Mikiki史上最長規模の約25,000字にして、特濃の内容となったKiliKiliVillaを立ち上げた安孫子真哉と、彼をバックアップするレーベル・スタッフの与田太郎へのインタヴュー。その後編をお届けしたい。ここでは、KiliKiliVillaの魅力や美学にさまざまな角度から斬り込みつつ、いま鳴らされるパンクの新しさやおもしろさ、そしてMikikiや音楽メディアへの提言まで、ますます刺激的な言葉が並ぶ内容となった。ちなみに、本記事の趣旨やインタヴューに至るまでの詳しい経緯などは前編をご参照いただきたい。

※前編はこちら

 


 

KiliKiliVillaという名前は、僕のなかではカウンターというよりも〈関係ないもの〉という捉え方です。もう会いたい人としか交わらなくていい 

――〈KiliKiliVilla〉という名前は、井上ひさしさんの小説「吉里吉里人」に由来しているんですよね。

安孫子真哉「ネーミングをどうする?ってときに、安易かもしれないけど皮肉的だったり謎めいてる感じのものは、ぼんやりとイメージしていました。もう引っ越しもして東京も離れて、また音楽に関係ない普通の生活をしようとしていたから、都市の文化について〈関係ない〉って思いもあって。もともと中学の頃に先生に教えてもらった〈吉里吉里人〉は好きで、そこからだいぶ時間が経って実家に帰ったときに本棚で見つけたんです。〈あ~懐かしい!〉というのと同時に、〈キリキリっていいな〉と思って。じゃあ〈キリキリ〉に何をくっつけるかという課題を持ち帰って3人でディスカッションしているうちに、〈ヴィラ〉に落ち着いたというわけです」

――東北の寒村が日本政府から独立する、という小説のあらすじはいままでのお話からするとうってつけのストーリーですね。

安孫子「ほかの世界のことは関係ないんだ、という思いです」

与田太郎「運営方針も含め、いまの有り様に対するカウンターでもありたかったし、いい名前だと思いましたね」

KiliKiliVillaのレーベル・ロゴ

 

安孫子「僕のなかではカウンターというよりも、もっと単純に〈関係ないもの〉という捉え方です。もう会いたい人としか交わらなくていい」

与田「でもその〈関係なさ加減〉は本当に大事だよね」

安孫子「Twitterを始めたときに、レーベルとは別に練習用で作ったアカウントを持ってて、そちらで世間のいろいろな情報収集を昼休みにするのが日課なんですが、だいたい(Twitterで見る情報に対して)イラついて、逆に仕事が捗るという感じです(笑)」

――それは具体的にどういったことに対してイライラするんですか?

安孫子「マスの音楽メディアやミュージシャンの話が多いですかね。あと〈音楽で食うためには〉とか〈大型フェスについて〉とか、そんな話ばっかりなんですよ。あれは本当にぐったりする。気持ち悪い自己顕示欲の塊。何もおもしろさを感じなくて。また〈こんなご時世だから、業界を生き抜く術〉みたいな記事を見ても、まったくドキドキワクワクさせられない(笑)!」

――KiliKiliVillaの最初のリリースは90年代に活躍したLIFE BALLの編集盤『If I Were Your Friend』でした。

与田「実はファクトリーをお手本に(KiliKiliVillaの)レーベル・ロゴを品番の〈001〉にしてて、ウェブサイトを〈002〉にしているんです。いま〈003〉が空いているのは、そこで予定しているバンドから音源が上がってきてないから」

――そうだったんですね。

安孫子「楽しみにしててください!」

――そんななかで、音源のリリースとしてはLIFE BALL(品番はKKV-005)を最初に持ってきたのはなぜですか?

安孫子「去年の夏かな、10月にレーベル発足のアナウンスをする前からいろんな構想を練っていて、〈早く始めたいな〉という気持ちが強くなるなかで〈LIFE BALLの再発がいいかも〉ってアイデアがドーンときた。原体験でありど真ん中という意味では、僕のなかでは象徴的なバンドだったんです」

LIFE BALLの編集盤『If I Were Your Friend』収録曲“Love Me”

 

――LIFE BALLは93年から96年までの短い活動期間のバンドでしたよね。でもGOING STEADY時代にはLIFE BALLの“Because I Love It”をカヴァーしていたり、安孫子さんの活動を追ってきたリスナーにとっては唐突なチョイスでもないというか。

安孫子「僕が上京する前の年(95年)に解散してるんですよね。だからリアルタイムでは体験してなくて。大学受験で上京したときに行ったライヴでは、一部のメンバーでもうDiSGUSTEENSになっていたので」

――安孫子さんがLIFE BALLを知るきかっけは何だったんですか?

