
2015年にMikikiに掲載されたレヴュー記事のなかで、予想外(失礼!)の高いアクセス数を獲得したのが石指拓朗のファースト・アルバム『緑町』。知る人ぞ知るシンガー・ソングライターながら圧倒的な関心が注がれ、邦楽の2015年の年間レヴュー・アクセス・ランキングでは赤西仁と松田聖子に挟まれる形で7位をマークするとは、ある意味〈事件〉だった。
そんななか、Enjoy Music Club(以下EMC)の初作『FOREVER』の詳細が発表されると、石指の同作への参加が判明。ポップでキャッチーなラップ・グループと滋味深いフォーク・シンガーとが一見結びつかず、ますます興味をそそられた。〈石指拓朗とEMCの関係とは?〉――その答えに迫るべく、Mikikiでは石指拓朗とEMCの対談を企画。MC CLUB(以下C)のみ都合がつかずに惜しくも不参加となったが、石指とEMCのMC ENJOY(以下E)、MC MUSIC(以下M)にあまり語られたことのない各々の音楽経歴からロマンティック(?)な両者の出会い、共通点も多い作り手としての哲学までを、相思相愛ムードたっぷりに語ってもらった。
EMC全員が石指拓朗の音楽を大好きになったんです
石指拓朗「EくんとCくんが小学校の同級生なんだっけ?」
MC ENJOY「そうですね。俺とCが幼馴染みで、CとMは学生のときに一緒に住んでいたんです。俺がよくその家に遊び行ってて、Mとも仲良くなった」
MC MUSIC「Eは高校を中退して高円寺で弾き語りしているというのを聞いて、会う前にはやべえ奴だなと思った」
石指「滅茶苦茶アウトロー(笑)!」
M「でも会っていくうちに普通の人だとわかって仲良くなれた」
E「そのあとMとCがラップにハマったんですよ。2人が〈ラップ最高、ヒップホップ最高〉となって、トラックを作ってくれと言われた。俺も作ったことないのに」
M「僕とCは音楽を作れないから作れる人にやってもらおうとEを頼ったんです」
――それは何年頃ですか?
M「2012年の夏くらいですね。遊び半分で集まってみて、〈まったくできないな〉となって一回諦めた(笑)。コンセプトを詰めようとして結局何もできずに」
石指「ガチガチに固めてからスタートしようとしたんだ?」
M「いまの世の中にないラップをやろうと思ったんですけど……作れなかったですね(笑)」
E「ロクでもないアイデアしか思い浮かばず、次にやったのは冬でしたね。そこで“ラップ道”を録ったんです。トラックは夏の時点ではあったんですよ」
M「そうそう、あのなんだっけ。シェルリ……」
E「シェリル・リンをサンプリングして」
M「思い出野郎AチームやY.I.Mとか、友達で音楽をやっている人が多くて、自分はその近くにいる1人だったんですけど、〈なんかできるっぽい〉みたいな空気があったんです。2012年の末に、思い出野郎が主催する〈SOUL PICNIC〉というイヴェントがあって、そこでジンやアクセサリーなど自分で作ったものをフリマで売っていいですよ、フリマの参加者は入場料が安くなります、みたいな企画があった。ちょうどそのイヴェントの日に僕らも集まってたから、安く入れるように今日売るCDを作ろうとなったんです。とにかく1曲録ろうと。その場でラップ作って録音して、CD-Rに焼いて入場料代わりに持って行って、2枚だけ売った。売り場にいなかったので誰が買ってくれたかはいまだに不明ですね」
E「それが最初にSoundCloudにあげた“EMCのラップ道”」
M「あと大江千里の“格好悪いふられ方”をリミックスした謎の音源もCD-Rに入れてました」
――フリマに出すならジンでも雑貨でもいろいろ選択肢がありそうに思うんですけど、どうして音楽を選んだんですか?
