photo by Mathieu Bitton

 

天真爛漫。フレンドリーで、ケラケラとよく笑い、会う人を明るい気持ちにさせる女性だ。ブルー・ノートが大型新人として送り出すテネシー州ナッシュビル出身の27歳、キャンディス・スプリングス。ピアノを弾きながら落ち着きと深みを持ったジャズ傾向の曲を歌うシンガー・ソングライターでありながら、南部の陽光と音楽をいっぱい浴びて伸び伸び育ったのであろうことがよくわかる明るさもまた魅力で、すぐに多くの人を惹きつけるだろうなと思わせる。ノラ・ジョーンズの初作『Come Away With Me』(2002年)を聴いてピアノ弾き語りのスタイルに目覚め、デビュー後すぐにプリンスに気に入られて交流を持つ――そんな興味深いストーリーも効果的に働き、7月1日リリースのファースト・アルバム『Soul Eyes』の成功に期待がかかる。去る5月に初来日して関係者向けの弾き語りコンヴェンション・ライヴを行った彼女だが、中低音の豊かさを活かしたソウルフルな口当たりの歌唱と共に、やはりそのキラキラしたオーラの放ち方が印象に残ったものだ。デビューに至る背景や名匠ラリー・クラインをプロデューサーに迎えた初アルバムについてのことに加え、プリンスとの思い出話も訊いてみた。

★キャンディス・スプリングスの経歴を紹介したコラムはこちら

KANDACE SPRINGS Soul Eyes Blue Note/ユニバーサル(2016)

ナッシュヴィルの土壌とノラ・ジョーンズに影響された、音楽家としての歩み

――いいですねぇ、その鳥の巣ヘア。

「あははは。サンキュー!」

――いつからその髪型なんですか?

「生まれたときからよ、というのはもちろん冗談で(笑)。4年前くらいからかな。それまではブレイズにしてたんだけど、いまのほうが全然いいってみんなに言われるわ」

――まずはバックグラウンドについて訊かせてください。出身はナッシュヴィルだそうですが、音楽都市と呼ばれるその町で生まれ育ったことは、いまのあなたにどのように影響していると思いますか?

「ナッシュヴィルではいつもそこら中でいろんな人たちが演奏しているし、〈ソングライターズ・ナイト〉というオリジナル曲限定のライヴ・イヴェントが日常的に行われていたりもするのね。あと、ホテルのラウンジでもバンドが入って演奏していたりして、それも誰もが気軽に観に行ける。私も10代の頃からそういうのをよく観に行ってたし、ブルー・ノートと契約する前は私自身もホテルのラウンジで歌っていたの。そういった影響はあるでしょうね」

――ホテルのラウンジでは、やっぱりジャズ・スタンダードなんかを歌っていたわけですか?

「ええ。カントリーを聴けるんじゃないかと思って来る人が多かったけど、私はジャジーな曲やソウルを歌っていたので、結構驚かれたりしたわ。もともとそのホテルの駐車場で働いていたんだけど、夜はラウンジでピアノを弾いて歌うようになって。たまに気付かれて、〈あれ?  キミ、昨夜ラウンジで歌ってた娘だよね?〉って駐車場で言われたり(笑)」

――こうして話していても感じるんですが、大らかだし、とてもフレンドリーな性格のようですね。それは生まれ育ったナッシュヴィルの環境からくるものなんですかね? ほら、ナッシュヴィルは穏やかでいい人ばかりだって言うじゃないですか。

「ああ、そうね。ナッシュヴィルはアメリカのなかでも〈いい人が住んでる町ランキング〉の上位に必ず入るところで。サザン・ホスピタリティーという南部特有のおもてなしの文化が根付いてるし、本当にみんな優しいの。私もよく〈なんでそんなにいい人なの?〉なんて訊かれたりする。まあ、音楽業界には感じ悪い人とか失礼な人とかもいるものね(笑)」

――いまはどこに住んでるんですか?

「ナッシュヴィルよ。デビュー前にNYに住んでいた時期もあるし、LAに住んだこともあるんだけど、いま言ったような理由から戻ったの」

――お父さんもミュージシャンだそうですね。

「父はスキャット・スプリングスという名前のソウル・シンガーで、30年くらいソウルやブルースのシーンで活躍しているわ。私は父の影響でニーナ・シモンアレサ・フランクリンロバータ・フラックスティーヴィー・ワンダーシャーデーなんかを好きになったのよ」

※ナッシュヴィルを拠点に、チャカ・カーンアレサ・フランクリンパティ・ラベルドナ・サマーらのバックでも歌ってきたセッション系シンガーで、リーダー・アルバムもいくつか出している

