イメージや偏見を引っくり返す〈いい音楽〉――華やかな理想とまだ咲けない現実、その狭間で牙を研ぐ男の自問自答をリリカルに投影した起承転結の物語とは?

 MCバトルを題材にしたTV番組「フリースタイルダンジョン」に第1回チャレンジャーとして出演したのをはじめ、鎖GROUPが企画する〈9sari BATTLE LEAGUE〉を制し、〈UMB〉東京予選ではMC漢を下すなど、昨年はこれまでにも増してバトルを通じて存在を知らしめてきたDragon One。だが、その一方で彼はひたすらに2年越しのセカンド・アルバム制作に打ち込んでいた。ふたたび盟友ともいうべきKensyu“Bigo”Kobayashiが総合プロデュースする形で制作されたアルバムは、その名も『掌ノ蕾。』。

Dragon One 掌ノ蕾。 forte(2016)

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 「自分を花に喩えたら、もう芽じゃないけど咲けてもない蕾の状態。俺と同じような境遇の人が絶対いるだろうし、全然興味ない人にも、こういう生き方してるんだって知ってもらいたかった」(Dragon One)。

 互いにトラックとリリックを二度、三度と作り直しては往復を繰り返し、満足いくまで曲を録り続けたという本作は、監督・Bigo、主演・Dragon Oneの自伝映画をイメージして作られたもの。本人いわく「普段言わないこと、悶々としてる思いを全部込めた」末のアルバムには、現実と夢に引き裂かれて葛藤するDragon Oneの自問自答が、嘘偽りなく映し出されている。

 「ホント、自問自答をし続けた感じですよね。俺の思想が全部詰まってるっていうか、俺の哲学みたいになってますね、アルバム自体が。そこまで詰めたから時間もかかったし、自分の人生を表現できてる内容に行くまで2人でたくさん話し合った。テーマからちょっと脱線してたりするラインには、Bigoから〈もっと表現を煮詰められるんじゃない?〉みたいなことをチクチク言われたり(笑)」(Dragon One)。

 「Dragon Oneのラップのスキル自体は日本でも5本の指に入ると思ってるんで、ラップに関しては基本的にあんまり言ってなくて、口出ししたのはリリックですね。ただでさえラップは情報量が多くなるのに、一曲のなかでテーマが広がっちゃうと何を言ってるかわかんなくなるから、極力テーマの絞れたバッチリなリリックを書いてもらって、それに合わせて音を足したり引いたり、アレンジしていきました」(Bigo)。

 「フリースタイル感覚」で曲作りに臨んだ前作『FORTIS』から、「内面をさらけ出した」本作へ。持ち前のスキルは畳み掛けるラップとライミングに残しつつも、よりシンプルに言葉を届かせることに重きを置いた今作での語り口は、Dragon One言うところの〈等身大〉の賜物。それに合わせて、サウンドもいわゆるヒップホップ的なビートの立ち以上にドラマティックなアレンジや叙情性を湛え、より細やかで〈音楽的〉なものになっている。前作からの2年余りを2分3秒のインストで表現した“回想”から、夢みる成功の姿を時給労働の現実に引き戻すペンが日本語ラップのシーンにも及ぶ“希望”を経て、病んだ世相に我が身をダブらせる“醜態”では、緻密なサウンドとラップが張り詰めたムードを共有する。さらに、アーティストとしての自身が日々の生活に削られる葛藤を淡々とした音で際立たせる“輪舞曲”……「言ってしまえば、最初っから明るいアルバムにならないことはわかってた」とBigoが笑うアルバムは絶望と紙一重だが、そこにも救いはある。Dragon Oneが「アルバムで一番ポップな、俺と同じようにもがいてる人への応援歌」と語る“虹”は、このストーリーに光を差す一曲だろう。ほぼピアノ一本に近いビートレスなトラックは、ひたむきな主役の語りをエモーショナルかつポジティヴなものへと昇華し、ラストの“孵化”で未来に向けてアグレッシヴに飛躍させていく。

 「最後には光を残したい。っていうか、それがないと音楽なんてできない」(Bigo)。

 「いろんな葛藤、自問自答を繰り返したうえで明るい未来が待っている、明るい未来を作ろうっていう流れのアルバムになってると思います」(Dragon One)。

 “虹”と“孵化”の間に挟まって、心温まるバンド・サウンド調の意匠で亡き祖父に宛てた“釋穏正”もまた、2人がアルバムで表現した「映画のような起承転結」(Dragon One)の結末を、溢れ出る音と感情で支えている。そのようにシンプルに心に響く今回の『掌ノ蕾。』は、ヒップホップである前に、「いい音楽を作ってシーンをひっくり返したい」という2人の思いを形にしたものに他ならない。そしてそれは、彼らをforteに誘った張本人で、本作に唯一客演で参加している灰色デ・ロッシと共有する意識でもあるだろう。その共演曲“Five Year Plan”ではDragon Oneの描く5年計画が、灰色の描く5年後の輝かしいヴィジョンと繋げられる。

 「俺はギャングスタでもボンボンでもないけど、こんなリアルなことが言える。普段ヒップホップを聴かないような人も気に入る曲が絶対入ってて、ビートだけ聴いてもハンパないし、バトルきっかけで俺を知ってくれた人も印象が変わると思います。俺とBigo君の2年間の集大成が詰まったアルバムになってるんで、先の動きも含めてチェックしてほしいです」(Dragon One)。

Dragon Oneの2014年作『FORTIS』収録曲“再生”