M「2011年くらいからラップをヒュッと始める人が多くなったじゃないですか? “Local Distance”や“徳利からの手紙”とか、どこの馬の骨か知らない人がネット上にアップして、ちょっと話題になっていた。それがそれまで聴いたことのあった日本語ラップよりフレッシュだなと思った。スキルとかよりアイデアで勝負してる感じがなんか大喜利っぽくて、内容の面白さで勝負できるみたいな。みんな音楽をできない人がやっていたから、じゃあ俺でもできるかもと思った。音楽でいちばん敷居の低さを感じたんです。それでCと話して、じゃあちゃんと音楽できる奴が1人いればきっとできるだろうとなったんです」
――石指さんとEMCが出会ったのはいつ頃なんですか?
石指「EMCを結成する前ですね。5、6年前じゃないかな、最初に会ったのはCくんです」
E「石指さんが弾き語りを始めた頃ですか?」
石指「まだ弾き語りじゃないね。その頃はバンドでギター弾いてました。で、バンドで出たイヴェントの打ち上げに行くと、そこにCくんもいたんですよ。その日は打ち上げがすごく中途半端な時間に終わるパターンだったんです」
E「夜の3時とか?」
石指「そうそう。あと1時間くらい待てば始発が来るくらいの時間に終わった。阿佐ヶ谷で解散になって、Cくんは確かそのときに中央線の遠いところに住んでいたんだよね。俺は吉祥寺に住んでいて、Cくんも吉祥寺まで行って漫喫で時間潰して帰ると言っていたから、〈じゃあ一緒に吉祥寺まで歩いて行こうよ〉となったんです。僕もCくんも落語がすごく好きで、打ち上げでも落語の話で盛り上がっていたから、その日が初対面だったけど、落語の話をしながら阿佐ヶ谷から吉祥寺まで歩いた。2時間半くらいかかったな。それから次に会うまではまた2年くらい空くんですけどね。でも次に会ったときもお互い覚えていたからワーワー話せたな」
――初対面のエピソード、ちょっと映画「ビフォア・サンライズ」みたいで素敵ですね。
石指「なんかね、2人で歩いて帰っても話が持ったんですよ。お互い気を遣わずに過ごせた。だって話が続かないと2時間も歩いて帰れないでしょう(笑)」
M「石指さんは誰とでも大丈夫な気がするけど」
石指「いやいや、俺だって打って響かんと話さんよ。響く人じゃないと(笑)。その次に会ったのがEくんですね。彼は僕の弾き語りライヴに来ていたんですよ」
E「三鷹おんがくのじかんですね。僕は石指さんを観に行っていたんですよ」
石指「そこでEくんが話しかけてくれたんですね。そのあとも池袋のオルグとかで何回か会った。そのくらいのときに、彼が銭湯で企画ライヴをして、僕を誘ってくれたんですよ。僕と大森靖子さんとスカートさんと彼という面々でね」
M「豪華だな」
E「でも人は全然入らなくて、ヤバかったすよ」
石指「そんときにCくんとも再会したんだよね。思い返すといろんなことが繋がっているように感じる。その銭湯ライヴから2年が経って『緑町』の発売に至るんですよ、緑町』の ジャケットのイラストを描いてくれた花原(史樹)くんとEMCが一緒に使っている作業場があって、花原くんとの打ち合わせや『緑町』のジャケット制作はほとんどそこでやっていたんです。僕がそこに行くとEMCのメンバーも大体いるんですよね。初めてMくんと会ったのもその作業場だったね」
M「そうですね。でも不思議な縁があったんですよ。高校のときに失恋したことがあって、そのときに先輩が〈音楽を聴いたほうが良い、音楽が失恋の痛みを和らげてくれる〉と50枚くらいCD-Rをくれたんです。スペシャルズとかオシリペンペンズとか入ってましたね。その先輩とはいまも仲良いんですけど、彼が大学のときにバンドを始めて、実はそれが石指さんも在籍してたバンドなんですね」
石指「へー! 作業場でみんなで遊んでいるときに、EくんからEMCの『FOREVER』と『緑町』のリリース日が近いという話もされたんだよね。僕は自分の作業がなくてもその場にいるのが楽しいから、よく自転車で作業場に行ってたんです(笑)」
E「よく来てましたね(笑)」
石指「花原くんとお酒呑んでるうちに、EMCが来てみんなで話をするんだよね。その時間が楽しくて無駄に行っていたんです。そこでEくんから〈こういう曲をやりたいんですけど手伝ってくれないですか?〉という相談が来たんです。僕も〈良いよー〉と即答した。『緑町』の発売前後にはいろいろなところにツアーに行っていて、その日は東北方面のツアーに出る3日前だったんですけど(笑)」
E「その曲が『FOREVER』の1曲目の“ENJOY OPENING”ですね」
石指「もう明日レコーディングすると言うから、僕は家からギター、マンドリン、バンジョー……なにからなにまで家から作業場に運んだ。鈴とか小物もね。ツアーの3日前に相談されて2日前に録音した」
E「無茶なスケジュールでやってくれましたよね」
石指「でも、相談くれたとき〈これはやっとこう〉と思ったんだよね。部室ノリというか楽しいからやる、みたいな。アレンジも聴かせてもらった瞬間に思いついたし、レコーディング自体はさくさく進んだ」
――Eさんが石指さんにお願いしたのはミュージシャンとしての信頼があったからですか?
