(左から)Misaki Anita、よしだたかあき

Misaki Anita(ボーカル/ギター)、よしだたかあき(ドラムス/コーラス)からなるSpecialThanksが『YELLOW SUN -THE BEST-』をリリースした。本作は2005年の結成以来、多くのリスナーの人生をカラフルに彩り続けているパンク&ポップバンドによるキャリア初のベストアルバム。代表曲やライブ定番曲を再レコーディングした20曲と新曲1曲を収め、過去・現在・未来を繋ぐ内容に仕上がっている。そんな重要作に込めた思いや制作背景について音楽ライター荒金良介が2人にインタビューした。*Mikiki編集部

※このインタビューは、2026年6月25日に発行された「bounce vol.511」に掲載されている記事の拡大版です

SpecialThanks 『YELLOW SUN -THE BEST-』 フォーライフ(2026)

 

Misakiがパンクを鳴らす理由

――昨年、結成20周年を迎えて、今作はそれを記念した再録ベストになります。SpecialThanks(以下スペサン)の結成は2005年の初ライブになるんですか?

Misaki Anita「そうですね。2005年12月(18日)に初ライブをやったんですが、結成の日はわからないので、その日にしてます」

――そもそもMisakiさんがバンドをやろうと思ったきっかけは?

Misaki「そういう家庭環境で育ったから(笑)。物心ついた頃にはPERSONZを観てて、あと私は覚えてないんですけど、親にTHE BLUE HEARTSも観に行かせてもらったみたいで。母親からバンドサウンドをいろいろ聴かせてもらい、お父さんはサーファーだったので、ボブ・マーリーやUB40とかを海に行くときに聴かされてました」

――そうなんですね!

Misaki「お兄ちゃんは2人ともギターをやっていて、私はエレクトーン教室に通っていたんですよ。で、中学で上のお兄ちゃんがバンドを始めて、次男もバンドを始め、私も中学になったらバンドをやるのが当たり前だと思っていたんです(笑)。誰をメンバーにしようかなって、学校に通いながら考えて、バンドを始めました」

――今のスペサンの音楽性に通じる部分で影響を受けた人は?

Misaki「10歳ぐらいにライブハウスにお母さんと一緒に行くようになり、STOMPIN’ BIRDとDONUT MANの2バンドを親が好きになって、私も追っかけのように全国いろんなところに観に行ってたんです。歌って弾けるバンドをやりたいなって思ったのは、そこが始まりですね。英語詞で歌っているのも、そういうバンドの影響です」

――なぜこんな質問をしたかというと、スペサンはこれまで幾度となくメンバーチェンジを繰り返し、オリジナルメンバーはMisakiさんだけです。それでもSTOMPIN’ BIRDやDONUT MANから受け取った初期衝動を持ち続けたまま、スペサンの看板を下ろさずに結成20周年を迎えたことは本当に凄いことだなと。

Misaki「まさに(笑)。やっぱり、バンドが一番かっこいいという気持ちが変わらずあるんです。パンクはピュアだし、自由だと思っています。パンクってファッションの見た目でもないし、スペサンにはパンクじゃない曲もあるかもしれないけど、私は自分の音楽をパンクだと思う」

 

よしだの思いで乗り越えた解散の危機

――よしだくんは2018年からサポートドラマー、2019年から正式メンバーになり、今年8年目ですよね。スペサンが20周年を迎えたことに関して、どんな感想を持ってます?

よしだたかあき「シンプルに20年続けたのは凄いなと。一番驚いたのは、サポートで入って少ししてから当時のメンバーが抜けて、別のサポートが入り、その後にまたメンバーが抜けるという経験をしたんです。自分が正式メンバーになった後、メンバーが抜けると、ズンと気持ちが落ちて、これを何度も繰り返しているのか……って」

Misaki「悲しい思いをいっぱいしてきたけど、スペサンを好きになってくれたお客さん、今も周りで支えてくれてるチームの人とか、そういう人たちの顔が思い浮かぶと、まだまだ!と思わせてもらえるんです。それで今がありますからね」

よしだ「(メンバー脱退を)乗り越えてきた強さには尊敬しかないですね。続けることは簡単じゃないとよく言うけど、実際に経験したことでそれをより強く感じました。たくさんの困難を乗り越えてきたこのバンドに今も自分が関われていることが幸せだし、誇りですね」

――今作の紙資料にバンドの歴史が綴られていて、2023年に解散の危機があったときの、よしだくんの「1人でもスペサンを続ける!」という発言が掲載されていますが、これはどういう意味で言ったんですか?

よしだ「せっかくいい曲を書いてきて、いい歌がいっぱいあるのに、辞めるのはもったいないから。もしバンドの活動が止まっても、物販で販売している一点物の古着販売だったり、不定期で開催している〈スペサンBAR〉などの活動をしながらその名前を残しておけば、またやりたい!と思ったときに戻る場所があるじゃないですか」

――その気持ちにMisakiさんも背中を押された?

Misaki「そうですね。どうやって1人でやるんだろうって、びっくりして、本当にバンドを辞めるところだったけど、踏みとどまりました(笑)。当時このメンバーでダメだったら、バンドを畳もうと思ったけど、自分と向き合ったときにまだ歌いたいし、ファンの人も悲しむだろうと思ったんです」