いまの自分だったらショパンをありのままに表現できる

 近年、円熟味を増してきたフランスのピアニスト、ジャン=フィリップ・コラールがショパンの録音で成熟した美しい響き、確固たる構成、存在感のある音を披露している。

 「学生時代に課題としてショパンが出され、あまりにも多くのショパンを弾き、また聴くことで、私は自分の歩むべき道ではないと思ってしまった。ショパンとは距離を置くようになったのです。でも、近年になって楽譜を見直す機会があり、ショパンの奥深い魅力を再発見しました。私と同じ理想をもっていることに共感を覚えたのです。彼は音楽の美しさを伝えるためにさまざまな曲を書きました。そこには内気で繊細な作曲家の姿が映し出され、シンプルな旋律美がすべてを物語っている。私も内向的な性格で派手なことを好まず、ものごとをじっくり思考する性格ですので、いまの自分だったらショパンをありのままに表現できる、そう考えて録音に挑戦することにしたんです」

JEAN-PHILIPPE COLLARD 『ショパン:24の前奏曲Op.28、ピアノ・ソナタ第2番変ロ短調Op.35「葬送」』 La Dolce Volta(2013)

 コラールのショパンは凛として男性的で客観性に富む。クールで知的で大胆かつ情感豊かな演奏だ。

 「私はショパンのルバートをとても大切に考えています。ルバートこそが、その演奏家の真実を描き出す鏡だと思っているからです。昔からサンソン・フランソワのショパンが好きでしたが、彼はごく自然に本能でルバートを表現している。これが理想形ですね。ルバートというのは非常にパーソナルなもので、少し聴いただけでそのピアニストが何を表現したいのかがわかってしまう。これが聴衆とのコミュニケーションの鍵です。私も頭で考えすぎず、自然な奏法を心がけたい」

 ルバートとは音と音の間のテンポを自由に加減することで、自然な揺らぎのような表現を指す。コラールのルバートも非常に微妙な形で現れ、それが全体を香り高く上質な演奏に仕上げ、個性を表出している。

ジャン=フィリップ・コラールの演奏によるショパンの前奏曲

 「ショパンのルバートはピアニストの価値観を表わすものだと思います。今回の録音でも、それを自然な形で表現することに留意しました。“24の前奏曲”はショパンの音の日記であり、彼の内面的なポートレートのようなものだと思います。ひとつひとつの曲が道先案内人としてショパンの世界へと導いてくれる。ソナタ第2番は右手が豊かにうたい、左手がそれを支える。ショパンのシンプルな書法の賜物だといえますね」

 若いころにショパンと離縁したと表現するコラールだが、それは試験やコンクールのためにみんなが一斉に弾いていたことで距離を置きたくなったのだろう。現在はショパンの内奥に迫り、その真意に近づき、説得力のある演奏を聴かせている。ルバートの極意をコラールの演奏から聴き取り、ショパンに近づきたい。