クラウド・ナッシングスが、今年の1月にリリースした通算4作目のニュー・アルバム『Life Without Sound』を引っ提げて約3年ぶりに来日。Klan Aileenをスペシャル・ゲストに迎えて、4月11日(火)に東京・恵比寿LIQUIDROOM、4月12日(木)に大阪・心斎橋Somaで公演を行う。
もともとは、オハイオ州クリーヴランド在住のティーンエイジャーだったディラン・バルディが、1人で宅録を始めたことからスタートしたクラウド・ナッシングス。ソニック・ユースやハスカー・ドゥ、ダイナソーJr.らUSグランジ〜オルタナティヴ勢はもちろん、フガジやジーザス・リザードといったハードコア・パンクからの影響も感じさせる荒々しくエモーシャルなサウンドと、その隙間から見え隠れする知的なポップ・センスが話題を呼び、スティーヴ・アルビニがプロデュースを務めたセカンド・アルバム『Attack On Memory』(2012年)で、USインディー・シーンの中核に躍り出た。
そんな彼らの最新作『Life Without Sound』は、1年以上も時間をかけてディランが楽曲を練り、メンバーと念入りなプリプロダクションを行なったうえでレコーディングしたという。そのため、どの曲も聴けば聴くほど〈熟考の痕〉が窺える、スルメのように後味深い作品に仕上がっている。プロデューサーは、デス・キャブ・フォー・キューティやスリーター・キニーなどの作品を手掛けてきたジョン・グッドマン。ポップかつキャッチーでありながら、ザラリとした感触をしっかりと残しているところもファンにとっては嬉しい。 今回はディランにインタヴューを実施。ソングライターとしての方法論に迫りつつ、来日公演のおさらいも兼ねて、これまでのアルバムについても振り返ってもらった。ライヴの前にぜひご一読を。
〈世界なんてクソくらえ〉から、自分のいるべき場所についての歌へ
――ジョン・コングルトン※を迎えて制作した前作『Here And Nowhere Else』(2014年)が、ライヴを意識したパワフルで速い曲が大半を占めていたのに対し、今作『Life Without Sound』は部屋でじっくり聴き込みたくなるような、凝ったメロディーやアレンジを持つ楽曲が多いですよね。
※スワンズやセイント・ヴィンセントなどの作品で知られ、グラミー賞へのノミネート経験もある敏腕プロデューサー
「うん。実は最近マサチューセッツに引っ越してね。1人の時間が増えたから、作った楽曲を何度も手直しすることができたんだよ。いままでは、曲が出来たらすぐ録ってしまうことが多かったので、そこがかなり大きな違いだと思う。出来た曲から一旦離れてみて、ふたたび聴き直してみると〈ここはもう少しこうしたほうが良いな〉という具合に、別の角度から客観的に楽曲を判断できたんだ。あと、バンドのメンバーとのプリプロダクションに時間をかけられたことも、このアルバムに非常に良い影響を与えていると思うよ」
――例えば“Internal World”には、まるでビートルズのようなハモリが入っていますね。こういうアプローチも、これまでのクラウド・ナッシングスにはなかったと思います。
「そうだね。ソングライティングに特化したアルバムにしたいと思って、曲作りにすごく時間をかけたからこそ生まれたアイデアだとも思う。やってみてすごく楽しかったよ」
――実際のレコーディングは3週間で行われたんでしたっけ。入念に準備をしておきつつも、レコーディングはサクッと終わらせることで、演奏の瑞々しさを封じ込めようという狙いだったのでしょうか。
「でも、3週間って僕らにしてはかなり長いほうなんだよ。大抵は1週間でレコーディングは終わってしまうからね。ただ、3週間ぶっ通しでレコーディングしていたわけではなく、スタジオにバスケットコートがあったからそこで遊んでいる時間もかなり長かったし、実際のレコーディングはいつもと同じくらい短かったのかな(笑)」
――なるほど(笑)。歌い方もずいぶん変わってきましたよね。以前よりも喉が拡がっているように感じるし、倍音も増えて豊かな歌声になっています。
「ありがとう。そこはアルバムを作るたびに意識していることで、ちょっとずつ上達していまに到る感じかな。歌だけじゃなくて、ソングライティングにしてもギター奏法にしても常にそのときのベストを尽くしている。野暮ったい言い方だけどさ(笑)」
――きっと、ライヴやレコーディングをこなしていくうちにヴォーカルの表現力が上がり、込み入った譜割りやテンションノート※を使った、それまでは歌うことが難しかったくらい複雑……だけど、あなたらしいフックを持ったメロディーが増えていったんでしょうね。
※通常のコードトーンに含まれていない音を追加したコード。
「確かに。ずっと演奏やレコーディングをしているうちに、曲に合うメロディーを見つけやすくなってきているのかもしれない。僕らの場合、活動のなかで何か大きなトピックやターニング・ポイントがあったわけじゃないけど、常に曲は書き続けているから自然にそうなっていったんだと思う」
――毎日のように曲を書いているのですね。
「そう。僕は常にキャッチーでポップな曲が作りたくて、それこそが自分のオリジナリティーだと思っている。その部分はキープしつつ、毎回違うことをやろうと思っているんだ。それはサウンド・プロデュースの面でも一緒だよね。新たな試みを加えていくことで、マンネリ化してしまうことを避けている」
――〈新たな試み〉は、どういうところから採り入れているんですか?
