シンガーソングライター加藤町子が1stアルバム『性純』を2026年5月27日(水)にCDのみ(配信なし)でリリースする。本作は、DJぷりぷりのレーベル浅草橋天才算数塾が柴田聡子の1stアルバム『しばたさとこ島』(2012年)以来、14年ぶりにリリースする音楽作品だ。
加藤町子とは何者なのか? 『性純』で展開される歌世界はどのようなものなのか? 異様なサウンドの秘密とは? 加藤とぷりぷりのインタビュー発言を交えながらこの特異な才能、そして衝撃的な〈処女作〉に迫った。 *Mikiki編集部
幼少期に浴びたゴスの洗礼
加藤町子というシンガーソングライターについての情報は、インターネット上にほとんどない。参考になるのはいくつかのライブ映像やXなど彼女のSNSアカウントくらいのもので、宅録をしたり、自作曲をSoundCloudに公開したり、といった経験もないという。つまり、現場で演奏を見た、聴いた者にしかその実像はまだ伝わっていない。
彼女は何者なのだろうか? まずは音楽的な原体験について聞くと、異様なエピソードを明かした。
「最初に出会った音楽は、私が2、3歳のときですね。Aくんっていう近所の変態にバウハウスとかクラウス・ノミとかを聴かされたんです。それで音楽にハマっていきました」(加藤)。
ザ・キュアーなども好きなバンドに挙げているが、幼少時代に海外のゴスバンドに感化された、という例はあまり聞いたことがない。思春期に入ると、その嗜好も変わっていった。
「オルタナとかを好きになって、海外で言うとニルヴァーナやホールあたりが好きでした。日本ではGRAPEVINEとかART-SCHOOLが好きでした」(加藤)。
ギターを始めたのは中学時代、高校3年で作曲を始め、大学時代にバンドを初めて組み、加藤の自作曲を演奏するアベノミクスというバンドで活動するようになった。“青黒”は、その頃から演奏していた曲だという。
ゴスロリに対する関心も10代の頃に持った。
「14歳ぐらいから着ていました。親に対する最初の反抗がロリータファッションを着ることだったので。『下妻物語』が好きで、そこからですね。大槻ケンヂさんの『ロッキン・ホース・バレリーナ』も14歳のときに読んで、ずっと影響を受けています。自分自身、ここ10年ぐらいに流行ったゆめかわいい系でしかないなって思うんですが、〈病んでるけどかわいい〉みたいな文化はあんまり好きじゃなくて」(加藤)。
“ロリータコンプレックス”という曲では、〈母親から 教わったのは あざとさと フェミニズム それと大嫌いな 欲望の街高円寺〉と、厳しく躾けられた母との摩擦に関するエピソードも綴られている。
「高円寺には小さい頃、何回も連れて行かれました。母自身、バンドマンなんですよ。フェミニスト系のバンドをやっていて」(加藤)。
アベノミクス、メルモというバンドで活動したのち、加藤はソロシンガーに転向する。そして、洋服屋デアデビの店主でバンド我々のボーカリストであるコマツに出会った。DJぷりぷりは2025年10月23日、横浜の日ノ出町 試聴室 その3で開催されたイベント〈復活!コマツの部屋〜YOKOHAMA編〜〉に赴き、コマツを通して加藤を知ったという。
「その日は加藤さんがミニライブで出演されていて。練習しすぎて声が嗄れていたんですけど、そのライブが僕には衝撃的でした。あと、〈横須賀にセフレがいる〉っていうトークも衝撃的で、びっくりしたんです(笑)。ライブが終わったあとにコマツさんと〈加藤さんのCDを出せるところがないかな〉って話をしたんですね。それで、〈じゃあ、僕がやります〉って申し出ました。コマツさんは、今回のアルバムのキーパーソンです」(ぷりぷり)。
休眠状態だったレーベル浅草橋天才算数塾から音楽作品がリリースされるのは、柴田聡子の1stアルバム『しばたさとこ島』(2012年)以来、実に14年ぶりのことだ。
「柴田さんのときもそうだったんですけど、コマツさんとか、周囲の人たちがみんな応援しているときって、何かができるときなんです」(ぷりぷり)。
そんな出会いの重なりから、加藤の1stアルバム『性純』は生まれている。