安孫子「DOLL(DOLL MAGAZINE、2009年まで発刊されていたパンク系マガジン)の広告ですね。あの頃、ものすごく小さい広告から情報を得てCDを買ったりしてましたからね(笑)」

与田「いまはないよね(笑)。DOLLにレコード屋が出す7インチの広告とかチェックしてたな」

安孫子「〈岐阜メロディック〉だけで買うとか(笑)」

与田「いまはネットの検索でいくらでも情報が出てくるけど、昔はそれしか情報がなかったから。当たりを引いたときの衝撃ったらなかったよね」

安孫子「国内のバンドでいったら90年代の半ばから後半は〈メロディック・パンク〉〈ポップ・パンク〉って書かれたレコードはコンプリートしてたんじゃないかな(笑)。そのなかでもLIFE BALLは特別な存在だったので。サウンドや背景、意味合いも含めて」

――その次に、品番的には〈006〉のCAR10のアルバム『RUSH TO THE FUNSPOT』がリリースされるんですね。

安孫子「企画が立ち上がったタイミングで品番を振ってるので、どうしてもズレてくる部分はありますね。CAR10はさっき(前編で)言ったように大澤(啓己)くん(OSAWA17、SEVENTEEN AGAiNのベーシスト)に音源をもらって知って、その後のSEVENTEEN AGAiNのレコ発に出たときに、彼らは群馬だからライヴ帰りに車に乗せてもらって一緒に帰ったり。それから食事もするようになって〈おもしろい子たちだなぁ〉としみじみ思うようになったんです。年齢と育った場所は違えど、なんだか地元の同級生と遊んでる感覚に非常に近くて、すぐに親近感が湧きました(笑)」

CAR10の2014年作『RUSH TO THE FUNSPOT』収録曲“RUSH TO THE FUNSPOT”

 

――KiliKiliVillaのオフィシャルサイトに載っているCAR10のインタヴューのノリもめちゃくちゃですもんね(笑)。

安孫子「あれはギターの櫛田(英邦)くんの実家でやって……ヤバイですよね(笑)。でもいまの若いバンドに対する知識は、ヴォーカル/ベースの川田(晋也)くんに〈周りのバンドいろいろ教えて〉って聞いたところから始まってるんです。SEVENTEEN AGAiNからはパンク・サイドを教えてもらって、CAR10には同世代のインディー・バンドの繋がりから教えてもらったりして。僕の情報収集の最初はその2バンドの存在が大きかったですね」

――その頃のCAR10は、すでにジャンルを超えていろんな人たちと絡み始めていたんですか?

安孫子「やりはじめてましたよ。彼らは高校生の時からバンドをやってるから、若いわりにキャリアが長いんです。個人的にはあの感じでSnuffy Smilesから7インチを出してたことに驚いて。僕はやっぱりSnuffy Smilesに特別な思い入れがあったから」

CAR10がSnuffy Smilesからリリースした7インチ・シングルのA面収録曲“I Don't Meet You”

 

――その流れで、次にいよいよレーベルのコンピレーション・アルバム『While We're Dead.:The First Year』が登場すると。まず思ったのが、北海道のNOT WONK、OVER HEAD KICK GIRL、THE SLEEPING AIDES & RAZORBLADESをはじめ、名古屋や京都など全国各地のバンドが揃っているなと。

VARIOUS ARTISTS WHILE WE'RE DEAD. : THE FIRST YEAR KiliKiliVilla(2015)

NOT WONKの2015年作『Laughing Nerds And A Wallflower』収録曲“Little Magic”

 

安孫子「ローカル色を出すことは狙いでした。偏見かもしれないけど、昔はローカルのバンドの多くに対して〈ちょっとダサイんじゃないか〉という目も多少はあったと思うんです。でもいまは都市とローカルみたいな物差しはまったくなくて、地方でコミュニティーを作ってそれぞれがおもしろく育ちはじめている。ネットを上手に活用して、デザインが得意でTシャツを作るヤツがいれば、レコードを買い付けてディストロ※を始めるヤツもいたり。その象徴的な場所として、札幌や足利、名古屋、京都、岡山なんかが目立ってるのかも。僕が現在知っている限りだと」

※パンク・カルチャーで盛んな、リスナーが近しいバンドの音源を自発的に販売していく営み

――名古屋シーンからはkillerpassとMILKがコンピに入っていて、同じく名古屋のTHE ACT WE ACTとkillerpassのスプリット作もKiliKiliVillaからリリースされていますよね。ちなみに名古屋シーンの中心になっているようなバンドはいるんですか?

安孫子「まだまだわからないですね。伝統的にやっぱりたくさんのパンク・バンドがいますし。名古屋にはHUCK FINNっていうパンクに強い老舗のライヴハウスがあるけど、そこはディープなパンクの人たちが中心みたいで、(彼らとそれ以外のジャンルのバンドで)スパッと分かれてる。90年代の頭に同じパンクの旗の下から始まってはいるけど、例えばアンダーグラウンドのパンクの人たちとメロコアをやっている人たちはもはや交わらない。いまは東京でもどこでもどんどんそういう流れになっているのかもしれないけど、名古屋が象徴的という印象があります。ハードコアもパンクもゴチャゴチャで、カッコ良いバンドはいっぱいいるんですけどね」

――MILKをこのコンピで知って衝撃を受けたんです。逆説的に〈耳に優しいハードコア〉というか(笑)。


MILKの2014年の7インチEP『MY E.P.』収録曲“MY”

 

安孫子「あれは衝撃的ですよね(笑)」

与田「ライヴがまた本当にヤバイ」

安孫子「ヴォーカルしかPAを通さない! この逆転した発想には心底〈やられた!〉と思いましたね」

――それから、NOT WONKが知られるきっかけにもなったコンピ『生き埋めVA』をリリースした生き埋めレコーズにも携わる、京都のTHE FULL TEENZとはどこで出会ったんですか?

