武満徹が65年前に聴いた雅楽が蘇る――宮田まゆみが語る“秋庭歌”の世界
二人の人生を変えた“秋庭歌”
不思議なことが起こるものである。ひとつの音楽作品が人の人生を左右する。しかも一人ならず二人の人生を転換させるとは。一人は雅楽演奏家の芝祐靖。もう一人は音大のピアノ科を卒業し、音楽美学を学ぶ準備をしていた宮田まゆみ。芝祐靖は宮内庁楽部を辞し、この作品のより良い演奏を目指して雅楽演奏グループ〈伶楽舎〉を立ち上げた¹。宮田まゆみはこの曲を聴いて笙を習いたいと思い、芝祐靖が指導していた雅楽教室に赴いた。この二人の人生を変えた作品、それが武満徹の“秋庭歌”であった。
武満徹は1970年、国立劇場から雅楽新作の委嘱を受けて“秋庭歌”(1973年)を作曲した。その10年ほど前に宮内庁で雅楽を聴き、その感動をこう書き記している――〈まさに音がたちのぼるという印象をうけた。それは、樹のように、天へ向って起ったのである〉。
この時武満が聴いた楽曲が何だったのか、これまで調べた人はいなかった。武満が雅楽を聴いたのは1962年だとされてきたが、立花隆は「武満徹・創造への旅」のなかで、前後の関係から1961年のはずだと述べている。水戸芸術館の学芸員篠田大基は宮内庁に問い合わせをして、1962年ではなく1961年10月6日に該当する公演があることを突き止めた。また武満が聴いた雅楽の曲目も判明した²。今回の公演では、その中から舞を伴わない〈管絃〉4曲全て、舞楽3曲のうち1曲を抜き出して再構成し、“秋庭歌一具”(1979年)とともに演奏する。〈武満と雅楽〉の世界に新たな光を当てる試みとなる。
武満は前述の言葉のあとで〈ここで、とくに重要な楽器は笙である……笙の音の河には永遠の安息があるとは言えまいか〉と述べ、笙という楽器への並々ならない関心を明らかにしている。宮田まゆみはその笙の響きに魅せられて、新たな人生を歩むことになった経緯を、次のように語る。
「ちょっと荒唐無稽な話なんですけれども、空に雲が浮かんでいて、その雲の合間から光が差してきて、それが笙の音のような印象を受けたことがあったんですね。で、その前から武満徹さんの音楽には少し興味があったので“秋庭歌”のレコードが家にあって、“秋庭歌”の中にそういう感じの音があったなっていうのを思い出して、家に帰ってレコードを聴いてみたら、本当にそうだったんです。それで、笙を習った方がいいのかなと思って習いに行ったっていう経緯があります。雅楽を聴くというよりも、武満さんの音楽を聴くっていうところから、笙の音を見つけて、笙を習い始めることになったんです」
武満が65年前に聴いた雅楽と“秋庭歌”――秋を表すミの音
今回の公演で注目されるのは、61年に武満が聴いた雅楽と“秋庭歌”とがどのように繋がっているのか、そこに何らかの関係が見られるのかということである。宮田は次のように述べる。
「最初に書かれた“秋庭歌”には、いろいろな雅楽的な手法も用いられていて、例えば太鼓が徐々に速く打っていく振動拍子とか、それから12123っていう五拍子。舞楽では“還城楽”(右方)が五拍子の曲で、“秋庭歌”の一番最後の部分に五拍子の夜多羅拍子が入ってくるんですね。そういうところは雅楽的かなと思います。それから太食調の曲である“太食調音取”とか“合歓塩”、“抜頭”は、平調という音(ミ音)が主音になっていて、舞楽の“還城楽”もミの音が主音になっているんですね。平調の音、ミの音は古来、雅楽では秋を表すことになっています。調名の平調の場合も、太食調の場合も、同じ音を主音にしているんですよ。音階は違うんですけれども。“秋庭歌”もそのミの音を主音にしたのかなっていうことを芝先生がおっしゃっていました」
1961年に演奏された雅楽曲が全体として秋を表すミの音に基づいており、“秋庭歌”もそれに倣った可能性があるという³。宮田はさらに“秋庭歌”の聴きどころをこう語る。
「それと、右方の“還城楽”っていうのは五拍子なんですけれども、12123っていうリズムが、あの四章の“秋庭歌”の中では本当に踊りたくなる、舞を舞いたくなるような拍子になって、だんだん高揚感が増していく。螺旋状に昇っていく感じがして、とても魅力的だと思います。生命が高揚していく感じがあって。私、最初の“秋庭歌一具”の時には演奏じゃなくて舞を担当してたんですけど、本当になんか静かな興奮がだんだん昇っていくっていう感じがしました」