E「そうですね。30秒くらいのオープニングをこういう曲にしようとなったとき、もうイメージがパッと出てきました。これは石指さんだなと」
M「花原くんが作業場でひたすら石指さんのCDをかけてたんだよね(笑)。それでみんなが大好きになった」
E「石指さんのことはバンド時代から知っていたし、ギターが滅茶苦茶上手いとはずっと思ってました」
石指「昔、EMCの裏設定みたいなこと話してくれたよね?」
E「え? それなんすか」
石指「その時代その時代にEMCは存在した、みたいな」
E「あー、ありましたね(笑)」
石指「〈Enjoy Music Club〉という概念だけあって、第1期EMCは60年代にいて、それはカントリーという形を取っていた。で、僕はEMCの第1期メンバーという設定なんだよね(笑)。第2期はパンクで、そいつらはあんまり人気なかったとか、そういう時代を跨いでミュージックをエンジョイするという概念だけが受け継がれて、現代がラップだったという」
M「サイケ期がどう、みたいなことも言ってましたよね(笑)」
――その設定、最高ですね。
E「俺はずっと疑問だったんですけど、石指さんはバンドではギタリストだったのにどうして弾き語りを始めたんですか?」
石指「俺の音楽原体験はブルーハーツなんです。地元の中古CD屋で〈これ“リンダリンダ”歌ってる人のCDだ〉と思ってファースト・アルバムを買って聴いてみて、〈めっちゃカッコイイ!〉となった」
E「地元はどこなんですか?」
石指「鳥取。最初はベーシストがすごくカッコイイと思って、ベースを買ってもらってブルーハーツをコピーしまくってた。でも親父が昔使っていたギターが家の押入れに2本あったんですよ。それもあって14歳の頃になんとなくギターを始めたんです。でも本格的に音楽活動を始めたわけじゃなくて、ずっと部屋で1人で弾いてました。演奏活動は実家を出るまではずっと同じですね。家でひたすらギターを弾いているだけという」
M「オリジナルも作ってたんですか?」
石指「いや、俺がオリジナルを作ったのは20歳過ぎてからだね。だから耳コピしてた。ただ好きな曲を弾けて楽しいなと思っていた」
E「歌いたいという気持ちもなかったんですか?」
石指「部屋でギターを弾きながら歌ってたけど、古いフォークばっかり歌ってた。フォークのギターは難しいけど楽しいなーとかほんとそんな感じ」
E「東京に出てくるのは何歳のときですか?」
石指「21歳のとき」
M「高校でバンドやったりは?」
石指「全然やってない。部活ばかりしてた」
E「何部ですか?」
石指「バレー。俺キャプテンよ」
EとM「キャプテン!」
M「じゃあ、文化祭で演奏したりは?」
石指「俺はね、高校で軽音部に入ったりバンドやったりしている奴をダサイと思ってたのよ。友達にもギター弾けることを言わんかったしね。〈こいつギター弾けるんだぜ〉〈まあ弾けるけど〉みたいなノリがすごく嫌で。」
M「そのセリフ聞いたことある(笑)」
石指「あるでしょ? 家で遊んでで誰かがギターを弾き出したら、その演奏をみんなが聴かないといけないみたいなのが嫌だったのよ。そんなことよりみんなでワイワイ楽しく話したかったし、そこにギターとか挿みたくなかったんだよね。だから高校3年間は頑として表に出さなかった。ただの明るいスポーツ少年」
M「でも家帰ったらずっと弾いてたんですよね?」
