松尾潔による評伝「佐野元春 歌い続ける理由」が2026年11月27日(金)に刊行される。
1980年のデビュー以来、46年にわたって日本のポップミュージックの領域を切り拓いてきた佐野元春。“アンジェリーナ”“SOMEDAY”“YOUNG BLOODS”“約束の橋”など、時代を超えて聴き継がれる楽曲を生み出し、1984年のアルバム『VISITORS』ではニューヨークで出会ったヒップホップや新たなビートをいち早く作品へ昇華、その後も自らの表現を更新しつづけてきた。
その創作は現在も止まることがなく、2025年に開催された全国ツアー〈佐野元春45TH ANNIVERSARY TOUR〉では約7万人を動員。長年のファンはもちろん、楽曲発表当時をリアルタイムで知らない世代にも新たな支持を広げている。
一方、佐野には通常のコンサートとは異なるもうひとつの表現の場がある。2001年から2026年にかけて5回開催してきたスポークンワーズライブだ。
大規模な会場ではなく、限られた観客を前に自由詩と音楽、そして声によって空間を立ち上げるスポークンワーズライブ。「佐野元春 歌い続ける理由」は、その最新公演〈In Motion 2026 空気〉を客席から見つめていた著者の問いから始まる。
佐野元春は、なぜ歌い続けるのか。
なぜ歌ではなく、声と詩だけで立つ夜を必要とするのか。
なぜ過去の作品を手放さず、それでいて同じ形に固定しないのか。
なぜ自由を語り、都市を歩き、時代の空気を測り続けるのか。
本書の著者は松尾潔。音楽プロデューサーとして知られているが、そのキャリアの出発点は〈書き手〉だった。
大学在学中から海外取材を重ね、ジェームス・ブラウン、ジャネット・ジャクソン、ジェイ・Z、スパイク・リーら、世界的なアーティストやクリエイターに取材。20代にしてアメリカの音楽業界誌「Black Radio Exclusive」で〈日本のR&B市場に最も影響力をもつ人物〉と紹介されるなど、1990年代初頭から海外の音楽文化を日本に伝えてた。
その後、音楽制作の現場へ。プロデューサー、ソングライターとして数々の作品を世に送り出し、日本を代表する音楽プロデューサーのひとりになった。近年は執筆活動に加え、社会や人権をテーマにした発言、行動でも注目を集めている。
本書で松尾は、〈インタビュアー〉〈作家」〈作詞家〉そして〈音楽をつくる人〉という複数の視点から佐野元春の表現に対峙する。楽曲だけでなく、著作、過去のインタビューや報道、テレビ映像、さらには作品が生まれた時代の社会背景まで、膨大な資料を紐解き、佐野本人への取材を重ねながら、その音楽と言葉に迫った評伝だ。
〈なぜ歌を書くのか〉〈なぜ歌い続けるのか〉が読み進めるごとに、佐野元春の軌跡と現在が鮮明になっていく。
また、本書は佐野の楽曲を〈現在〉から読み直す対話と論考を多く収録している。1985年に発表された“CHRISTMAS TIME IN BLUE”を巡るテキストを一部紹介。
松尾 「『CHRISTMASTIME IN BLUE』の『BLUE』を、当時の僕は解釈できていなかったんだな」と、このあいだ聴きながら思ったんです。40年経った今、あのときとは違って響くんですよね。「平和な街も/闘ってる街も」という歌詞がありますよね。
佐野 あります。
松尾 「愛してる人も/愛されてる人も」「泣いてる人も/笑っている人も」と対照的な表現が並んでいきますよね。いかにもクリスマスのポップソングらしく、いろんな人生がある、と歌っているように聴こえます。ところが、そこに不意に「平和な街も/闘ってる街も」が出てくる。これはもう、多様性という言葉では括れない。残酷なまでの非対称性なんですよね。そこがいま、重く響くのです。つまり「闘っている街でクリスマスを迎える人がいる」という言葉の重みと深みが、残念なことに今は40年前よりもっと増しているんじゃないかと思うんです。85年当時、あそこに託した時代的背景、そして佐野さんの心情をお聞かせ願いたいです。
佐野 それはとてもシンプルです。1980年代、「CHRISTMAS TIME IN BLUE」のレコードが出た85~86年も、今と同じように世界中に、大小ありますけれども、さまざまな国際的な紛争がありました。僕らの歴史を振り返ると「紛争、戦争の歴史」と言っていいという見方を僕はしている。「平和な時代っていつだったんだよ」みたいな。
松尾 世界規模で考えると。
佐野 世界規模で考えると。そこで僕が考えるのは、子どもたちの平安ですね。戦争はあくまでも大人たちの理屈で引き起こされるもので、そこで一番被害を余儀なくされているのは子どもたちです。少なくともクリスマスの時期だけは、子どもたちが安心で自由に朗らかに時間を過ごしてほしい。そういう願いをこめて、世界中の子どもたちがバラの花をつむいで輪にする。「Ring-a-ring-a-Roses!」というフレーズです。
