その歌声が蘇らせるもの、そこから広がる新たな輝き――時代の琴線に触れながら己の音楽性を追い求めた、珠玉のセルフ・プロデュース作が登場!

 今年でデビュー5周年という小さな節目を迎えたシンガー・ソングライター、南壽あさ子。レーベルを移籍して初めてリリースしたニュー・アルバム『forget me not』では、初のセルフ・プロデュースに挑戦している。それは満を持して、というより自然の成り行きだったが、彼女にとって新鮮な体験だったようだ。

南壽あさ子 forget me not YAMAHA(2017)

 「去年、今回のアルバムにも収録された“エネルギーのうた”“ここだよ”という曲を作る機会があって。この2曲はとくにディレクターがいるわけではなく、自由にやらせてもらったんです。それでご一緒したいミュージシャンに声をかけたり、エンジニアの方と話をしたりしているうちに〈これがプロデュースなんだ〉と思って。こういうやり方だったら自分のやりたい音楽をより追求できるんじゃないかと気付いて、アルバムでもやってみたいと思ったんです」。

 そして南壽は「自分が聴きたいアルバム」をイメージして新作に向き合った。例えばオープニング曲“On My Way”は「こんな感じでアルバムが始まったら良いな」という想いから生まれた曲で、彼女はこれまでとは違った気持ちでレコーディングに挑んだという。

 「これまでは自分で演奏するピアノと歌だけに集中していたんですけど、今回はセルフ・プロデュースということもあって、他の楽器や曲全体のバランスに注意したんです。そうすると、〈歌が(他の音に)埋もれてもいいかな〉とか〈ピッチが悪いけど、それも味かな〉と思えてきて。ライヴ感があるほうが、聴き飽きない気持ち良さが生まれるんじゃないかと思ったんです」。

 そんなライヴ感の良さを知ったきっかけは、収録曲の一部のヴォーカル録音とミックスをLAで行ったことにあったという。同地でエンジニアを担当したのは、マイケル・ジャクソンやスティーヴィー・ワンダーなど名だたるミュージシャンの作品を手掛けて、グラミー賞を何度も受賞したラファ・サーディナだ。

 「普通、歌入れで歌い直す時って、修正したい箇所だけ歌って後で編集するんですけど、ラファさんの場合、頭から歌い直すんです。そうすることで新しいことに気付いたりして、前のテイクより全体的に良くなるんですよね。ラファさんがミックスした音も素晴らしくて、目の前で楽器が鳴っているような生々しさや立体感に圧倒されて、仕上がった音を聴いたら自然に涙が出てきたんです」。

 そうした経験を反映させて作り上げた新作は、アコースティックな質感を大切にしながら、南壽いわく「緊張感もありながら暖かみもある」サウンドに仕上がった。壮大なアレンジが施された“flora”、LAで吹き込んだ歌声にも注目したい“勿忘草の待つ丘”と“八月のモス・グリーン”。軽快なリズムで駆け抜けていく“ビートラム”など、彼女らしい美しいメロディーと繊細な歌声が映える曲が並ぶなかで、異彩を放っているのが日本情緒を漂わせた幻想的な曲“杏子屋娘”だ。そこから、ヨーロッパを舞台にした“ロマンティック街道”へと鮮やかに風景が切り替わる。この印象的な2曲でギターを弾いているのは、はっぴいえんどやティン・パン・アレーなどに在籍した伝説的なプレイヤー、鈴木茂。はっぴいえんどが好きな南壽の熱いラヴコールから参加が決まった。

 「茂さんとはいつかコラボレートしたいと思っていたんです。“ロマンティック街道”は事前にデモを聴いてもらって、曲のイメージも手紙でお伝えしました。異国の物語と昭和歌謡チックなメロディーを融合させてみたかったんです。この曲は、茂さんの最後のギター・ソロを聴くためだけにでも聴いてほしいですね(笑)。それで“ロマンティック街道”を録った後、どうしても、もう一曲弾いてもらいたくて“杏子屋娘”をその場でお願いしたんです」。

 全体像やサウンド、参加ミュージシャンなど、隅々まで考え抜いて作り出された『forget me not』。彼女は「デビューしてからの5年間で経験したこと、学んだことをすべて出し切ることができました」と清々しい笑顔を浮かべるが、そんなアルバムに彼女はどんな想いを込めたのだろう。

 「『forget me not』は勿忘草(わすれな草)の英語名なんですけど、輝いていた青春時代とか、もう会わなくなってしまった人とか、そういう想い出を忘れないでほしい、という気持ちを込めてアルバムを作りました。これまで、私の歌を聴いて忘れかけていたことを思い出した、という声をよく聞いて。私の歌にそういう力があるんだったら嬉しいなって思っていたんです」。

 思えば花の香りも音楽も、目に見えないけど心を豊かにしてくれる。勿忘草の匂いをかぐようにこのアルバムに耳を傾ければ、大切な想い出に巡り会えるかもしれない。

南壽あさ子の作品を一部紹介。