石指「家に帰るとね。めちゃくちゃ田舎だからアンプがフルテン(アンプのツマミをすべて最大値の10にすること)でも全然問題ないんだけど、お婆ちゃんが畑から戻ってくるときに〈1個目の曲がり角で音が聴こえてきたから流石にデカイじゃないか〉と注意された(笑)」
――表と裏の顔を持つ少年だったんですね。
石指「親父のギターが押入れにあったということは、親父も音楽が好きだったということじゃないですか。親父はフォーク・ブーム真っ只中の人だったんですよ。で、親父の手書きの大学ノートが家にあって、それを見たらニューミュージック期の松山千春の曲や伊勢正三の“風”とかのコード進行を手書きでいっぱい書いていたんですね。で、それをコピーすると親父が喜んでくれるんですよね」
M「良いっすねえ。じゃあお父さんには見せてたんですか?」
石指「見せてたというよりは、俺が2階で弾いてるのを親父が1階で聴いている、俺が1階に降りると親父が〈お前ギター上手くなったな〉と言う。そういうやりとり。でも、それが嬉しくてね」
E「良い話だなぁ」
石指「だからフォークの入り口は親父の手書きのノート。そこから掘り下げていって岡林信康や高田渡、泉谷しげるなどに辿り着いた。聴いてて笑えるコミック・フォークもすごく好きでしたね」
――その当時はネットで音楽を聴く機会もまだなかったように思うんですけど、どうやってフォークを掘っていったんですか?
石指「うちはパソコンもなかったし、いまみたいにスマホもないですしね。ネットができるところで、フォークを紹介しているブログや記事をひたすら読んで、歌手名をメモしてました。ガッツリ探し出したのは、実家を出てからです。当時流行ってたものも聴いてましたよ。GOING STEADYやMONGOL800、Hi-STANDARDやSNAIL LAMPとか。でもバンドは一切やってなかった。音楽活動をスタートしたのは上京してからですね」
M「どういう心境で上京されたんですか?」
石指「東京に行くきっかけは、友達が上京するって言うから〈じゃあ俺も〉と付いていっただけ。でも、そこで〈音楽やろうかなー〉と思って弾き語りを始めてみたんです。すぐ挫折したんですけど。人前で歌う、緊張する、持ち時間30分あるけどまだ5分しか経ってない……みたいなね。もう心が持たないし向いてねえなと思って、自分で歌うのは辞めたんです。それで弾き語りからバンドに移りました。九龍ジョーさんとその頃初めて会ったんですけど、すげえショックなこと言われたな。いま思うとそんなに気にする必要なかったけど、まだ若かったし、信頼する大人に言われたことは100%正解に思えたから」
E「なんて言われたんですか?」
石指「〈歌った瞬間に空気が変わらない〉と言われた」
EとM「キツイっすね(笑)」
石指「当時はね。プレイヤーに専念したほうが良いのかなと思って、いろいろなバンドに入ってました。20代半ば頃、4年前くらいにもう1回弾き語りでやってみてやっぱりダメだと思ったら音楽辞めようと思い直して、弾き語りでの活動を再スタートしたんです。才能の有無じゃなくて、自分の心がめげたら辞めようと決めた。すでに1回めげてるくせにね。最初は修行のようでしたけど、やっていたら楽しくなってきたんです。いまでも〈心が折れるまではやろう〉というスタンスは変わってないですね。別に覚悟を決めて音楽をやろうというわけではなく、折れない限りはやるし折れたら辞める、という」
EMCの『FOREVER』を聴いてフォークとヒップホップの共通点に気付いたんです
――そうしたなかで昨年、初作『緑町』を作ったことは、なにかに後押しされることがあったんですか?