安孫子「彼らもSEVENTEEN AGAiNのツアーの京都公演で知りました。その日はTHE FULL TEENZの企画で」

THE FULL TEENZの2014年作『魔法はとけた』収録曲“Sea Breeze”

 

――もう生き埋めレコーズもスタートしていたんですよね?

安孫子「してましたね。『生き埋めVA』も出てた。そのときに足利でディストリビュートをやってる子がいて、為替レートが安かったときにバーガーのカセットテープをごっそり買ってストックしてたんですけど、それを50本くらい持って行ったら50~60人しか入らない京都のスタジオ・ライヴだったにもかかわらず、ほぼほぼ売り切れましたからね」

――へぇ~!

与田「京都は音楽的な幅も広い街だしね。ネオアコやギター・ポップのようなバンドからパンク・バンドまで一緒になって活動している面もあるし」

――まさにHomecomingsなんかがその中間地点にいていい塩梅で活動してますよね。

安孫子「そうすね~」

 

若いバンドがちゃんと出てこないとつまらないし、僕らは意味付けと流れをしっかり確立したい。パンクはいまや絶滅危惧種なので

――ちょうどいま名前が出たので伺いたいのですが、『While We're Dead.:The First Year』のファンジンには、バーガーのオーナーであるショーン・ボーマンのインタヴューを掲載していますよね。これはどなたのアイデアだったんですか? ※参考記事:カーティス・ハーディングのヒットやカセットテープ・ブームで注目集めるナードでキッチュなレーベル、バーガー

安孫子「あれは、レーベルのみんなで話しているときに〈何か海外のネタもできたらおもしろいね〉くらいのノリだったんです。〈じゃあバーガーがいいんじゃないか〉って」

与田「実は、ファンジンを作ることがレーベルをスタートする時点での大きなテーマだったんです。そこに普通の音楽媒体は取り上げない読み物を入れたいと思って、外国人のインタヴューは絶対に入れたいと思っていたところでバーガーの話が動き出していたんです。ショーン本人がプロモーションで日本に来るという話だったのでみんなで会いに行って。そこでいろいろ訊いたらめちゃくちゃおもしろくて。あれはやって良かったね」

安孫子「ほんとですね~」

与田「まず、アメリカではカセットテープがリアルな生活のなかで必要とされているなんて、思ってもみなかったから」

――新車を買えない若い子たちが乗っている中古車には、たいていカセットデッキが付いていて、それで音楽を聴いてる……という話ですよね。

安孫子「そこが肝でしたね」

与田「〈みんなまだ車で聴くからカセットは生きてるんだよ〉って」

――日本にいたら見えない情報ですよね。安孫子さんはいちリスナーとしてバーガーの作品はどのように聴いてますか?

安孫子「あの手法で連戦連勝してるじゃないですか。パンクと音楽愛とDIYのアティテュードで勝ちまくって、〈かなり革命的でヤバいヤツらじゃないか〉と思いました」

バーガーの2014年のコンピ『Burger Records Sampler』。なんと464曲も収録!

 

与田「羨ましいですよ。彼らのひとつの武器は〈(カセットだと)再発はOK〉という点なんです。カタログを眺めると、パプリック・イメージ・リミテッドのファーストがそこに混じってるわけですよ(笑)。KiliKiliVillaでも好きなアーティストの再発をどんどんやれるならやりたいんですが、あんなふうにはできない。例えばウィーザーがカセットをバーガーから出すとか、ああいったフットワークで活動できるのは素晴らしいなと思いますよ」

安孫子「誰も思い付かなかった必殺技で、いろんなヤツをなぎ倒して行く感じ(笑)」

与田「しかもやっていることに魂がしっかり入ってるな、と感じた部分が本人と会ってよくわかったんです。作戦を立てて遂行してるわけじゃなくて〈好きなことをやってたらこうなっちゃいました〉という感じ。マインド的には僕らとなんら変わらない、ただの音楽オタクなんです」

安孫子「ルックスを見て、まず安心しましたね(笑)」

――確かに(笑)。では視点を変えて、いまのKiliKiliVillaから見たときに〈国内にもこんなレーベルがあるよ〉というようなシンパシーを感じるレーベルがあれば教えてください。

安孫子「I HATE SMOKE TAPESの去年のリリースの(シーンにおける)先駆けっぷりは凄かったです。SECOND ROYALとは自分たちのようなオッサン世代が若者の鳴らす音楽に夢中になり、童心に返ってやってるという感じで並走してる気がします。GEZANを中心とした十三月の甲虫も本当に素晴らしい。また僕自身どうしてもパンクにはこだわるのでDEBAUCH MOOD、black hole、EPISODE SOUNDS、Waterslide Records、SP Records、生き埋めレコーズ、Suburbia Works、Hip Cat's Records、less than TV、Target Earth、Snuffy Smiles、Summer Of Fanなど、周辺の皆様の活動はチェックしてます。バンドのセルフ・リリースでも素晴らしい作品がたくさんあるし、本当に楽しいです。ともかく、若いバンドにも目を向けようという動きがアンダーグラウンドなレヴェルでもありますよね。でもレーベルの数は少ないかもしれない。もっとあってもいいと思います」