――13歳のときにそのお父さんからノラ・ジョーンズの『Come Away With Me』を贈られ、それがきっかけで自作の曲を弾き語るスタイルに目覚めたとか。

「そう。あのアルバムは私にとって大きかったわ。オールド・スクールの人じゃなくて、いまを生きる女性がああいう曲をああいうふうにピアノを弾いて歌っているという、そのインパクト。私は10歳でピアノをちゃんと弾きはじめて、ピアノ・プレイヤーになりたいと思っていたんだけど、ノラのデビュー作の最後に収められた“The Nearness Of You”(ホーギー・カーマイケル作曲のスタンダード)を聴いて〈(自分でも)歌いたい!〉と思うようになったの。父にも〈声というのは人の琴線に触れることのできる、もっともパワフルな楽器なんだ。歌いなさい〉と言われてね」

『Come Away With Me』収録曲“The Nearness Of You”

 

――ノラとあなたは、いまやレーベルメイトでもあるわけですが。

「夢が叶ったって感じ!」

――ノラと会ったことは?

「彼女がブルックリンでパフォーマンスしたあと、バックステージで会えた。あと、マンハッタンでランチしたこともあるの。とても謙虚だし、気さくな人ね。〈こんなにおもしろい人なんだぁ〉と思ったわ」

――気さくだし、音楽業界のこととかにはまるで興味を持たない人ですよね。

「そう。そこがいいのよ。リアルな感じがするのよね」

――そんなノラは作品ごとに大胆に音楽性を変えていく人で、デビュー当時はピアノを弾いてジャジーな曲を歌っていましたが、ある時期からはギターでオルタナティヴな曲を演奏するようになりました。あなたもそうやってスタイルを変えていきたいと思います?

「うん。彼女がいろんな面を見せてくれるのはとても刺激的だし、私もそうやってキャリアを重ねていきたい。私のデビューEP(2014年の『Kandace Springs』)はわりとヒップホップ寄りのサウンドだったけど、今回のアルバムはもっとジャジー。両方を見せることができて良かったと思ってるわ」

『Kandace Springs』収録曲“West Coast”

 

――ブルー・ノートとの契約のきっかけは、LAのキャピトル・レコーズ・タワーで行なわれたドン・ウォズ主催のオーディションだったとか。そこでボニー・レイットの“I Can’t Make You Love Me”を歌ってドン・ウォズの心を奪ったそうですね。それまで彼に会ったことは?

「なかったわ。もちろんどういう人かは知ってたから、ドン・ウォズのオーディションを受けられると聞いたときは〈よし!〉って感じだったけどね。彼はお馴染みの帽子を被って、眼鏡をかけて、裸足でそこにいた。あの人、いつも裸足なのよ(笑)。それで“I Can’t Make You Love Me”を歌い終わったら、〈いままで聴いたこの曲の歌唱のなかでもベストの部類に入る〉って褒めてくれて。それからまもなくしてブルー・ノートと契約することができたわけなの。でも実は私、この曲をプロデュースしたのがドン・ウォズだって知らなかったのよ」

――ええっ?! ボニー・レイットとドン・ウォズの関係を当然知っていて、その曲を選んだんだと思ってましたが。

「違うのよ~。あとから彼がプロデュースした曲だと聞かされてビックリしたの。もう、私ったらバカじゃないかと思って。美しい曲だから選んだだけなんだけど、そうと知ってたらもっと緊張したでしょうね。でも気に入ってもらえて良かった。彼は私のアレンジも気に入ってくれたみたい」

ボニー・レイットの91年作『Luck Of The Draw』収録曲“I Can’t Make You Love Me”。ジョージ・マイケルアデルのカヴァーも有名

 

 

Just taped One Mic, One Take at the Capitol Records building today! Playin on Nat King Cole's piano Don Was on bass #honored

Kandace Springsさん(@kandacesprings)が投稿した写真 -

キャンディスとドン・ウォズの2ショット

 

自分を表現できるサウンドを見つけた『Soul Eyes』の制作

――ブルー・ノートと契約して、最初のEP『Kandace Springs』がリリースされたときも、僕はすぐに購入して聴いたんですが、さっき言ってたように今回のアルバムとはだいぶ違った音楽性でした。1曲目の“Love Got In The Way”なんて、ヒップホップ的なトラックに乗せて太いヴォーカルを聴かせるファンキーでロッキンなソウル曲でしたし。あの頃はそういうものを志向していたわけですか?

