八代亜紀がブルースを歌う。それって昭和の歌謡ブルースを歌ったもの? それとも本場アメリカのブルース・ミュージックにチャレンジしているとか?――どちらも正解なのである。彼女のニュー・アルバム『哀歌-aiuta-』。〈ブルースとはすなわち哀しい歌である〉、というのが八代とプロデューサーである寺岡呼人の主張だ。淡谷のり子からBB・キングの名曲まで、ブルージーな味わいを醸す八代のハスキー・ヴォイスの魅力を最大限に引き出ていく楽曲の数々。それらを洗練されたポップスとしてまとめ上げてみせる寺岡の手腕は流石だというほかない。そんな2人を迎えた今回の対談。表情には、〈自信作が出来た!〉というような晴れ晴れしさが浮かんでいたのが印象的だった。

八代亜紀 哀歌-aiuta- コロムビア(2015)

――率直に申し上げますと、大変格好良いアルバムだなと思いました。

寺岡呼人「八代さんの45周年記念アルバムということで、歌謡ブルースが流れてきた歴史をひとつのストーリーのように描けたらいいんじゃないかというテーマがありました。そこに向こうのブルースも織り交ぜる形にして」

八代亜紀「ブルースはすべての歌の根元。私はブルースも歌謡曲も浪曲も、〈魂〉は一緒だとずっと言い続けてきたんです。浪曲は日本人の心、命。切ない、哀しい人生のなかから生まれた歌。あちらのブルースもまた、生きていくなかで生じる哀しみを表現した命の歌。やっぱりそういうのを歌いたかったんです」

――最初にお会いした際に話し合ったことは? 

寺岡「スタッフの方と打ち合わせして、初めてお会いしたのはそれから1か月以上経ってからだと思うんですけど、印象的だったのは、最初から八代さんが〈哀しいアルバムを作りたいのよ〉っておっしゃってたことで。それはネガティヴなアルバムを作ろうということではなくて、〈哀しみを歌うことは、希望を見い出すことだから〉って。その後ずっと、〈哀しい〉というフレーズは僕のなかに留まり続けることになり、結局アルバム・タイトルにも使うことにもなった。制作中、哀しさを本当に表現できる歌い手ってどれだけいるんだろう?って考えましたね。で、アルバムが出来上がって、八代さんはそれができる稀有な存在だと身に沁みてわかりました」

――とにかく、歌の端々から生命力が溢れていて、妙に力が湧いてくるんですよね。お会いするまで寺岡さんが抱いていた八代さんへのイメージってどういったものでした?

寺岡「やっぱり“舟唄”をはじめとするヒット曲ですよね。もともと憂歌団のブルースが好きだったんですが、彼らの歌うハスキーなブルースに通じるものがあるなっていう印象を持っていて」

――なるほど。ところで今回、どうして〈哀しい〉という感覚にこだわったんでしょう。

八代「いまの時代、あたりまえの幸せをスルーしちゃっていると思うのね。すごく幸せな時代のはずなのに、悲痛な事件が後を絶たない。引きこもりという言葉がクローズアップされたりだとか、強烈ないじめが行われていたりだとか、悲惨なニュースを見ていると、いまの日本は本当の幸せ、本当の平和を忘れかけていると感じるんです。なぜいま〈哀しい〉が必要かというと、哀しさを感じている人たちがそういう歌を聴いて、自分よりもこんなに哀しい人がいるんだって気付いてほしいから。親が朝昼晩働きっぱなしで家にほとんどいなかったとしても、やっぱり幸せなんだと思ってほしい」

――曲を通じて哀しさと直面させることで、聴き手の心を浄化させる。昔の歌謡曲やブルースにはそういう効能がありましたよね。

八代「そういうところから生まれてますからね。昭和歌謡もそう。哀しみのなかから生まれた歌が多かったですから」

――そしてここには〈哀しみ〉をテーマにした楽曲がズラリ並んでいるわけですが。

八代「哀しい歌を、って依頼させていただいたのよね?」

寺岡「そうです、そうです。カヴァー曲の選曲は、スタッフも含めて、それぞれが意見を出し合いながら進めたんです。僕は昭和初期の歌謡曲をほとんど知らなかったので、いろんな候補を出してもらったなかから、相応しい曲を選びました」

――このなかで八代さんがレパートリーにされていた曲は?

八代「ステージで何回か歌ったことがあるのは“別れのブルース”とか“フランチェスカの鐘”。あと“夢は夜ひらく”とか“あなたのブルース”も1、2回歌ったことはあるわね。こういう歌謡曲を本格的ブルースに仕立てて世に出すのもいいかなと思って」

――本作はふたりの偉大なシンガーへの追悼曲が収められていますよね。BB・キングの“The Thrill Is Gone”と矢吹健の“あなたのブルース”。

BB・キングの69年のシングル“The Trill Is Gone”。93年のライヴ映像

 

八代「あ、そっか……」

寺岡「全然そういう意図はなかったですね。たぶんお亡くなりになられたのは、選曲が終わった後だと思う」

――ところで八代さん、いわゆるブルース・ミュージックは聴かれてたんですか?

