インタビュー

八代亜紀、哀しみのブルースを歌う―プロデューサーの寺岡呼人と共に、哀しさを通して希望見い出す新作『哀歌-aiuta-』を語る

八代亜紀 『哀歌-aiuta-』 Pt.1

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――なるほど。昭和の歌謡曲に育てられたと言ってもいい僕なんか〈ブルース〉って聞くと、演歌とかムード歌謡がまずパッと浮かんだりしてしまうのですが…。

八代「(演歌やムード歌謡)っぽく感じる?(笑)。やっぱりそうよね」

――簡単に切り離せなかったりするんですけど、ただ、いまの若い子たちは馴染みがないので、まっさらな状態でブルースって言葉を受け止めると思うんです。

寺岡「あぁ、イメージに引っ張られることはないかもしれないですね」

――だからこのふたつの〈ブルース〉の組み合わせをごく自然に聴けるのは、若い子たちなんじゃないかと。

八代「そうかもしれない」

寺岡「そもそもいい音楽にジャンルって関係ないですからね。そういうメッセージを持っている感じがします、このアルバムはね」

――やっぱり八代さんは常々そういう意識をお持ちなんでしょうか。

八代「はい、私にとってもジャンルは関係ないです」

――小西康陽氏がプロデュースされた『夜のアルバム』を聴いてもそういう印象は受けます。

八代「どんなジャンルでも自然と入ってくる。12歳の時からああいう曲(ジャズ)を歌ってましたから。だから感覚的には区分けすることがないんです。物心ついたときに歌ってたのは浪曲。切ない、哀しい、という歌詞の意味がわからないのに泣いていたそうですから(笑)。声音ですよね。声の音が持つ切なさや哀しさに触れて、涙が出てたんでしょうね。哀しいんだなぁ、可哀想だなぁ、って言ってたそうですから。で、大人になってからその内容が理解できるようになっても、切ない、哀しいと感じる魂は残っているんですよね」

八代亜紀の2012年作『夜のアルバム』収録曲“フライ・ミー・トゥ・ザ・ムーン”

 

――ひとつ声高に言いたいのは、いまの時代、こんなゴージャスなアルバムにはそうお目にかかれないってこと。

八代「そうですよ! 最近はないですよ~」

――これはもう時代の流れに対する挑戦ですよね。

八代「もう、いいもの、ちゃんとしたものを作ろうという気持ちですよね。時代が時代だから。だから今回、メッセンジャーなんですよ(笑)」

寺岡「ハハハ」

――そういう意識を働かせながら作られたと。

八代「はい、意識してました!」

――(笑)。今回参加されたミュージシャンの人選は?

寺岡「はい、僕と村田陽一さんと相談して」

――超ヴェテランから……。

寺岡OKAMOTO'Sまで」

――ねぇ。こういったあたりの混ざり具合がまた絶妙で。

寺岡「いや~いいですよねぇ。最高齢はギターの中牟礼(貞則)さんで、OKAMOTO'Sのハマ・オカモトオカモトコウキが最年少。世代を超えて繋がれるという、これぞ音楽ならではの素晴らしさだと思いますね。音を出し合うことに歳は関係ないですから」

――なるほど、世代を超えて混ざり合う……このアルバムのテーマがここにも表れているわけですね。歌入れはどうやって行われたんでしょうか?

寺岡「リズム録りのときから必ず立ち会ってもらい、仮歌を入れてもらって。歌がもうその段階で〈それでいいんじゃないでしょうか〉ってぐらい出来上がってましたけど(笑)」

八代「ダメダメダメ!みたいな感じだったわね(笑)」

寺岡「なかなか歌おうとしてくださらなかったんで」

八代「やっぱりちゃんと歌わなきゃいけないでしょ。それをいま歌えって言われたって無理でしょ、ってね」

寺岡「仮歌を入れていただくとミュージシャンの演奏がガラッと変わるわけです。とにかく一にも二にも、歌にビックリさせられっぱなしでしたね。僕が若い人をプロデュースする時には、歌入れでAメロだけ、Bメロだけって分けて歌ってもらうことも多いんです」

八代「えええ~!」

寺岡「そうなんですよ。とにかく1曲仕上げるのにものすごく時間がかかるし、直すところが多かったりもしますが、八代さんの場合は本当に早くて。歌に入る準備段階ではじっとメロ譜とにらめっこしているんですが、ブースに入ったらもうあっという間にOKという感じが、僕にはかなり衝撃的だったんですよ。というか、本来はこうあるべきなのに、なぜ僕らはいつの間にか判で押したように時間をかけてしまうようになっちゃったんだろうと。で、テイク1の段階で全然問題ないけど、このあたりを少し笑ってみるように歌ったらどうですか?なんて漠然としたイメージを提案するじゃないですか。するとテイク2ではガラリと歌の表情が変わるんです。そういった変幻自在ぶりがすごかった。ミュージシャンたちも一流揃いだったけど、演奏が全部霞んでみえるぐらいのインパクトがありました」