与田「レーベルの数自体は多いけど、キャラクターがわかりやすいレーベルが少ないんじゃない? 例えばSELFISH(日本のハードコア・パンクの代表的なレーベルのひとつ)とかさ。レーベルの名前を付けて商いにしている会社は多いけど、俺たちがやりたいのはレーベル・カラーがはっきりして、主義主張がしっかり見えるレーベルだから」

安孫子「だからこそパンク・レーベルは頼もしいですよ。DEBAUCH MOODもレコードしか出さないみたいだけど、紙質とか盤の細かい部分にまでこだわって、モノとしての完成度を上げようという姿勢があって素晴らしい。文化を根こそぎ楽しむ姿勢が自分のなかにもあるから、こんな感じでいまは本当に好きなヤツだけ残っていけばいいのかなって気もするんですけどね」

THE SLEEPING AIDES & RAZORBLADESの2015年作『FAVORITE SYNTHETIC』収録曲“MY STRANGE HEADACHE”

 

――音の話なんですが、いまの新しい流れにあるパンクの音って、ざっくりですが海外の現行インディー・ロックやインディー・ポップの影響を感じるパンク・バンドが多いのかな?という気がするんです。

安孫子「その要素はあると思ってます。でも影響と言うよりは並行してるんじゃないかという気もしつつ、ここ数年でパンクだけど他ジャンルを巻き込みはじめた音が、日本だとCAR10が一番早かったんじゃないかと思っていて。パンクなんだけどインディーと呼ばれるものとおもしろく交わっている。個人的にはコテコテのパンクも好きだけど」

――安孫子さんが『While We're Dead.:The First Year』のテキストで〈聴いてた音楽〉として名前を挙げたもののなかには、スミス・ウェスタンズやオールウェイズ、ビッグ・ピンク、パーフェクト・プッシー、ブラック・リップスなどがあって、インディーの流れだけどパンクのエッセンスも含んだようなバンドが多いな、とは感じていました。

安孫子「そうですね。日本でもその流れはあると思うんですけど、早耳のリスナーとインディーのオシャレっ子さんたちで聴いてる音楽がカブってきてるのかな。クラブ好きのキッズやインディー大好きっ子の方面に人気があるバンドで、〈曲のセンスいいな〉と思った人たちのイヴェントを観に行ったりもしたんですけど……結局ライヴで観るとダサくてしょうがなかったんです(笑)」

――そうでしたか(笑)。

安孫子「ただカッコつけてるだけにしか見えなくて。結局はファッションなんだろうと感じでしまいました。個人的には〈何をやってるか〉よりも、〈どういうヤツがやってるか〉のほうが遥かに重要なので。いまは多少交わってるかもしれないけど、これから先もどんどん交わっていくことにはならないと思うから、ちょっと慎重には考えなきゃなと」

――それはパンクの現場に身を置きつつ、インディーの流れも見てる安孫子さんだからこそ判断できることですね。

安孫子「いま好きなものが被ってるところもあると思うんだけど、根本や意味がどうしても違うというか。もちろん、全然拒絶するわけじゃないんです。自分のことで言えば〈みんなを巻き込んで一緒にビッグになろうぜ!〉みたいなノリはサラサラなくて、ただただ一緒に遊んで楽しい人たちと末永く遊べればいいな、というだけでしか本当にないので。そのためには若いバンドがちゃんと出てこないとつまらないし、僕らは意味付けと流れをしっかり確立したい。パンクはいまや絶滅危惧種なので。この感じでインディーって言葉で持ってかれちゃう可能性もあるから」

与田「現象としてはインディーっ子発信のほうが広まりやすいからね」

――いまの話題と関連する話で、『While We're Dead.:The First Year』の冒頭を飾るNOT WONKの“Laughing Nerds And A Wallflower”が、NOT WONKのアルバムに収録されているヴァージョンとミックスが違うじゃないですか。前者がリヴァーブの響きを活かしたインディー・ロックっぽい仕上がりなのに対し、後者は残響の少ないロウなミックスでパンキッシュな印象が強調されている。聴き比べながら〈これはいまのKiliKiliVillaの多面的な魅力を象徴してるな〉と思ったんです。

NOT WONKの2015年作『Laughing Nerds And A Wallflower』収録曲“Laughing Nerds And A Wallflower”

 

安孫子「ほとんどメンバーの意向です。全体の雰囲気が決まった時点から先はメンバーとエンジニアさんで作り込んでいます。アルバムに収録された女の子コーラスが入ったヴァージョンが送られてきたときは驚きましたね。〈後輩の女の子で歌の上手い子がいるから、苫小牧で録ってきます!〉みたいな連絡が来て」

――そうだったんですね。どうしてもこのタイミングで安孫子さんに訊いてみたかったのが、KAKUBARHYTHMの角張渉さんとの関係です。もともと安孫子さんは角張さんとお2人でSTIFFEENをやっていて、近年は開店休業状態だったけど、安孫子さんがKiliKiliVillaを始めたことで正式に活動終了になったんですよね。いま角張さんはKAKUBARHYTHMですごく活躍してますが、安孫子さんはどのように感じていますか?