八代「う~ん、あんまり聴いてこなかったかも」

寺岡「それはこちらからのたってのリクエストで(笑)」

八代「私にとってブルースというと、“St. Louis Blues”とかいわゆる王道の、スタンダードなものをイメージしますね。でも実際に歌うのは本当に難しい。20代の時のリサイタルで、〈歌いなさい!〉って言われて必死で勉強したことはありましたけど。英語を歌うことも舌が慣れてないですし、やっぱり発音が難しい。レコーディングの時もうるさい人が一人いたね(笑)」

ルイ・アームストロングの1954年作『Louis Armstrong Plays W.C. Handy』収録曲“St. Louis Blues”

 

寺岡「ハハハ(笑)」

八代「〈BBさんはこういう発音してるよ〉って言っても、〈ダメです!〉って言うんです(笑)。大変でしたよ(笑)。でも寺岡さんは〈いいんじゃないですか?〉と笑って通してくれるほうだったね」

――ハハハ。それにしてもこのアルバムは、歌謡ブルースとUSブルース・ミュージックの混ざり具合もそうだし、和洋折衷のバランスがとにかく見事です。

寺岡「そうですね。ただ最初は、昭和歌謡の原曲を聴きながら、シカゴ・ブルースをどう入れたらいいのかイメージしづらかった。そこで“St. Louis Blues”のようなホーン・セクションが入っていてカチッとアレンジされた、いわゆる聴きやすいブルースを基点として、このムードで昭和歌謡を料理したらどうかなと思いついて。それでトロンボーン・プレイヤーの村田陽一さんにアレンジをお願いすることにしたんですが、大成功でした。僕は〈フランチェスカ〉を歌い終わった八代さんがブースから戻ってくる時、〈カッコイイよね!〉って連発されていたのが印象的で」

八代「超カッコイイよね! 日本の歌も本場のブルースに負けてない、って思った」

寺岡「そうなんですよ。今回の大きな発見は、〈日本の歌ってやっぱイイな〉ってことで。最終的に八代さんの歌が入ったことで、いまではそんなにお目にかかれない〈粋〉が非常に際立つことになった。説明しきらないところから生まれる〈粋〉。お洒落して街を歩いている男女の姿が鮮明にイメージできたりだとか」

八代「いま聴くと新しく感じるかもしれないですよね。寺岡さんもおっしゃってたけど、“フランチェスカの鐘”の歌詞に〈あの人と別れた夜は/たゞ何んとなく面倒くさくて/左様ならバイバイ言ったゞけ〉なんて歌詞があって。あの時代、めんどくさかったからさよならしただけ、なんて言わないですよ。逮捕されちゃいますよ(笑)。ああいう表現は、逆にイマっぽいですよね」

寺岡「そう、なんだか〈めんどくさかった〉っていうのが粋に感じられるような歌詞の持っていき方っていいなぁと思うんです。そういう発見も多くあった」

――両方の要素の合体ぶりでは、“Sweet Home Kumamoto”が白眉。“Sweet Home Chicago”をベースにした熊本のご当地ソングとなっていますが、八代さんのコブシもビシッとキマってるし、“あんたがたどこさ”が挿入されている曲構成も最高です。

八代「そうそうそう!」

寺岡「これは偶然の産物なんですけど、ピアノの小島良喜さんが熊本に住んでいらっしゃって、イヴェントの途中などでよくブルースの間に“あんたがたどこさ”を弾いたりするそうなんです。それをレコーディングの途中で披露された時、八代さんが〈それ入れようよ!〉って反応されて」

八代「おもしろいじゃない、入れよ入れよ!って感じで。ねっ?」

寺岡「ブラスもそれをなぞったりするという」

――非常に哀しいアルバムなんですけど、この曲が登場することで何だか救われる気持ちになるところがいい。

八代「そう。ちょっといいんじゃないかな、と思ってね」

――行間を読ませる歌詞、ということでは横山剣さんや中村 中さんの曲もそうなっていますよね。THE BAWDIESも含めて3組が曲提供されてますが、この人選は?

寺岡「これは僕のリクエストになります。THE BAWDIESは若手のなかでもすごくリズム・アンド・ブルースを愛しているし、ブルースにも造詣が深い。ま、彼らと八代さんの融合が見たいっていうただそれだけの理由だったんですけどね(笑)。エタ・ジェイムズのような曲をお願いできないだろうか?ということで、細かいことは言わずにただそれだけをリクエストして。デモテープも本人たちの生演奏によるものが届いたんですが、テンポがめっちゃ速かったんです(笑)。いわゆるTHE BAWDIESのリズム。八代さん、こんな速いの歌えないよって」

八代「追いつかないよ、って笑ってね」

寺岡「完成形はテンポを落としてドッシリとさせたわけですが、THE BAWDIESのみんなもすごく気に入ってくれたみたいで」

THE BAWDIESが手掛けた八代亜紀“Give You What You Want”

 

――ローリング・ストーンズの“Shake Your Hips”みたいな、ブギーなアレンジがカッコイイですよね。こういう泥臭い差し色が入ってくるところがいい。

寺岡「いいポイントになっていると思うんですよね。剣さんや中村 中さんも昭和歌謡を本当に愛している人。八代さんにどういう曲を書いてくれるのか興味があって」

八代「大人の女性がギリギリ必死に生きている画が浮かんできますね」

――中村 中さんの曲を聴いて特にそう感じましたが、やっぱりブルースって大人のための音楽だなあって。

八代「人生経験がある人間、そういう感じがブルースなのかなって気がしますよね」

寺岡「でもね、それをまた若い人たちが背伸びして聴くのも文化だと思うんですよ。若い人に目線を下げて音楽を作ることが文化だと僕は思ってなくて、こういうアルバムを中学生や高校生が背伸びしながら、いろいろ想像力を働かせながら聴いてほしいと思う」