渡辺満里奈『Ring-a-Bell 30th Anniversary Deluxe Edition』がリリースされた。大瀧詠一がプロデュースした1996年作に2026年最新マスタリングを施し、貴重なボーナストラックも多数追加した通常盤CDおよび完全生産限定盤アナログレコードでのリイシューだ。今回はこれを記念し、音楽評論家の岡村詩野に当時の渡辺満里奈のアイコンとしての存在感や本作の音楽的な魅力を解説してもらった。 *Mikiki編集部
あの頃、誰もが渡辺満里奈になりたかった
誰もが渡辺満里奈になりたかった。そんな時代が確かにあったのだ。いや、それはお前だろう、と言われたら黙って頷くしかなく、実際、彼女がテレビや雑誌に載っていたら今も必ず目を止めてしまうし、ピラティスにいそしんだり野菜や植物など土いじりを楽しんだりとオーガニックなライフスタイルを公開するようになった、ある時期からの、まして2児の母になってからナチュラルに生きる彼女には同世代としてもはや親近感しかない。
しかし、そんな人は今だってかなりの数がいるはずで、少なくとも、彼女が登場した当時、それまでの女性アイドルにありがちだった媚びやヤンキー臭がほとんどない、でも、フローラルな香りが似合う愛らしい清潔感のある渡辺満里奈に好感を抱いていた人は、かなり多く、そしてアイドルという文脈を超えたところで幅広くいただろうことは身をもって断言できる。
おニャン子メンバーとして異彩を放ったソロデビュー曲“深呼吸して”
話が長くなるが、続けさせてもらう。当時、彼女のデビューシングル“深呼吸して”(1986年)を発売日に買いに行った私は、同じように買いに来ていた人が同性、異性、世代かかわらず多様だったことに驚いた。
さらに、それがエピックからのリリースだったことも新鮮だった。あれ、エピックって佐野元春と同じじゃん。大沢誉志幸も大江千里もそうじゃなかったっけ。いうまでもなく、渡辺満里奈は1986年に「夕やけニャンニャン」のおニャン子クラブの一員として初めてブラウン管に登場したが(会員番号は36で後の方のメンバーだった)、おニャン子本体はもとよりメンバーのソロ作品の多くは(フジテレビ系列の)キャニオンだったからだ(CBS・ソニーから出していたメンバーはいたが)。
しかも、ビーチ・ボーイズ風のハーモニーから始まるそのバブルガムポップソング“深呼吸して”は、『A LONG VACATION』や『NIAGARA TRIANGLE Vol.2』ですっかり大滝詠一色に染まっていた10代の自分の耳をとらえて離さなかった。作曲しているのは〈山本はるきち〉で(作詞はもちろん秋元康)、当時高校生だった自分にはすぐにそれが誰かはわからなかったが(KENSOのサポートドラマーと並行させながらLOOKのキーボーディストとして活躍)、少なくともおニャン子の他のメンバーのソロ曲とは明らかに何かが違う、ということだけはわかった。比較的落ち着いたトーンの自然な歌い方も欧米の女性シンガーのように感じていた。
フリッパーズ・ギターら渋谷系ミュージシャンとの蜜月
だから、その後、“恋とマシンガン”が主題歌だったドラマ「予備校ブギ」への出演が直接のきっかけになったのかはわからないが、フリッパーズ・ギターと繋がり楽曲提供を受けたり(1990年のアルバム『a piece of cake!』収録の“大好きなシャツ(1990旅行作戦)”“レイニー カインド オブ ラブ”)、ソロデビュー前の小沢健二が楽曲提供、さらにはプロデュースまで担当し、Original Love(当時)の木原龍太郎やTOKYO No.1 SOUL SETの川辺ヒロシらが参加した“バースデイ ボーイ”が話題を集めたりと加速度的に渋谷系と近接な関係になっていったのは、傍目にもとても自然だったと思う。
その頃の彼女は既に女優、テレビタレントとして大活躍していたが、ビブラストーンのメンバーをバックにライブをやるなど相変わらず攻めていたので、しばらく間があいたのちに、テレビアニメ「ちびまる子ちゃん」の主題歌として、大瀧詠一がプロデュース、作曲を担当した“うれしい予感”がリリースされたことにも違和感など全くなかった。彼女自身、以前から『NIAGARA TRIANGLE Vol.2』をフェイバリットアルバムに挙げていたからだ。