八代「イントロが流れたその時から歌が始まりますから。1曲通して曲の世界を表現するのがいちばんいいんですから」

寺岡「やってくれたエンジニアさんが、イントロが終わって歌が出てくる瞬間に全員がハッとしてしまうのがいいミックスだって言うんですけど、現場の歌入れの時点で、歌声が聴こえた瞬間〈きたっ!〉ってなってましたから(笑)」

八代「私にとってはあたりまえのことだったけど(笑)、そう言ってもらえると嬉しいですね。イントロが鳴ると、性格が変わっちゃうんですよ、八代さんは(笑)。例えば“夢は夜ひらく”なんか、超やさぐれた女になって歌うんですよ。特にリズムが入ってくる2コーラス目からスパーン!と変身して。超カッコイイですよね。これは一発録りで、一発目でOKでしたね。これは外国の方に聴かせたい」

寺岡「いいですねぇ、聴かせたいですねぇ。僕は“あなたのブルース”。原曲は矢吹健さんがものすごく歌い上げるような感じだし、アレンジも〈ザ・歌謡曲〉な作りですが、今回のアレンジで改めて聴いてみた時、〈あ、こういう歌詞だったんだ〉って気付かされたりして」

八代「切ないよねぇ~。アンニュイで、ものすごく切ない。本当は、絶叫するんですよ。私もするんですよ、TVで歌う時なんかは(笑)。これがまたグッとくるんですけどね。でも今回のアレンジがジャジーでムーディーな……」

寺岡「真夜中の静けさが漂うような。原曲を知っている方はすごく新鮮に感じると思います」

――なるほど。お2人にとって、〈これぞブルース〉と感じずにはいられない曲や歌い手を教えてください。

寺岡「じゃあ八代さんが邦楽から出して、僕が洋楽から出しましょうか。僕にとってブルースといえば、エルモア・ジェイムズですね。歪んだアコースティック・ギターでギャギャギャ、ギャギャギャ、ギャギャギャ、ギャギャギャってやるのがたまらない。彼の曲はどれもそれなんですよね。そのワンパターンな感じも、声の感じもスゴイなと思う」

エルモア・ジェイムズの1951年のシングル“Dust My Broom”

 

――一人一芸の世界ですもんね、ブルースって。続いて八代さんは?

八代「日本のブルースって、曲の名前として付けられている場合が多いですよね。〈これはブルースじゃないの、歌謡曲なの〉ってマネージャーに説教したりして(笑)。遡れば、服部良一先生が“St. Louis Blues”を参考にして、ブルースを歌わせたいということで作ったのが“別れのブルース”だったわけですね。ただね、私が日本の音楽でブルースを感じるのは、ヘヴィメタ系の音楽だったりする。例えば、マーティ・フリードマンが“舟唄”を弾く時。すごくブルースに感じるんです。あのギュ~ンって泣きのギターから、切な~い魂の叫びを感じるの」

――泣きというのは演歌にとっても、切っても切れない要素ですよね。

八代「そうね。マーティは“舟唄”みたいな世界をギターで表現したいと思ったらしくて、一生懸命〈泣き〉を練習したんですって」

――世の中に泣き歌と呼ばれるものは数多くありますが、これほど熱い涙を誘うアルバムはそうはお目にかかれないかと。

八代「〈泣き歌〉っていうけど、苦しんで泣くものじゃなくって、魂が滲むような歌、魂をワ~っと開放しているような絶叫が聴きたいんじゃないかな。まず私が欲しいから。すごく欲しいの。若い頃、そういう感覚に触れたら大変な財産になりますよ。私は2、3歳の頃に聴いた浪曲がいま財産になっているんですもん」

寺岡「音楽ってそもそも1対1のコミュニケーションを求める表現ジャンルだと思うんですよ。例えば、若い人が部屋の中で一人このアルバムに向き合った時、〈こういう表現ってあるんだ〉ということから〈もっと希望を持っていいんだ〉ということなど、いろんな発見があるんじゃないかなって。向き合うことの大事さを教えてくれる作品だと思うんです」

――向き合うのは、やっぱり夜の深い時間帯が似合う?

八代「夜更けに聴いたら、きっと泣くね(笑)」

 

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