自身の嗜好はそもそもどこにあるのか――? そんな探求の果てに踏み出した新たな一歩は、〈ロック・バンドたる〉覚悟を込めた直球勝負のミディアム・バラード!

 

そもそも好きなものは何か

 しばらく家を離れていた黒猫たちの、およそ3年ぶりのご帰還だ。いや、その間もライヴはやっていたし、ベスト盤『Cans Of Freak Hits』も出した。ヴォーカルの渡辺大知は役者で成功し、ギターの澤竜次はサポート仕事で名を上げた。だが2009年のデビュー時における〈日本のロックを変えるかもしれない恐るべき10代バンド〉という評価は、壁に貼られたまま色褪せつつあった。黒猫チェルシーはどこへ向かうのか? 希望と苦悩がない混ぜになった前作からの3年間について、メンバーはこう振り返る。

 「最初は〈こういうバンドにしよう〉って、コンセプトを作り込んでやってたところもあったんですけど、そこから〈俺らはそもそもどういうものが好きか?〉とか、〈それぞれが一番輝いて見える曲やライヴはどういうものか?〉というものを探してきた、ここ数年だった気がしていて。CDが出せない時期も曲は作ってたんですよ。前のレコード会社と契約終了になった経緯もあって、いろいろ考え直した時期ではありました」(渡辺)。

 3年前のアルバム『HARENTIC ZOO』は、メンバー以外の楽器を多く加え、レゲエやラテン、ニューウェイヴィーなナンバーから歌ものポップスに振り切った曲まで、何でもありの意欲作だった。その後、ベスト盤のリリースをもってこれまでのレーベルとの契約が終了。バンドは新たな突破口を探して、〈それぞれが一番輝いて見える曲やライヴ〉を探し求める日々へ突入してゆく。

 「前のアルバムはいろんなアーティストを呼んで、プロデューサーもがっつり付いて、その作業はものすごくプラスになったので、そこから始まった音楽的探究心は、いまもずっと変わらないです。あの時に攻め込んだことをやったから、演奏にも自信がついたし、次はもっとラフにやろうと思えたんですよね。〈何も考えずに演奏すればいいんじゃない?〉って」(宮田岳、ベース)。

 「個人的に一番大きかったのは、渡辺が朝ドラに出ていって、(劇中バンドの)little voice名義でリリースしたこと。自分たちが何をやるべきか、リリースのない時期には実感できなかったんですけど、little voiceは黒猫チェルシーとは別のものとして、いい意味でラフにできたので。〈ああ、こういう伝わり方をするんだ〉と肌で感じた時に、そんなに気張らなくていいかなと思えたことがすごく大きかった」(岡本啓佑、ドラムス)。

黒猫チェルシー グッバイ ソニー(2016)

直球で勝負したい

 NHK朝の連続テレビ小説「まれ」に出演した渡辺大知が、劇中で組んだ架空のバンド〈little voice〉のシングル『涙のふたり/また会おう-バンドver.-』は、昨年8月にリリース。バンドの状態が上向きになるにつれて制作のスピードは上がり、そのなかから復活第1弾シングル“グッバイ”に収録される3曲“グッバイ”“Teenage Hero”“アンラッキーガール”が生まれることになる。

 「最初に出来たのは“Teenage Hero”。だいぶ変わりましたけど、最初はチャンバワンバみたいなイメージで、元気な感じの曲を作ろうと。“アンラッキーガール”も、明るい感じの曲ですね。そうやってたくさん曲を作るなかで、次に打ち出すものとしてしっくりくるものを詰めていったんですけど、僕個人としてはバラードが歌いたかったんですよ。若い世代のロック・バンドの〈ロック・バラード〉ってあんまり聴かないけど、僕らはそういうものに感動してきたから。それで作ったのが“グッバイ”なんです」(渡辺)。

 アコースティック・ギターを入れたシンプルなバンド・サウンドに、胸がキュンと締め付けられる哀愁のメロディー。歌心を持ったドラムとベース、全編通してむせび泣くリード・ギター、粗削りな面を残した生々しいアンサンブル。“グッバイ”の中には、〈ついに理想のものを見付けた〉という4人の喜びが溢れているように聴こえる。

 「久しぶりのリリースなので、堂々と直球で勝負したいと思ってました。90年代くらいに出てきた先輩バンド、エレファントカシマシウルフルズTHE YELLOW MONKEYとか、みんな〈ロック・バンドたるものは〉という気持ちで勝負していたと思うんですよ。そこに憧れて〈バンドっていいな〉と思ったし、僕らもそういう意識で勝負したいなと」(澤)。

 「キッスで言うと“Hard Luck Woman”みたいな感じ。キッスの中で一番好きな曲なので。RCサクセションだと、“スローバラード”が一番好き。ロックを聴いて、最初に好きになったのはバラードが多いんですよね。そういうものへ挑戦する気持ちはありました。ただ“グッバイ”は未練の歌ではあるんだけど、歌うことで前向きになれるし、〈このあとどんなことが待ってるんやろな〉って、ワクワクする気持ちが伝わったらいいなと思っていて。一歩足を踏み出せた感じは絶対欲しいなと思ってました」(渡辺)。

 歌詞を読むと自然に気付くことがある。夕暮れの電車の中で、大好きだったあの人の面影を追う少年の回想シーン。〈僕は一人きりでもう大丈夫だよ〉と強がりつつ、〈でもあなたが淋しくなったら、いつでもどこかの駅で乗ってきていいからね〉と優しく呼びかける。それは切ないロスト・ラヴストーリーでありながら、黒猫チェルシーの音楽に触れるすべての人々へのメッセージとも受け取れる。

 「バンドで歌ってるとそう聴こえるだろうなって、わかって書いてるところはあります。ラヴソングなんだけど、聴いてると、ふと、バンドのことにも感じたり、中学の時に仲の良かった友達が、高校に行ったら意外と冷たくて、切ない気持ちになったとか、そういうことにも通じるし。そうやって、はみ出せる余地は欲しいなと思ってました」(渡辺)。

 「俺らが持ってる中で、一番柔らかい部分が出た曲。ハードな部分も大好きだけど、これは一番柔らかくて照れ臭いけど、でも大事な部分が一番出たなと思います」(澤)。

 リリース・ツアーは2月から始まり、ファイナルは3月末の東名阪ワンマン・ライヴ。激動の季節を越え、黒猫たちの進撃がふたたび始まる。もう迷い猫になることはないはずだ。

 「もっとみんなを巻き込んで、ライヴに人が増えてほしい。デビューした時よりもいまのほうが、その気持ちが強いかもしれない。カッコイイことやってるのに、なんでもっと客が来ないんだろう?と思ったこともありましたけど、いまは本当に迷いがない。2015年は準備期間で、2016年はCDを出してツアーもやって、何も考えずに突き進んでいきたいです」(澤)。