過ごしやすい陽気が続く5月末のある日。ここはT大学キャンパスの外れに佇むロック史研究会、通称〈ロッ研〉の部室であります。おや、明朗な雰囲気のお坊ちゃま風男子と、小柄で饒舌そうなメガネ女子の姿が見えますね。新入生でしょうか。
【今月のレポート盤】
逸見朝彦「おはようございます、逸見朝彦です! 趣味は映画鑑賞と音楽ブログの閲覧です!」
鮫洲 哲「来るたびに自己紹介するなっつうの! 入部して3週間近く経つんだからよ!」
雑色理佳「そうだよ、逸見ちゃん! もうちょいリラックスしなよ」
鮫洲「雑色は新入りのくせにくつろぎすぎだっつうの!」
逸見「僕、毎日が新鮮で楽しいんです! ところで今日は、あの美人な会長さんは来られないのですか? 僕、いっしょにお話したいんですが……」
鮫洲「お前って思ったことをそのまま口に出すタイプだな。意外とアホか?」
雑色「はいはいはい、それじゃ私ら3人だけで音楽談義に花を咲かせようじゃありませんか! お題はコレですよ!」
鮫洲「お、ネッド・ドヒニー。ジャケは『Hard Candy』っぽいけど、微妙に違うな。水かぶりすぎじゃね!?」
雑色「惜しい! 『Hard Candy』の裏ジャケですね。これをあえて表にするセンスが洒落ていますよね~。見ようによってはチルウェイヴ風ですよ、にゃはは」
鮫洲「そういや、その手のバンドってやたらとジャケのモチーフに水とか海を使うよな!」
逸見「この作品、インディー系ブロガーのクリスタルさんもレヴューをアップしていました! 活動開始から10年間のアンソロジーで、19曲中11曲が未発表音源という物凄い一枚なんですよ!」
鮫洲「もともと寡作な人だから、レア音源をまとめて聴けるだけでヤバイじゃんかよ! しかもクォリティーはバリ高ッ!」
雑色「73年の初作『Ned Doheny』からフォーキー・ソウルな作風でしたけど、76年の次作『Hard Candy』は当時のライト&メロウな風潮とモロにシンクロし、極上のAOR盤として長く愛されていますからね。そんな時代の音源が悪いはずありませんです!」
鮫洲「ボズ・スキャッグスやボビー・コールドウェルほど良い意味でゴージャスじゃないっつうか、ウェストコースト丸出しの乾いた感じが最高だな!」
逸見「アーバンすぎず、アーシーすぎずの軽やかさは、〈フリー・ソウル〉的ですよね。実際そのコンピ・シリーズにも収録されて再評価を受けましたし……と、クリスタルさんが書いていました!」
雑色「受け売りかよ!? にゃはは」
梅屋敷由乃「皆さ~ん、お紅茶を煎れましたので召し上がれ! あの~、確かネッドさんって他者に曲提供したり、カヴァーされたりすることも多い方ですよね?」
逸見「あ、どうもです! そう言えば、つい最近もビン・ジ・リンが取り上げていましたよね。あと少し意外なところでは、東京事変が“Get It Up For Love”をカヴァーしている……とクリ」
雑色「はいはい、クリスタルさんね!」
鮫洲「提供曲でいちばん有名なのは、チャカ・カーンの歌唱でお馴染みの“What Cha' Gonna Do For Me”だな。アヴェレージ・ホワイト・バンドも披露しているし、もはやクラシックっつってもOKな超名曲!」
雑色「本作にセルフ・カヴァーが収録されていますが、このヴァージョンは初出ですね! これまた素晴らしいメロウなグルーヴっぷり!」
鮫洲「デイヴ・メイソンが取り上げた“On And On”は『Ned Doheny』でも歌っていたけど、ここに入っているのはデモ音源じゃんか! この編集盤、マジでアガるわ!」
梅屋敷「私、失礼ながらこれまでしっかり聴いたことがありませんでしたの。でも、アコースティック・ギター主体のグルーヴ感が潮風っぽくて、〈ジャック・ジョンソン以降〉と括られるサーフ・ロック系の元祖みたいな雰囲気ですね」
雑色「梅ちゃん先輩、それ逸見ちゃんより的を射てますよ!」
梅屋敷「あらあら、そうかしら。それに爽やかなギターのカッティングと甘くて瑞々しいヴォーカルの感じが、どこかネオアコにも通じませんか?」
逸見「通じます、通じます! 僕もそう思っていました!」
雑色「はいはい」
珍妙な個性を発揮する2名の加入で、この先もずいぶんと賑やかになりそうな予感。新生〈ロッ研〉の門出を祝いつつ、今日はここまでといたしましょう。 【つづく】