安孫子「立派になったなぁって(笑)」

与田「そうだよね(笑)。当時を知ってるとなおさらね」

安孫子「とりあえず、ワタルくんには真っ先に相談に行きましたよ」

――やっぱり信頼感はいまでも揺るがないんですね。安孫子さんはいまのKAKUBARHYTHM周辺の音楽はどのように聴いてますか?

安孫子「おもしろいと思いますよ。ああいう立ち位置を確立したのは本当にスゴイと思うし、このままずっと行けたら本当に良い見本になりますよね。意識するところではあるけど、でも関係ないっちゃあ関係ないかもな。アティテュードでパンクが好きというよりは、結局自分は〈パンク・ロックが好きなんだ〉というタイプなので」

与田「よく〈俺はパンクが好きだ〉と言いながら、音楽的にはあるひとつのことにしか固執できなくて〈生き様系〉の人って多いじゃないですか。でも本当に音楽が好きだったらもっと広がるだろうし、線引きは難しいですけどね」

安孫子「オールド・スタイルのパンクばっかりはイヤだけど、かといって違う方向に行きすぎると自分の範疇じゃない。いい塩梅のセンスってのが難しいんですよね」

与田「そこにこだわれるのが、自分たちでレーベルをやっていることの良さだと思いますけどね」

――なるほど。安孫子さんは当時のSTIFFEENでの経験はKiliKiliVillaに活かされてますか?

安孫子「ありますね~。経験というか人脈ですかね。いまの若い子たちから〈聴いてました!〉って言ってもらえるのはひとつの取っ掛かりになるし、あんな遊びみたいなスタンスでやってたのが10数年経って影響力が生まれているんだということにビックリしてて。STIFFEENのラインナップはヴァラエティーに富んでいたし、〈パンク内オールジャンル〉をめざしていたような気がしますね」

STIFFEENからリリースされたFRUITYのコンプリート音源集『SONGS』にも収録されている“SUMMER CAMP”

 

――でも全体的にどこかポップなトーンもあって、おもしろいラインナップでしたよね。

安孫子「自分たちより上の世代が、よりアンダーグラウンドな方向と〈AIR JAM〉的な方向に分かれた、ちょっとピリピリとしてた時代で。その少し年下のわれわれはどこにも行けない感じでした。でも西荻窪のWATTSを中心にしたシーンは、最初は身内ノリでやってたものがいつの間にか噂になって観に来る人も増えて、10年経ってみたら伝説のような扱いになっていますね。WATTSは本当におもしろかったですよ。純粋すぎる遊びのような感覚が良かったんでしょうね」

――安孫子さんはいまもレコードを買ってるんですか?

安孫子「買ってますね~。ほとんど売っちゃってたんですけど、結局レーベルを始めたらまた買わざるを得ないという」」

与田「手放したものをまた買い戻してるの?」

安孫子「本当にそうなんです(笑)。もちろんお金がないので数はだいぶ減りましたけど。気になった新譜はまずチェックするけど、いまレコードは海外の作品でも数百枚の少数プレスが多いから、すぐ買わないと手に入らなくなるんです。それでレコード屋さんに買いに行って、ついでに中古盤を見ると〈俺はいままでこれを何回買ってるんだ?〉っていうレコードを見つけて(笑)。そんなのばっかりですね」

――実店舗もオンラインも両方チェックしてるんですね。

安孫子「そうですね。群馬在住なので実店舗を見る機会は減りましたけど、お店に行ってレコードを買うという行為が好きなんですよね。昔はそういう自分に〈音楽好きっていうよりただのレコード好きなんじゃない?〉って疑問もあったんですけど、こういうご時世になると開き直るというか(笑)。〈俺はレコード屋に行って、レコードを見て買うのが好きなんだ!〉って」

――最近では何が良かったですか?

安孫子「洋楽だったらウォーム・ソーダ『Symbolic Dream』、マクトハーヴェシュカン(Makthaverskan)『Makthaverskan II』、ジェイミーXX『In Colour』なんかをよく聴いてます。コンスタントに良いなという曲やバンドは結構ありましたが、どハマリするまでにはなかなかいかなくて。いまはやっぱり、日本でいろいろな新しい動きや価値観が生まれているのがおもしろいです。カッコ良いバンドが多いですよね。あ、洋楽でフィドラーの“West Coast”のミュージック・ビデオは号泣悶絶レヴェルでめちゃくちゃ最高でした! でもいろいろチェックするけど、年のせいか〈100%ヤラれた!〉みたいな音楽は少なくなったかもしれないです」

ウォーム・ソーダの2015年作『Symbolic Dream』収録曲“Cryin' For A Love”

 

マクトハーヴェシュカンの2014年作『Makthaverskan II』収録曲“Asleep”

 

フィドラーの2015年作『Too』収録曲“West Coast”

 

――ちなみにCDもまだ買いますか?

安孫子「買いますよ」

――配信は?

