推測しています。
後にシティポップブームを追いかけた人たちが、山下達郎さん、大貫妙子さん、大瀧詠一さん、はっぴいえんど、YMOなどの音楽を好むのはよくわかるのですが、大瀧さんが『A LONG VACATION』の先でたどり着いた“熱き心に”のような場所には誰も足を踏み入れていない気がしていて。なので、その先にある〈音楽の洞窟〉を掘りたくなりました。ところが、いざ作業を始めてみたら、途中でやめたくなりました(笑)」
――それはどうしてですか?
「4曲ならまだいいんですが、8曲だと厳しいなと(笑)。カバーアルバムはオリジナルアルバムを作るよりもよほど難しいんですよ。というのは、良い曲であればあるほど、元々の歌もアレンジも素晴らしいから。2026年にカバーするからには、今やる価値がなければ意味がない。それで〈半分は洋楽カバーにして、和洋折衷でいきたい〉と、A&Rに訴えましたが、拒否されました(笑)。制作の真ん中あたりは本当に苦しかった。
特に“熱き心に”は本当に難しかったです。大瀧さんはブレス(息継ぎ)の位置まで考えて作っているはずなので、あえて型をはめることで見つけられるものがあると考えて、同じブレスの位置で着実にカバーしつつ、大瀧さん、小林旭さん、自分という3つの要素の中心にある歌、自分なりの歌い方を目指しました。この曲をカバーしたことは、僕にとってとても大事な経験になりました」
――苦労の甲斐のある素晴らしい出来です。
「アルバムの7曲目という流れで聴くと、ライブの本編ラストというか、アンコールの前の大団円にも近い感動があって。昔の〈アルバム文化〉を具現化できた手応えがありました」
AOR的なサザンを2020年代のモダンポップに昇華できた
――80年代から90年代にかけて聴いてきた邦楽から選んだとのことですが、“熱き心に”以外の選曲の基準は?
「シンプルに自分の好きな曲、よく歌っていた歌から選びました。この30年間、カラオケやスナックでよく歌ってきた曲のベスト5に入るのがBEGINの“恋しくて”と井上陽水さんの“いっそ セレナーデ”。サザンオールスターズの“YOU”は、自分が歌うというよりも純粋に大好きな曲です」
――その“YOU”が1曲目に収録されています。カバーするにあたっての方針は?
「あの時期のサザンオールスターズの楽曲制作には、門倉聡さんと小林武史さんが参加していて、絶妙のバランスがあったからこそ、名曲が生まれたのだと思うんですね。
今回、カバーアルバムを制作するにあたっても、自分がすべての主導権を取るのではなく、才能あふれる人たちに囲まれて、〈委ねる感覚〉を大事にしたほうが自分が輝けるんじゃないかと考えました。それで、冨田謙さん、山形知也くん、大樋ゆう大くん、真城めぐみさん、箸本智さん、マスタリングのCalmさんなどに参加していただきました」
――さまざまな年代のさまざまなセンスのミクスチャーとなっているところも、この作品の大きな魅力になっています。
「そうしないと、つまらないですから。“YOU”は冨田謙さんにプロデュースとアレンジをお願いしました。冨田さんは僕より10歳上で、NONA REEVESでも2000年頃からキーボードを弾いていただいている、僕にとっての音楽の先生のような人です。ソロで制作する時にも冨田さんに何か頼んでいて、今回は“YOU”と“熱き心に”が難しそうだったので、その2曲をお願いしました。
“いとしのエリー”や“真夏の果実”のようなバラードではなく、かといって、“勝手にシンドバッド”や“マンピーのG★SPOT”のような爆発するサザンでもない、いわゆるAOR的なサウンドを、〈ディープ・シティポップ〉として2020年代のモダンポップとして昇華できた手応えがありました」
――アレンジ、音色、テンポなど、さまざまな面で匙加減が絶妙です。
「テンポも実は4回作り直しています。サザンのオリジナルはBPM 137で、もう少し速いのですが、僕が歌う場合には違うアプローチが必要だと思い、最終的にBPM 126に落ち着きました。作り直す過程で、桑田さんの歌い方の影響が抜けて、自分独自の“YOU”になったのではないかと思っています」
――ボーカルに関して意識したことは?
「全曲に言えることですが、不要なフェイクを一切していません。“YOU”のオリジナルの最後の方にあるフェイクも、あえてやめました。フェイクをカットして崩さずに歌い、すっきりさせることを意識しました。だから“YOU”のエモーションの熱い部分をあえて削ぎ落としています」
――空間を作るということですよね。
「まさに空間を作りたかったんです。余白を作ることで、聴いている人が入ってこられるようにしたかった。冨田さんにミックスしてもらったんですが、ボーカルもわざと少し小さくしています。ザ・ビーチ・ボーイズの『Pet Sounds』じゃないですけど、〈一生懸命聴きたいと思わせたい〉ということ。つまり、聴く側が能動的にボーカルを探しにいくミックスにしたかった。
マスタリングのCalmさんも含めて、イビサ島のバレアリックなリゾート感覚のあるサウンド、滲んで奥行きのある感じ、現実が少しぼやけた、アミューズメントパークのようなサウンドをイメージしました。かなり難産でしたが、とても気に入っています」