「天と心をむすぶ声」ふたたび――新録音入りベストアルバム二枚組

 CDデビュー20周年の米良美一のベストアルバム『無言歌』は、古今東西の名曲が美しい歌声で奏でられ、聴いているとやわらかな走馬灯が浮かんでくる。

 2年前にくも膜下出血で倒れ、奇跡的な回復を経て復帰。多くの人々に支えられてふたたび歌えるようになったよろこびを語る表情は清々しい。

 再出発の門出に、これまでの録音作品に加えて新曲もプラスした。アルバムタイトルでもある“無言歌”はグルジア(ジョージア)の作曲家ヴァージャ・アザラシヴィリの楽曲で本国では愛唱歌として親しまれている。日本語訳詞は作詞家の許瑛子。自然体の歌声は聴く者の心にやさしく語りかけ響いてくる。

 「自分を見失いかけて、存在意義がわからなくなったときに、人生を振り返り、ああ、包まれて生きてきたのだなと思えるような。力を入れずに生きて行こうとリセットできるような歌です。〈はりつめた~♪〉(『もののけ姫』の冒頭の歌詞)のままでは、プチッときれてしまいますから。これからは共鳴共感の時代ですね」。レコーディングは不思議なくらい優しい気持ちで臨め、やわらかい気持ちで歌えた。今は、聴く人の気持ちや、待っていてくれる人のことを想像できるようになったという。

 療養中は読書に励んだ。人の心を大事にする経営者の本、心理学、哲学、宗教etc.「もともと読書家ではなかったけれど、パニックになり身動きできなくなったとき、脱出するためには〈智慧〉しかないことを思い知りました。ブッダの言葉もそうですが、何千年も昔の言葉に目から鱗だったり」。

 生死をさまよう闘病の日々、〈無言〉の時間を過ごした後、そっと歌ってみたら声が出た。そして、真面目にリハビリしたらまた歌えるようになった。

 「すごく大きな存在が自分を守り導いてくれるような天の力のようなものを感じました」と言葉を選びながら語る。そして、「自分が与えられた〈楽器〉は、小さいながらも、決して恵まれていないわけではなかった」とふりかえる。故障が多いからだなのに、声帯の筋肉はなぜか強い。歌声を紡ぎだす条件は天性のものだろう。天使の歌声を高く評価されていた少年は、天上に向けて歌う選ばれし者だったにちがいない。「天に向かって歌っていたようでありながら、天に向かってつばを吐いていたようなところもありました」と謙虚に自省し「恩返しができたら」と語る。

 「もののけ姫を聴いてファンになってくださった世界中のみなさんに聴いてほしいアルバム」は、〈世界遺産〉のようなベスト盤。「天と心をむすぶ」天性の美声が奏でる歌唄には、未来への慈悲と愛があふれている。