「人の曲をパクること(笑)。というのは冗談だけど、いつもとは違う種類の音楽を聴いて、その〈自分ヴァージョン〉を作ろうと思うことが多いかな。ネタ探しのために音楽を聴いているわけではなくて、自然に耳に入ってくるものや、その頃たまたま好きだった音楽からヒントを得ることが多い。新しい音楽を聴くのは好きだから、アイデアはそこら中に転がっているんだよ」
――ちなみに今作は、どんな音楽から着想を得ましたか?
「レゲエからの影響が大きいかな。というのも、このアルバムのことを考えていたときに彼女とジャマイカにいたんだ。アルバムのアートワークも、そこで彼女と撮った写真だしね。あと、“Darkened Rings”という曲はワイパーズ※をベースに作ったよ」
※70年代後半から活動し、ニルヴァーナらシアトル近郊を拠点にしていたオルタナ/グランジ勢に多大な影響を与えたガレージ・パンク・バンド
――そういえば、前作のインタビューでは、〈ギターのフレーズはビル・エヴァンスのピアノからの影響が大きい〉とおっしゃっていましたよね。レゲエやジャズが、クラウド・ナッシングスの音楽に影響を与えているとは意外です。インプットしたものが曲としてアウトプットされるまでに、あなた内のさまざまなフィルターを通っているのですね。
「あはは、そうなんだよね。普段、自分たちの音楽性とは全くかけ離れたジャンルのレコードをたくさん聴いていて、今作でもレゲエだけじゃなくジャズやノイズもよく聴いた。間違いなくそこから影響は受けているのだけど、直接的には表れないんだよね。別にジャズやレゲエのレコードを作りたいわけじゃないからさ。いつかは作ってみたいけど(笑)。前作では、ビル・エヴァンスの風変わりなコードワークや音の隙間の取り方に感銘を受けて、自分のギター・プレイも影響されたんだ」
――歌っている内容は、デビュー時から変化してきていますか?
「そうだね。特に今作で大きく変わったかな。前作までの僕は〈世界なんてクソくらえ〉と思っていたし、実際そういうことを歌った楽曲が多かった。そういうことを歌っている僕らに共感してくれる人も多かったしね。ただ、今作での僕は自分のいるべき場所を見つけて、そのことに自信を持ち、心地良くさえも感じている。そういう気持ちを歌った歌詞が多くなったんだ」
――そうなったのには、どんな心境の変化があったのでしょう。
「自分の立場を受け入れられるようになったのが大きいのかもね。ミュージシャンというのはすごく特殊な職業で、ときどき〈いったい自分は何をやっているんだ?〉と思うことがある。でも、もう10年近くも続けてきて、いい加減に慣れてきたし、自分の置かれている環境をやっと受け入れられるようになってきたのかもしれない。作品や演奏に対しても自信を持てるようになってきたし、決して悪い意味じゃなく、これは仕事なんだと思えるようになったのが大きいんじゃないかな」