石指「『緑町』の前に弾き語りのCD-Rを3枚作っていたんですね。そのなかの評判の良い曲や気に入っている曲をさらにアレンジしてみようと考えたんです。で、アレンジをし直して録りはじめたら、こんなにがんばってるんだし、これはフル・アルバムにせんと損だなと思った。どっかのレーベルから出そうという気持ちはなく、そういうオファーもないから、じゃあもう自分で出そうと。そういう流れですね」
E「アルバムの録音方法はどこで学んだんですか?」
石指「『緑町』でやりたかったことは、昔のフォーク・シンガーはこういう音源を作っていたよなと思える作品を作ることだったのよ。だから、気持ちとしてはコピーしまくってたときと同じなんだよね」
M「具体的にイメージしていた作品はあるんですか?」
石指「どれか1つというより、イメージの寄せ集めという感じかな。ファーストのコンセプトは〈生活〉なんですけど、そこに寄せつつ、自分が好きな作品に近付けていった」
E「『緑町』の録音はカセットMTRですよね? なんでデジタルにしなかったんですか?」
石指「理由は大きく2つあって、まずはカセットのほうが目に見えるということ。音が入っているところが見えるでしょ? もう1つは大きい音で再生したときに奥行きやダイナミクスが違うんですよね。まあ、モノとしてもカセットMTRが好きで、お気に入りのを持っていたので、じゃあこいつでアルバムを作ろうと決めたんです。実際録ってみると自分の好みの音に出来た」
E「アナログの温かい音になってますよね」
石指「特に大きい音で再生すると良いんだよね」
E「デジタルだとすぐに修正できるじゃないですか? テープのほうが大変ですよね」
石指「カセットテープはシビアだからね。録音しながらいろいろテクを学んでいった。例えばテープが伸びて少しだけピッチが変わったときにどうすればいいかとかね。いろいろ裏ワザみたいなもんがあるのよ」
E「俺もアナログは好きなんですけど、EMCは完全にデジタルなんですよね。パソコンと録音インターフェイスとマイクがあればどこでもできちゃう」
――石指さんは今回、演奏も録音も全部1人でされてますよね。人に手伝ってもらったりゲストで演奏してもらったりはせず、自分だけで完結させようとした意図は?
石指「確かにいろいろな人と作業したほうが広がりは出るんです。でも自分がいろいろバンドをやっていたという経験にも基づくんですけど、いちいち揉めてらんねえなと思ったんです。『緑町』は関わっている人が4人だけなんですよ。録音・演奏を全部やっている僕、ミックスしてくれたKensummer、デザインが花原史樹くん、で、写真は僕の彼女なんです。とにかく最少人数でやりたかったんですよ。ややこしいことを抜きに進められるために、ミックスもデザインも自分が100%気兼ねなく話せて、かつ信頼している人に頼んだんです」
――逆にEMCの『FOREVER』は石指さんを筆頭に思い出野郎Aチーム、Homecomingsなどゲストも多いですし、石指さんとは違う方法論で制作されてますよね?

E「まず俺らは曲を作る段階から3人でいろいろ話しますからね」
M「雑談からスタートする」
石指「最初にSoundCloudにアップされた“ラップ道"と今回のアルバムのヴァージョンを比べるとやっぱり違うよね。今回のほうがみんなの息が合ってるし、声の張りも違う」
M「最初はもう恥ずかしくて」
E「部屋の電気を消して録ったね」
石指「“BIG LOVE”の〈味噌汁が旨い〉のところ、SoundCloudの音源ではMくんが言ってるけど『FOREVER』だとCくんが言ってるんだね」
EとM「ハハハ(笑)。よく聴いてますね」
石指「めっちゃ聴いてるよ! 昨日“BIGLOVE”を昨日電車で聴いてて泣きそうになっちゃった」
――石指さんは『FOREVER』全体にはどんな感想を持たれました?
