西寺郷太の『Human』は、カバーアルバムの可能性の大きさを示す画期的な快作となった。彼が小中高生の頃にかけて愛聴して体に染みこんでいる80~90年代の日本の歌謡曲やニューミュージックを、彼自身の造語である〈ディープ・シティポップ〉として再構築した作品だ。さまざまな世代の才能あふれるクリエイターたちとともに制作し、〈世代のミクスチャー〉と言いたくなるような、重層的なアプローチを施すことで、名曲の数々を次の世代へ橋渡しする役割も果たしている。また、ソングライター、音楽家としての視点に加えて、音楽研究家としての視点を持ち合わせ、それぞれの楽曲の魅力を鮮やかに引き出している。西寺と彼の音楽仲間たちの人間力を結集した作品であり、『Human』というタイトルがぴったりだ。いかにしてこの快作は生まれたのか。西寺に話を聞いた。
キャリアの折り返し、やってこなかったこと、やらないと後悔しそうなこと
――西寺さんが理髪店の椅子に座っている写真が使われたアルバムジャケット、とてもいいですね。作品の空気感を象徴するジャケットだと感じました。
「最近、紙ジャケでCDを作ることが多かったので、プラスチックケースで作るのが僕の中では新鮮でした。〈CD〉という感じがしていいですよね。
デザインは、YouTubeを一緒にやっている仲間のデザイナーの福見敬太くんに頼みました。彼はプロデュース能力の高い男で、〈郷太さんが普段過ごしている場所での姿を撮りたい〉とのことだったので、僕が普段髪を切っている〈バーバーつるまき〉という理髪店で撮りました」
――整髪することが新たなモードでリフレッシュすることだとすると、80~90年代の名曲をカバーすることともシンクロするところがありますよね。
「古民家を改造したバーバーで、昔ながらの椅子を使っていたり、カセットテープやアートが飾ってあったり、古い扇風機が置いてあったりして、昭和と今の空気が混ざっているので、今回のコンセプトにも合っていると思います。本当に普段通っている理髪店なので、髪を切った後の素の自分がそのまま出ていますよね」
――まさに『Human』な感じなんですね。NONA REEVESでもソロでも、カバーアルバムを何作か発表されていますが、今回の作品は80年代から90年代にかけての歌謡曲とニューミュージックのカバーです。こうした作品を作ることにしたのは?
「ミュージシャンとして30年近く活動してきて、キャリアとしては半分は過ぎたという実感があるんですよ。折り返し地点に来たかなと。なので、自分ができるのにやってこなかったことで、このままやらないと後悔しそうなことを潰していくのが今回のテーマでした。
そこで、僕が京都に住んでいた頃に聴いていた日本の楽曲に限定してカバーすることにしました。小学校の頃に聴いていたアニメの曲や、ミュージシャンになりたいと思う以前に好きだった曲などは、バンドのメンバーと共有できない思い出なので、ここでしっかり向き合って作ろうと考えました」
中国で愛される〈日本で大事にしてきたもの〉
――NONA REEVESでの2度の中国公演(2024年、2025年)と西寺さんの台北での弾き語りコンサート(2025年)の経験も『Human』の制作につながっているとのことですが、その経緯を教えてください。
「NONA REEVESで中国ツアーをやって、もう一度デビューしたような感覚になったんですよ。どの会場も待ち望んでいた空気が充満していて、サビでは大合唱になり、メンバー全員の胸が熱くなりました。事前にセットリストを発表したわけでもないのに、日本語の歌詞を歌ってくれている。つまり、僕らの曲の歌詞を覚えてくれていたんですよ。
現地の人から、〈中国語のTシャツを作る必要はない。中国に合わせずに日本で売っているものを売ってほしい〉ということも言われました。つまり、NONA REEVESが日本で大事にしてきたものを好きでいてくれるんです。
僕らは洋楽に影響を受けたバンドで、マイケル・ジャクソンやプリンス、スティーリー・ダン、スティーヴィー・ワンダーなどが大好きですが、そこに日本的な歌謡曲の要素もミックスしています。そのバランスも含めて、支持してもらえていることを実感しました。そして、日本人の感覚を大事にすることの方がグローバルになるんじゃないかなと考えました。今後、ソロ単体でアジアツアーを回る際にも、セットリストにサザンオールスターズやオフコースの曲が入っていたら、大きな武器になると考えたことも、今回のアルバム制作のきっかけのひとつです」