“秋庭歌一具”では舞台中央に〈秋庭〉、後方に〈木魂群1〉、客席左に〈木魂群2〉、客席右に〈木魂群3〉を置き、シンメトリーによる空間的な配置がされる。29人の演奏者(うち9名が笙)が間隔を置いて配置されることについては、こう述べる。
「とてもその響きに包まれて、遠くから聞こえる響きに呼応し合って、その響きの中に自分も響き合えて、いい気持ちになります。一度、明治神宮で演奏したことがあるんですけれども、お庭のいろいろなところに配置されて、自然の中で音が出せて、とても幸せな体験をしました」
笙の魅力
今回の公演では管絃と舞楽の間に、オーボエと笙のための“ディスタンス”(1972年)も演奏される。ハインツ・ホリガーの委嘱で作曲されたが、その際にホリガーは京都で笙をつくらせて武満にプレゼントしたという。宮田はその楽器を武満から預かって、保管している。何度か調整して状態が良くなっているので、今後“ディスタンス”の演奏に使う可能性もあるとのことだった。
笙という楽器は今や世界中で演奏されるようになっているが、それはひとつには宮田まゆみという優れた奏者の活動によるところが大きい。なぜ笙はこれほど好まれるようになったのだろうか。
「笙の音は和音がずっと連続して続いて倍音や差音を生み出しますが、その中に人間の体に反応する音っていうのがすごく多く含まれてるんじゃないかと思うんです。差音が別の世界から響いてくる音みたいな感じを与えるんですね。倍音の方も別の世界から響いてくるような感じを与えます。笙はその両方を持っていて、差音と倍音の面白さは二つの音だけで生まれるけれども、笙は二音以上の和音で吹くことが多いので、いろいろ幅のある、膨らみのある音が出せるし、空間のどこから聞こえてくるかわからないような感じがあるので、そういう音に惹かれることもあるのかなと思います」
芝祐靖が正倉院の復元楽器のために敦煌の琵琶譜を復曲したように、 宮田も近年は鎌倉時代から室町時代にかけての曲、秘曲と言われるような曲を復曲演奏している。「なんでこんな面白いんだろう」とこの作業を楽しんで行っているという。また伶楽舎の新音楽監督として、これからも古典の演奏をベースにして、芝祐靖の音楽と“秋庭歌”の演奏を大事にし、伶楽舎でより良い演奏ができるようにしていきたいと抱負を述べた。
今回の〈今昔雅楽集 四〉では、武満徹が65年前に聴いた雅楽曲が名作“秋庭歌一具”とともに演奏される。雅楽の古典と武満の雅楽の豊かな繋がりを見出すことのできる貴重な機会となることは間違いない。
管絃:太食調音取、合歓塩、朗詠 嘉辰、抜頭
舞楽:甘州、右方 還城楽、仁和楽
※下線は今回演奏される曲を示す
宮田まゆみ(みやた・まゆみ)
笙奏者。国立音楽大学招聘教授。東洋の伝統楽器〈笙〉を国際的に広めた第一人者。国立音楽大学器楽学科ピアノ専攻卒業後、雅楽を学ぶ。1979年より国立劇場の雅楽公演に出演。1983年より笙のリサイタルを行って注目をあび、第3回リサイタルにより芸術選奨文部大臣新人賞を受賞する。国内外の主要な音楽祭に招待され、ジョン・ケージ、武満徹ら数多くの国際的作曲家の新作初演を行うなど、西洋の音楽家と積極的に交流している。
寄稿者プロフィール
柿沼敏江(かきぬま・としえ)
音楽学者、評論家。専門はアメリカ実験音楽、20-21世紀音楽。著書に「アメリカ実験音楽は民族音楽だった」(フィルムアート、2005年)、「〈無調〉の誕生」(音楽之友社、2020年、第30回吉田秀和賞受賞)などがある。京都市立芸術大学名誉教授。
LIVE INFORMATION
伝統芸能のススメ[雅楽]
今昔雅楽集 四、秋庭歌一具
~武満徹没後30年記念企画~
2026年10月4日(日)茨城 水戸芸術館 コンサートホール ATM
開場/開演:15:30/16:00
プレトーク:15:45
■出演
伶楽舎/荒木奏美(オーボエ)/宮田まゆみ(笙)
片山杜秀(ナビゲーター/水戸芸術館館長)
■曲目
管絃:太食調音取、合歓塩、嘉辰、抜頭
武満徹:ディスタンス(オーボエ 荒木奏美、笙 宮田まゆみ)
舞楽:還城楽(右方)
武満徹:秋庭歌一具
https://www.arttowermito.or.jp/hall/lineup/article_4759.html