石指「まず言えるのは、めっちゃ元気が出るということ。楽しいよね。最近は音楽でもお笑いでも〈病んでる〉アプローチが多い気がするんです。ちょっとヤバイ、陰のある奴が人気になるというか。そのなかでEMCは〈楽しいことは正しい〉とEnjoy Music Clubという名前からして伝えていますよね。その強さがある気がします。音楽やるのは楽しいじゃんというスタンスに説得力がある。それがいまは貴重な気がするんですよ」
E「嬉しいです」
石指「あとEMCは3人で集まることのカッコ良さがあるんですよ。バンドでも、この4人でいるからカッコイイみたいな人たちがいるじゃないですか? 集まって音楽やることの意味ってそこですよね。EMCもそんな感じがするな。絵になる」
――石指さんの感じるEMCが持つ〈楽しいことは正しい〉という説得力は彼らのどういうところから出てるんだと思いますか?
石指「なによりいちばんは3人が楽しそうだからですよね。それぞれの個性も立ってますし、一緒に話してても役割分担がある気がします。Eくんは好きなときに話すし、Cくんは何も気にしていないし、Mくんは気を遣うし(笑)」
M「たまにほかのラップ・グループで仲が良くないという話を聞くと衝撃なんですよ。どうしてできんの?と思う」
石指「3人が仲良いから、俺も混ざるのが楽しくて遊びに行ってしまいますしね。あとは等身大ということ。歌詞とか普通の会話でもそうですけど、自分の身の丈に合ってない内容を歌われたり話されたりすると、すぐ不相応だなとわかるし、聴いているほうも恥ずかしくなるじゃないですか。EMCの音楽は、全部スッと入ってくるし、不自然じゃないんですよね。楽しさの説得力もそこじゃないかな。3人が本心で歌っているんですよ」
M「普段使ってる言葉でラップを書こうとは話しています」
石指「〈パルム、ピザポテト、コーラ〉」
M「そのときにあったものを言ってるだけ」
一同「ハハハ(笑)!」
――普段使っている言葉で歌われることによって、いま生きている人の音楽という印象が強まる気がします。〈マッドマックスとアベンジャーズ〉とか。2015年にリリースされたCDなんだなとわかる。
M「作詞家のなかには、〈現代を表す言葉を使っちゃうと将来懐メロになっちゃうから使わない〉と言ってる人と、逆に〈あえて時代を表す言葉を入れてポップソングにする〉と言ってる人がいますよね。俺は後者のほうがカッコイイと思ったんです。時代感のあるほうがイケてるなと。それで歌詞には〈いま〉のことを入れようとなり、コンビニに糖質制限の商品が増えてきたねとか、そういうことを入れようと話して作ったんです」
E「それって石指さんの歌詞にも感じるんですよね。石指さんの歌を聴いていると、石指さんが喋っているのを聴いているような気になる」
石指「昔のフォークはコードのCとFだけ、DとGだけで曲を作っていたりとか、発想は完全にヒップホップのトラックと一緒なんですよね。ポエムとギターで始まってコードをずっとループさせてサビで印象的なメロディーが乗るという形式はすごくラップと似てますよ」
E「どちらもブルースが原点にあるんでしょうね」
石指「フォークもギターをトラックとして使ってるんだよね。EMCのアルバムを聴いててそれに気付いた」
EとM「なるほど!」
石指「さっきのMくんの固有名詞の話を聞いて思ったんですけど、俺はいつの時代にも同じような奴はおると思うんですよ。例えば俺が60年代や80年代のフォークを聴いても、どの時代の音楽にも俺みたいな奴いますからね。自分みたいな奴は絶対いつもいて、自分が歌ってるような歌を歌ってるシンガーもおるんです。それを聴くか聴かないかはその時々にアンテナを張ってる人がいるかいないかで、もしかしたら30年後、40年後に俺を見つけてくれる人がいるかもしれない。だから固有名詞って全然大した問題じゃないよね。それで古くなるということはたぶんなくて、いつの時代にも同じような奴がおるけん、自分がわかる言葉で歌おうと思う。いまの時代だったらInstagramやTwitter、SNSとか、永久には使われなさそうな単語を使ったっていい。それはただの記号なんですよね。何十年後かに聴いた人の生活にもインスタと同じような何かはあると思う。僕はそう思ってアルバムを作ってましたね」
――自分のなかからスッと出てきた言葉なら、現代語であっても、時代に縛られない耐久性を音楽に加えるんじゃないかということですよね。石指さんはさまざまな時代のフォークに精通していると思うんですけど、その古き良きフォークをなぞってる感じはまったくしません。
E「あー、そうですね」
M「まったくないです」
石指「へぇ、そうですか!」
M「最新の音楽として聴いてます」
石指「オリジナリティーはゼロだと思うんですけどね。本当に真似してるだけですもん」
E「そういう感じはないですよ」
――石指さんもEMCもいまの時代に暮らしている人の作る音楽という印象です。
石指「Mくんが言っていた、斬新なラップをやろうという切り口は意外でしたね。もっとルーツっぽい、それこそスチャダラパー的なスタイルをめざしてるような気がしていた」
M「スチャダラはすごく好きだけど、根っこの部分では違うと思っていますね。スチャダラパーはちゃんとヒップホップだと思います」
――ちなみにEMCが表現するうえでNGにしていることは?