安孫子「買ってみたこともあるし試聴程度では聴くけど、単純にPCを使いこなせてないからあんまり利用してないですね。YouTubeで音楽を探すのも昔から苦手なんです。どうしてもPCに長く向き合っていられない。情報を得ることが上手くできなくて困ってます(笑)。Apple Music‎なんかも自分とは無縁のものと思えてしまって。自分がそういった掘り方をしないので」

与田「買うのが前提条件だもんね」

安孫子「そういうさまざまなツールがあるのは良いことだろうなとは思いますし、(Apple Music‎の)プレイリストなんて僕らが友達にミックステープを作ってあげる感覚と似てるのかな……でもそういうこととは若干意味合いが違う気もするけど。基本的には世の中の流れに反対するわけでもなくて、いまのところは関係ないって意識で特に何もないですね……いや、あるっちゃ大いにあるか(笑)」

与田「あえてそこへ戦いに行く理由はまだないよね」

安孫子「自分が利用価値を理解したり、反発を覚えるほど身近なものじゃないから」

与田「全部〈モノ〉で持ってるし、とか思っちゃう」

安孫子「時代錯誤な年寄りの意見かもしれないけど、一枚一枚のストーリーや裏話にこそ大切な何かが詰まってるじゃないですか。〈このレコードは3回も再プレスされてるんだ〉とか〈この何年後にドイツで再プレスするんだ〉とか、そういった情報からバンドに想いを馳せることが好きなので。それが音楽を楽しむ神髄だとも思ってます。データでは知ったつもりになっていても、自分にとってはあまり身になっていない気がするんです」

与田「それは意味が違うからね。〈聴いたことがある作品〉と〈自分が好きで持ってる作品〉じゃ全然違う。でも〈好きで持ってる〉ってことが、いまの中学生くらいからどんどんなくなっていくんだろうな」

安孫子「でも、なくなりはしないとも思うんですよね」

与田「そうだね。消えはしないよね」

 

パンクは途切れることなく続いているものだけど、そのなかでもこれからの2年はまた特別な2年間になるんじゃないかな

――KiliKiliVillaのメディアに対するスタンスは、ほかのレーベルとは一線を画している気がしたのですが、何か具体的な方針はあるんですか? 〈ちょっと隠れたところから発信したい〉みたいな温度感も感じたので、正直今回の取材はどうなのかな?っていう懸念もあったんです。

安孫子「いやいや、全然ありがたいですよ! これはレーベルっていうより僕個人の意見ですけど、正直〈うわ、あの媒体にそういう感じで載ってるのダサっ!〉って思っちゃうタイプなんです。興味があれば検索したら情報が出てくる時代だし、実際に何かのハードルをクリアしないと昂揚感は生まれないと思ってて」

――昂揚感ですか。

安孫子「自分がそれを求めていたんだという意思で、何かのきっかけで多少のハードルを超えたもののほうがより大事なものになるというか。宅イチローくんっていう、KiliKiliVilla周辺のアーティストも多く取り上げてくれるAnorak citylightsというブログをやってる子がいるんです。普通にサラリーマンしてるんだけど、ある日〈何かやりたいんです〉みたいなDMが来て、話したら同じような音楽を聴いてきて、同じような体験をしてるんだなっていうのがわかって意気投合して。そういうもので十分だなと思う」

――露出に関してもレーベルのスタンスを崩さずに、自分たちと身近な人たちとのネットワークで展開していくということですね。

安孫子「でもこの1年、ある程度〈こういう感じでできたらいいな〉と思っていたことがほぼイメージ通りに仕込めている手応えがあるなかで、そこだけでやっていくんじゃなくて、そろそろ別の間口もあったほうが良いなと思ってきてはいます。正直ちょっと慎重な部分はあるけど、基本的には単純に興味を持っていただけているならありがたい話でしかないなと」

与田「実はCAR10のリリース以来、各媒体さんから取材の依頼は結構いただいてるんです。でも、あまりにもビジネスの話ばかりが前面に出てくることに少し違和感があったのは正直なところで。編集サイドのパーソナリティーや方針を話してもらったうえでの話ならまだ理解できるんですが、いきなりビジネスの話をされてしまうケースがあれだけ多いと、〈う~ん〉と思い留まっちゃって。自分たちで発信しているのは、取り上げてくれる場所がないから発信しなきゃいけないと思ってやっているんです」

安孫子「本当に興味を持ってもらってる人たちと話したほうが楽しいし。今日みたいにごくあたりまえの感じでやれるのが嬉しいです」

――恐縮です……。

与田「非常に期待してます(笑)。Mikikiさんは媒体としてオールジャンルで扱っているじゃないですか。ジャンルごとの書き手がもう少しパーソナリティーが出てくるともっと人が集まるようになるのかなと。入り口としては大きいし、レヴューもプレス・リリースそのままじゃないオリジナルの文章を掲載するのはいま難しいですよね。でもいま自分から音楽を追いかけて聴いてる人って、ひとつのジャンルで終わるわけじゃないと思うから、そういう部分ではMikikiさんのような間口の広さがあればおもしろさは出せるんじゃないかな」

安孫子「アンダーグラウンドなものも、こうやって取り上げていただいて本当にありがとうございます」

与田「例えばAmazonのカスタマーレヴューがすごくおもしろかったりするじゃないですか。ああいうおもしろさと、しっかりとした内容の読み物を組み合わせたものが出来る可能性がある気がするんですよね。書き手のリアルな思いをぶつけてほしい」

――ありがたいお言葉の数々……精進します!