「いまでもああいうのは大好きよ。あの曲は最近のショウでも演奏してるし、みんなも気に入ってくれてるから、封印する気なんてまったくないわ」

――良かった。僕もあの曲、好きなんですよ。

「イェーイ! プリンスも好きだって言ってたわ」

ダリル・ホールと共演した“Love Got In The Way”のスタジオ・ライヴ映像

 

――あのEPを振り返ってみて、いまどう思ってます?

「さっきも言ったけど、ノラのようにいまの自分とは異なる側面を見せることができて良かったと思ってる。収録された4曲のなかでは、フェンダー・ローズを弾いて歌った“Forbidden Fruit”が私のフェイヴァリットね」

――ジャジーなスロウですよね。あれが今回のアルバムの世界観にもっとも近い。

「そうそう、だから好きなの。あのEPは実験的にいろいろやってみて、どういうものが自分に合うのか探って試したものだったのよ」

――そして今回のアルバム『Soul Eyes』はというと、グッと音数も減らして、オーガニックなサウンドに回帰した印象があります。ジャジーなムードを強調して、ずいぶん落ち着いたものになりましたね。ドン・ウォズとの話し合いのなかからそういう方向性が決まっていったんですか?

「そうね。EPのときも彼と話して〈ヒップホップっぽい方向性でいこう〉ということになったんだけど、今回は〈大人っぽくて、落ち着いたものにしよう〉って話をして。私自身、こういうサウンドが昔から好きだったし、上手く自分を表現できると思っていたから、良かったわ。おかげさまで、たくさんの人からいい反応をいただいているし。でも今後どういう方向性に行くのかはわからない。この声を中心に据えて作ることだけは変わらないでしょうけどね」

ジェシー・ハリスが作曲した『Soul Eyes』収録曲“Neither Old Nor Young”

 

――プロデューサーにラリー・クラインが迎えられていますが、それもドン・ウォズの意向ですか?

「それもあるけど、その前にカール・スターケンエヴァン・ロジャースがラリー・クラインのことを知っていて、彼らがブルー・ノートに話を持っていってくれたの。カールとエヴァンはリアーナを有名にしたことでよく知られているけど、私は10代の頃から彼らを知っていて。いろいろよくしてくれてたのね。ブルー・ノートのオーディションに連れていってくれたのも彼らだし」

――ラリー・クラインと一緒に作ってみて、どうでした?

「素晴らしい経験だった。彼は生の楽器にこだわる人で、オールド・スクールな録音方法によって歌手の持ち味を引き出すことに長けているのね。ヴォーカルも生々しく録ることを大事にしていて。ほとんど一発録り。どれも大体3~4テイクで終わったわ」

――ヴィニー・カリウタ(ドラムス)、ディーン・パークス(ギター)、テレンス・ブランチャード(トランペット)のほか、錚々たるミュージシャンが『Soul Eyes』の録音に参加していますが、ラリーと話して選んだのですか?

「みんなラリーが推薦してくれた人たちよ。世界でも指折りのミュージシャンたちだから、全面的な信頼のうえで録音することができた。私としてはとにかく声が前面に出てくるシンプルなプロダクションを望んでいたんだけど、ラリーはそういうものに完全に向いていたし、そのなかで私のピアノとフェンダー・ローズも活かして作ってくれたの」

ラリー・クラインがプロデュースを手掛け、ヴィニー・カリウタとディーン・パークスが参加したメロディ・ガルドーの2015年作『Currency Of Man』(コラムはこちら

 

――マル・ウォルドロンのカヴァーである“Soul Eyes”はなかなかディープでエモーショナルな歌唱を聴かせていますが、一方でオープナーの“Talk To Me”はもう少し柔らかなタッチでふわっと歌っていますね。

「そうね。これはそんなにジャズを聴いていない人にも受け入れられる曲だと思うし、こういう歌い方のほうが合ってると思って」

――ノラ・ジョーンズの“Don’t Know Why”を好きな人なら、この“Talk To Me”も必ず気に入るでしょうね。作曲したのはジェシー・ハリスですか?

「そう。“Don’t Know Why”っぽいでしょ? ハハハハハ(笑)」

ジェシー・ハリスが作曲したノラ・ジョーンズ『Come Away With Me』収録曲“Don’t Know Why”

 

キャンディスとジェシー・ハリスの2ショット。ジェシーは『Soul Eyes』に“Talk To Me”と“Neither Old Nor Young”の2曲を提供している

 

実は共作曲もあった、プリンスとの思い出

――歌詞に関しては、何か全体のテーマのようなものはありましたか? いくつかの歌詞を見ていたら、世の中には嘘や欺瞞が溢れていたりするけど、それでも自分なりの真実を発見しようとしている、そんなあなたの姿勢が浮かび上がってくる気がしたのですが。