E「ネガティヴなことはしない、入れないってことですね」
M「そんくらいかな」
E「あと他人の悪口を言わない(笑)」
石指「“あなたの悪口、言うのやめます”(『緑町』の収録曲)」
一同「ハハハ(笑)!」
石指「フォークは暗かったり斜に構えてたりする音楽だと思うんです。社会のはみ出し者の音楽。でもEMCから〈楽しいことが正解だ〉と両手を挙げても言われて僕は嫌じゃないんですよね」
――〈ネガティヴなことを言わない〉という姿勢の面で共感できる存在はいますか?
E「うーん」
M「単純に希望が湧く音楽が良いと思ってるんですよ。聴いてて明日がんばろうと思えるほうが健康的だなと。漠然とそういうことは考えてますね」
E「この名前がまず決まったこともデカイですよね。〈Enjoy Music Club〉と名乗ってる以上は、楽しさ以外は〈ギリギリ切ない〉くらい、それ以上先には行かないようにしている」
――石指さんには表現面でのNGはありますか?
E「フォークも漠然と見えないルールみたいなものがありますよね」
石指「あるよね。でも僕は1人ですからね。このコードはダサイとかそういう自分の判断基準はありますけど、自分は真似をしているだけなんです。こんなんをやりたいな、というのがスタートだから、ゼロから生み出したものは何もないんです」
E「音楽はそうなりますよね。いままで聴いてきたもの見てきたものが出る」
石指「自分が聴いてきたものを次の人に渡したいという感覚です」
――EさんとMさんは、石指さんの音楽のどのあたりに彼らしさをもっとも感じますか?
M「俺は歌詞ですね。とにかく歌詞がすごいと思います。石指さんの喋りのようでもあり物語でもあるし、日常を描いているだけというふうには全然思わない。生活を歌った音楽だけど、〈生活〉をテーマにしたファンタジーのような気がします。“最寄りのコンビニ、夜になったら閉まるねやんか”とか素晴らしいですよね。石指さんはどうやって歌詞を書いてるんですか?」
石指「さっき話したフォークとラップの共通点、それは歌詞への接し方でも似てると思うんです。両方とも詩を楽しむ音楽でもあるんですよ。言葉から歌のバックグラウンドを想像していく。語尾が一つ違っても印象は変わりますし、〈なんとかさ〉と〈なんとかだ〉で印象違いますよね。あと人称を使わないことによって広がりが出ることもあります。散文的な歌詞もあるし、〈鼻でとうもろこしをかじっている〉(友部正人“トーキング自動車レースブルース”)みたいに、ない言葉を発明する歌詞もある。読む人が言葉の後ろにあるものを想像するのが詩だと思います」
M「石指さんの歌詞は〈乗換面倒臭いやんか〉という一行でその人がどういう人なのか浮かんでくる。すごい描写力だなと思うんです。本当に感動しますよ」
――そのキャラクターを取り巻く世界とか辿ってきた歴史を匂わせてくれる歌詞は魅力的ですよね。
石指「ね! 一文だけでバックグラウンドを伝える歌詞ってありますよね。それもラップのパンチラインと一緒じゃないですかね。一文でそれ以上のことが入ってくる」
M「石指さんの歌詞は聴き取りやすいところも良いですよね」
――EMCの歌詞も聴き取りやすいですよ。
石指「聴き取りやすい!」
M「アメリカのラップを模したフロウみたいなカッコイイものは、僕らがやることではないなと思っています。普通の言葉で勝負しようと」
E「そもそもできないしね」
M「だね。ダサくなるよね。日本一ダサイ音楽になるよね(笑)」