安孫子「そういえば以前、船越さんが担当した記事で新宿MARZの星原さんの記事があったじゃないですか※」※参考記事:新宿MARZ/人気DJパーティー〈New Action!〉の星原喜一郎が語る、インディー・シーンの現場秘話と新潮流

――はい。

安孫子「あれを引用リツイートで拡散したんですけど、実はそれまでに2~3時間悩んだんです。2点引っ掛かった部分がありまして」

――そうだったんですか……。

安孫子「せっかくの機会だし、お話しておかないとなと思って。最初は夜の移動中にバタバタしながら記事をさらっと読ませていただいて、レーベルを話題のひとつにしていただいてありがたいなーくらいに思っていたのですが、家に帰ってからまた読んだら〈あ、これはダメだ〉と。先方に悪意はないわけですから言い方はちょっと悩みました。でもこれは読み手に非常に不本意な印象を持たれてしまう可能性があったので、対応させていただきました。ひとつは、パンクのシーンがまた盛り上がってきてるという話のなかで、船越さんからの〈昔から連綿と続くシーンとは違うんですか?〉という質問に対して星原さんが〈はい、違います〉と回答してたんです。そこがすごく引っ掛かって」

――あぁ……そこは僕の勉強不足に拠るところが大きいです。これは本当に申し訳ありませんでした。

安孫子「パンクって世代も国も地域も越えてずっと楽しまれているもので、われわれを夢中にさせるとても素晴らしい音楽、文化、歴史、価値観などあらゆる物事を含んでいるものです。その歴史が続いてて、いまや10代から50代くらいまでの人たちが楽しめるひとつのキーワードなんですよね。僕たちも〈そことは別です〉、なんてまったく思っていなくて、むしろいままで数え切れない影響を受けてきたし、その歴史のなかで2014年からレーベルとして参加しているんだという、そういう意識をすごく大事にしてる。だから〈連綿と続くシーンとは違うもの〉と捉えられちゃうと本意ではないな、と感じたんです」

――はい、すごくよく理解できました。

安孫子「もうひとつは、〈次のブーム〉というニュアンスの紹介のされ方について。パンクほどこういう物言いは相応しくない。ずっと途切れることなく続いています。〈現場にいないから知らないだろうけど、ブームになり得るほど(ライヴに)そんなに人は入ってないしなぁ〉って(笑)。ずっと続いてきたカルチャーだから、ブームだとかブームじゃないとか、僕らはそういった括りとは関係ない楽しみ方をしたいと思っているんです」

――よくわかりました。こういった場で本音で話してていただいて……ありがたいお話です。

安孫子「僕も、失礼のないように、かつ自分の意志もしっかり出るような文章で書かなきゃいけないなと思ってたんですが……なんだかすいませんね(笑)」

――いえいえ、本当に感謝しています。確かにコンピにも若いバンドだけじゃなくて、LINKなど上の世代のバンドの曲もちゃんと収録されてますもんね。

安孫子「文脈のごくごく一端にしか過ぎないのですが、そういう時間軸のストーリーがあるものにもしたいという意識があって。しかし現時点では複雑になりすぎないよう、そのコンビネーションはいろいろ考えました。とはいえ、あのコンピの焦点は〈いま〉で、2014年~2015年の空気をわれわれなりの意味付けをしたうえで提示するのがテーマ。〈これが現行のパンクのひとつの形〉と言えるものを見つけたかったんです」

――その芯の部分はしっかり出ているように思います。

安孫子「偏りすぎず、しかしながらファンジンを含めきちんと一本筋が通ったものにしたくて、less than TVの谷ぐち(順)さんやSnuffy Smilesの栄森(陽一)さんという大先輩方にも寄稿をお願いしました」

――音は全然違うけど、チェリー・レッドの名作『Pillows And Prayers』のように、レーベルの美学を一枚のコンピで示そうとしているのかな、と思ったりもして。

安孫子「そうですね。パンクの筋と、パンクと呼んでいい音の幅という部分は意識しましたね。オルタナティヴな意味付けひとつでHomecomingsもパンクに聴こえちゃうとか、そういうことをしたかった。Hi,how are you?もパンクに聴こえる(笑)」

Hi,how are you?の原田晃行による、2015年のRECORD STORE DAYのパフォーマンス動画。『While We're Dead.:The First Year』にも収録されている“それはそれとして”も演奏している

 

――確かに(笑)。

安孫子「パンクを起点と考える歴史そのものを大事にしたかった。いまとなってはその波及の仕方は本当に広範囲だと思います。コテコテで他ジャンルに否定的すぎる人や、またはよくメディアで見かけるスポーティーでオラついたテンションのバンドがパンクだという理解のされ方とか。いまだにそんな感じがあると思うんです。多くのいろいろな特徴を持ったコミュニティーが存在しながら国内外を行き来して、それぞれが変化していくことを、パンクは根こそぎ楽しめるものだと思う。僕自身も2005年~2006年くらいに〈いよいよ本当にパンクに飽きたな〉と思っていたのが、まさかこの歳になってティーンエイジャーに戻ったかのようにドキドキすることになるなんてビックリだし、まだまだずっとこの先も楽しんでいきたいですね」