(中略)
「童謡」。意外な言葉だった。だが、佐野がこの曲に託したものを聞いたあとでは、不思議なほど腑に落ちる。世界中の子どもたちが安心してクリスマスを過ごせるように。その願いだけを取り出せば、たしかにこれは童謡なのだ。
しかし、その童謡を包んでいるのはレゲエ/ダブのサウンドである。1985年、高校3年生だったぼくがまず耳を奪われたのもそこだった。バハマ・ナッソーのコンパス・ポイント・スタジオでスティーヴン・スタンリーと作り上げた、当時の日本のポップスとしては異例なほどダビーな音響。レゲエが持つ歴史的背景、つまり「レベル=反抗」の音楽であることまで踏まえ、そのサウンド・フォーマットを日本語のポップソングとして機能させる。そんな挑戦の一方で、歌の中心に置かれていたのは、世界中の子どもたちの平安を願う「童謡」だったのである。音は尖っている。願いは素朴だ。そのふたつは少しも矛盾しない。
少年時代、佐野元春の音楽やラジオを通して、都市の空気や海外の世界を想像していたという松尾。やがて自身も同じ音楽業界に身を置くようになった松尾ならではの、佐野や関係者をめぐるエピソードも読みどころだ。楽曲への緻密な分析や数々の問いは、一冊の評伝であると同時に、日本のポップミュージックの歩みを伝える貴重な記録でもある。
著者の問いに呼応して語られる佐野の現在の言葉は、佐野元春ファンはもちろん、多くの音楽ファンにとって佐野元春という表現者をあらためて知る手がかりとなるはずだ。
「佐野元春 歌い続ける理由」、ぜひ期待したい一冊だ。
BOOK INFORMATION

発売日:2026年11月27日(金)
ISBN:978-4-309-25855-3
仕様:46版/並製/240ページ
装丁:鈴木成一
価格:2,860円(本体2,600円)
目次
序章 時代の空気を測る夜
――スポークンワーズ・ライブ「In Motion 2026 空気」
第1章 なぜ歌を書くのか
――創作をめぐる、なかにし礼との対峙
第2章 私小説の国のポップミュージック
――「自由とデモクラシー」をどう歌うか?
第3章 再定義とビートニクス
――過去を歌い直す誠意について
第4章 都市はなぜ歌を必要とするのか
――ポップミュージックが生まれる場所
第5章 君に手渡す自由
――表現者は社会とどう関わるのか
終章 佐野元春と時代の霊性
――世界を知ろうとした者から手渡された歌
PROFILE: 佐野元春
1956年、東京生まれ。1980年、レコーディングアーティストとして始動。1983~1984年のニューヨーク生活を経た後、DJ、雑誌編集など多岐にわたる表現活動を展開。1992年、アルバム『Sweet 16』で日本レコード大賞アルバム部門を受賞。2004年に独立レーベル〈DaisyMusic〉を始動し現在に至る。2022年、第72回芸術選奨文部科学大臣賞受賞。代表作品に『SOMEDAY』(1982年)、『VISITORS』(1984年)、『Sweet 16』(1992年)、『フルーツ』(1996年)、『THE SUN』(2004年)、『COYOTE』(2007年)、『ZOOEY』(2013年)、『BLOOD MOON』(2015年)、『MANIJU』(2017年)、『今、何処』(2022年)がある。
佐野元春オフィシャル・ファンサイト:Moto’s Web Server
「DaisyMusic」公式YouTubeチャンネル:佐野元春 - DaisyMusic - YouTube
PROFILE: 松尾 潔

1968年、福岡生まれ。音楽プロデューサー・作家。早稲田大学在学中より音楽ジャーナリストとして活動。豊富な海外取材をベースに企画・執筆を行い、20代にしてアメリカの業界誌「Black Radio Exclusive」で〈日本のR&B市場に最も影響力をもつ人物〉と紹介。90年代半ばから音楽制作に携わり、SPEED、MISIA、宇多田ヒカルのデビューにブレーンとして参加。プロデューサー、ソングライターとして平井堅、CHEMISTRY、東方神起、JUJU等に楽曲を提供。EXILE“Ti Amo”(作詞・作曲)で日本レコード大賞、天童よしみ“帰郷”で日本作詩大賞、JUJU『DELICIOUS 2』(アルバムプロデュース)で日本ゴールドディスク大賞〈ジャズ・アルバム・オブ・ザ・イヤー〉を受賞。著書に小説「永遠の仮眠」(新潮社)、社会時評集「おれの歌を止めるな」(講談社)など。