E「1回そういうトラックも作ったよね」
M「銃声や野犬の鳴き声を採り入れたやつでトライしたこともあるんですが、ダメでした」
石指「EMCの制作はトラックからなんだね。僕は大体曲からなんですよ。鼻歌とかじゃなくてギターで歌のメロディーを作るんです。そのメロディーに合わせて口ずさんでみて、いちばん舌触りの良い言葉を軸に歌詞を作るんです」
E「EMCのサビは他の2人が書いて持ってくるんで、俺は違和感しかないときもあるんですよ。ただ俺の思ってた母音のイメージとは全然違っても、ハメてしばらくミックスしながら聴いているうちに馴染んでくる。1人で作ってたら石指さんと同じ方法になると思うな」
M「ちなみに石指さんは『緑町』を出すにあたってCD以外の選択肢はありました?」
石指「うーん」
M「僕らは最初どうしようかはすごく考えたんです。いまの時代にCDというオワコンかもしれないもので出すべきなのかとか」
E「考えてたね」
M「でも最終的にCDにしたのは、デザイナーからCDにブックレットが付いているのはいまの時代だけだと思うと言われたのと、Eがやっぱり〈モノ〉を作りたいと言ったのが大きかった」
E「逆にCDが良いな、と思うようになってきたんですよね」
石指「俺はむしろCDしか思いつかなかったな。配信だけなんて考えもしなかったし、フォークが好きだからレコードで、というのもカブれてるなという気がしたから普通にしていたい感じ。それでCDを出した」
M「実はCDケースのトレイの下にボーナス曲を入手できるリンクを忍ばせているんです。アルバムが発売して以降のことをテーマに作った曲で、そうした曲がCDの最後の曲としてボートラになっていたら新しいんじゃないかと思った。でも、発売1か月後に発表したら、誰も気付いてないみたいで全然ダウンロードされてないんです(笑)。買ってくださった方はトレイを外してみてください!」
――ゴスペル的な昂揚感のあるスウィート・ソウル・ナンバーで最高でした! この記事が告知にもなって良かったです(笑)。では、最後に両者の2016年の活動指針を教えてください。
石指「今年も1枚アルバムを出したいですね。音源制作に時間を割きたいからライヴは少し減らすかもしれません。1人だから好きなとき、気分が乗っているときに作れるので、長いスパンで取り組みたいなと」
M「バンド編成でライヴしたりは?」
石指「いや、バンドはたぶんまだ無理だろうな。とりあえず3枚目までは1人でやろうと思ってる」
――EMCはどうですか?
M「うーん。無理をしない……ですかね」
一同「ハハハ(笑)!」
石指「俺もそれが良いな。それで!」
★石指拓朗からのお知らせ
ライヴの予定
2月26日(金)東京・高円寺 U-hA
3月11日(金)東京・吉祥寺 曼荼羅
4月23日(土)東京・上野 水上野外音楽堂
★Enjoy Music Clubからのお知らせ
〈SOUL PICNIC 番外編〉『ミラーボールの神様 EP』 Release Party
日時:会場/3月12日(土)東京・代官山LOOP
ライヴ:思い出野郎Aチーム、EMCと思い出野郎、思い出野郎Aチーム with asuka ando
DJ:ミラーボールの神様
開場/開演:18:30/19:30
料金: 2,800円(前売)/3,300円(当日)
「4月は名古屋、京都、広島行きます! 夏にはやりますイヴェント! 詳しくはサイトをチェックしてください!! http://enjoymusicclub.tumblr.com/」