――最終的には未来への希望が見えるお話になって良かったです。といったあたりで、KiliKiliVillaの今後の展開を教えていただけますでしょうか。

安孫子「とりあえず(9月にリリースされた)killerpassのファースト・アルバム『まわりたくなんかない』は、独特すぎる新しい意味合いも内包した素晴らしい作品です。また、2016年はより意味深い年になるんじゃないかと勝手に思っていて。われわれ周辺に限らず、世の中全体の空気の高まりがそんなことを予感させます。いろいろな布石が2015年にたくさん打たれている気がしますね」

killerpassの2015年作『まわりたくなんかない』収録曲“アイランドインザサン”

 

与田「来年の前半くらいまでで、ちょうど1年前にレーベルをスタートする際に声をかけた人たちがグルッと1周するんです。それとまだ仕込んでる段階だけど、11~12月には〈こんなこともやるんだ!〉っていう別フェイズの仕掛けも用意しています。音楽的な枠も広げられるかもしれない。まぁ基本はパンクという理念の枠には収まるだろうなと思いますが。当分はリリースが続く予定です」

安孫子「〈●●発、平均年齢38歳の●●●パンク・バンド〉という伏兵もいます(笑)」

――ヤバイ(笑)。それは楽しみですね。

安孫子「何だか堅苦しいことも喋ってしまいましたが、硬めから柔らかめまで(笑)、さまざまなおもしろいバンドさんを通して音楽を楽しんでいきたいです」

与田「来年のファンジン付きコンピのパート2も当然あるからね」

――おー!

与田「大変だったんだから、作るの(笑)」

――それは楽しみにしてます! では最後の質問です。パンクはまだ進化すると思いますか?

安孫子「進化しないと思ってたのに、どうやら2014年には進化してたという事実を目の当たりにしたので、これは〈します〉っていう回答でしょうね。想像もしない形で進化するんだろうな」

与田「個人的にはVenus Peterなんかが出てきた頃の雰囲気に近いと思ってるんだよね。あのときも、東京にはフリッパーズ・ギターを中心としたコミュニティーがあって、それと仲の良い関西のグループがいて、みんながそれぞれの地点でギター・ポップやインディー・ダンスを自分たちのやり方で展開していて。当時は〈日本でこんなことができるのか〉と思っていたけど、いまの空気感とすごく似てるんだよね」

安孫子「当時からローカルのシーンはおもしろかったんですか?」

与田「地方のバンドのほうが元気が良くて偉そうだった(笑)。関西のバンドなんかみんなそうで。日本は2000年以降にインディーのあり方が硬直化したんだよね。ポップ・ミュージックとしては大きなマーケットがあるけど、インディーはそこから10年間変わらなかったというか。俺たちの好きなインディーやパンクの感じが10年間は消えてたような気がする。そこで〈もう何もないか〉と思いかけたところで、いまの流れに出会っちゃったから」

安孫子「なるほど~」

与田「日本って結局カルチャーが根付かないことが問題で、例えば渋谷系のような形でその時代のスタイルとしては昇華されるんだけど、そこからローカルのコミュニティーまで浸透して〈みんなバンドを続けました〉みたいな状況にはなってないじゃないですか。でもそろそろカルチャーが根付くような流れを作れるかもしれないと考えていて。空気感こそ当時と似ているけど、それがいまと昔の一番違うところかな」

安孫子「そう思いますね」

与田「インディーズ・ブームだろうがビート・パンクだろうが、いろんなインディーの波があったけど、全部ガーンと行った後に消えて次の波が来るパターンの繰り返しだった。そろそろ違う流れが来てもおかしくないぞと」

安孫子「昔からずっと辞めずに活動を続けている人たちも多くて。対バン形式のライヴだと、ヴェテランのハードコア・バンドと若手が一緒になることも普通というか。パンクのおもしろいところです」

与田「90年代にバンドを始めた人たちは、当時は一番下っ端だったわけじゃん。先輩が〈オラ!〉って理不尽な先輩風を吹かせているのを見て、下の世代に同じようなことはしなかったんだろうね」

安孫子「この間もそういう話になりました(笑)。90年代後半のバンドでヤンキー上がりの人と、そうじゃない人たちの残したもので真っ二つに分かれてる」

与田「縦社会になっちゃうと下が付いてこないけど、そうじゃない人たちが90年代の人たちから多い気がするね」

安孫子「あの、いいですか……やっぱり、パンクは進化しないですね(笑)」

――ここにきて(笑)。

安孫子「結局パンクはそのままの姿でい続けるんじゃないかな」

与田「それがまた熱を帯びて輝く瞬間があるってことだよね」

――その〈瞬間〉が今年から来年にかけて来ると。

安孫子「そんなの長く続くわけないんです。ただ、パンクはずっと続いていくものだけど、そのなかでもこれからの2年はまた特別な2年間になるんじゃないかなと思いますね。僕はくたばるまでずっとやります」