「自分でそこまでは意識してなかったけど、すごく上手く言い当ててくれていると思うわ。うん、そうね。確かにそういうことを考えていた気がするし、カヴァー曲にしても自然とそういうものを選んでいたのかもしれないわね」

――“Soul Eyes”もそんな歌詞ですが、この曲に〈魂は目に反映されている〉という一節があります。カヴァーなので、あなたが書いた詞ではないけれど、これを歌うときにプリンスのことを思い浮かべたりしてるんじゃないかなと、ふと僕は思ったんですよ。

「ええっ!? そんなふうには思ったことがなかったわ。でも、それいいわね。今度から彼のことを念頭に置いて歌ってみるわ(笑)」

――プリンスって、まさしく魂が目に反映されている人で、何が嘘で何が真実か、そこに魂はあるのかないのかを直感的に見分けられる人でしたから。

「うん。本当にそう」

――ということで、プリンスについての話を訊かせてください。初めて彼に会ったのはいつだったんですか?

「2年前ね。彼がサム・スミスの“Stay With Me”をカヴァーした私のビデオを観て、気に入ってくれたのがきっかけだったわ。それで彼の曲“The Beautiful Ones”をカヴァーして、そのビデオを送ったの。そのなかで私がプリンスの似顔絵を描いてるシーンがあるんだけど、彼はその絵を買いたいと言ってきて。それからすぐ、2014年7月にペイズリー・パークで行われた『Purple Rain』30周年記念ライヴに呼ばれたの。絵はそのときにプレゼントしたわ」

――初めて会ったとき、どんな気持ちでした?

「それはもう大興奮。ペイズリー・パークに入って、エンジニアと話をしていたら、後ろのドアが開いてスーッとプリンスが入ってきてね。彼、紫のプラットフォーム・シューズを履いていて、歩くたびにそれが光るのよ(笑)。で、私に近付いてきて、ハグしてくれて。初めは緊張したけど、話すとすごくおもしろいの。それからはずっと仲良くしてくれて、一緒に自転車に乗ったり、映画を観に行ったり。ミネアポリスのダウンタウンでリヴィング・カラーのコンサートを一緒に観たりもしたわ。一緒にいる時間はとても楽しかった」

――2人でスタジオに入って制作したりはしなかったんですか?

「完成はしてないけど、何曲か一緒にレコーディングしたわよ。彼はアナログの機材を駆使して録音するんだけど、その使い方を私に教えてくれて、〈あとは自分でやってごらん〉って。上手くできずにあたふたしている私を見て、笑ってたわ(笑)」

――将来的にそれが形になって発表されることはないんですかね? 聴いてみたいものですけど。

「未完成でああいうことになってしまったから……。いま、iPhoneに入っているので、聴いてみる?」

――聴きたい!

「えーと、あ、これよ(と、iPhoneに入ったプリンスとの録音曲を再生。ちょっとエスニックなタッチの楽しい曲だ)。このギターを弾いているのは彼。音も重ねてくれて。私の歌も少し入れたんだけど、コンサートに出掛ける時間になったので、途中までで終わってるの」

――いやぁ、それにしても素晴らしい経験をしましたね。

「うん。本当に素晴らしい時間だった」

――プリンスからもらったアドヴァイスで、特に心に残ってる言葉はありますか?

「EPに入ってる“Forbidden Fruit”を聴いて、彼は〈キミはこういう方向性で行ったほうがいい〉と言ってくれた。〈音を削ぎ落としたところにキミのサウンドがある〉って。今回のアルバムも、今年1月にいち早く彼に聴いてもらえたんだけど、すごく喜んでくれたわ。彼は特に“Novocaine Heart”と“Soul Eyes”、“Rain Falling”が好きだと言ってくれたの」

――いま、彼になんて伝えたいですか?

「まず、〈ありがとう〉と。それから〈寂しいわ〉って」

 

NOVOCAINE HEART --- This track was my friend and mentor Prince's favorite on the album. From 'Soul Eyes' out This Friday on @bluenoterecords.

Kandace Springsさん(@kandacesprings)が投稿した動画 -

キャンディスによるプリンスのドローイング

 

キャンディス・スプリングス with special guest ジェシー・ハリス
日時/会場:
2016年9月8日(木)~10日(土) ブルーノート東京
開場/開演:
〈9月8日(木)、9日(金)〉
・1stショウ:17:30/18:30
・2ndショウ:20:20/21:00
〈9月10日(土)〉
・1stショウ:16:00/17:00
・2ndショウ:19:00/20:00
料金:自由席/8,500円
※指定席の料金は下記リンク先を参照
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