ピアノとの対話から始まった彼女のストーリー。透き通っていながら鮮やかな色彩を纏った旋律は、ファンタジックな情景のなかに聴き手のノスタルジーを映し出す

 

 

シンプルなのがいちばん良い

 透明感溢れる歌声とたおやかなメロディーを絵筆にして、どこか不思議に懐かしい情景を描いてきたシンガー・ソングライター、南壽あさ子。2013年にメジャー・デビューして以来、3枚のシングルを発表してきた彼女がファースト・アルバムを完成させた。『Panorama』と名付けられた本作は、その名の通りにさまざまな情景が広がっているが、彼女はまず、〈12曲〉という数を元にアルバムを作り上げていったそうだ。

 「なぜか、〈アルバムといえば12曲〉というイメージがあって(笑)。12色のパレットみたいに、いろんな色があるアルバムにできたらと思ったんです。そのきっかけになったのが(凛として時雨の)TKさんに新しい刺激をいただいたシングル曲“みるいろの星”で。この曲をアルバムに入れることが決まった時に、ほかの曲たちもヴァラエティー豊かにしたら楽しくてカラフルなアルバムになるんじゃないかと思ったんです」。

南壽あさ子 Panorama トイズファクトリー(2015)

 TKがプロデュースを手掛けた“みるいろの星”はバンド・サウンドが彼女の曲に新鮮な彩りを与えていたが、今回は収録曲のうち3曲でプロデューサーに鈴木惣一朗を迎えて同じアプローチにふたたび挑戦。その体験を彼女はこんなふうに語ってくれた。

 「バンドと一緒に音を鳴らしていると、私の好きなはっぴいえんどを思い出す瞬間があるんです。あまりテンポとかリズムを気にせず、それぞれ自由にやってるけど、それがグルーヴを生み出していて聴いてて気持ち良くなる、というような。そういう体温が感じられる音がいいな、と思いました」。

 鈴木がプロデュースした曲のなかでひときわ印象的なのが“ペーパームーンへ連れ出して”だ。ストリングス・アレンジを織り交ぜながら、ファンタジックな世界を生み出している。

 「この曲は夢見がちな少女が空に飛んで行くというイメージがあって、それをコールドプレイみたいなサウンドで表現したいと思ったんです。それで惣一朗さんが弦を入れてくれたんですけど、実際はひとりの方が弾いたものを多重録音してミニ・オーケストラにしているんです。弦っておもしろいんですよ。指輪を嵌めているかいないかで音が変わってくる。それで指輪を嵌めて弾いた音、嵌めないで弾いた音、ちょっとヘタに弾いた音、みたいにいろんな弾き方で録った音を重ねたんです」。

 そうやって新たなサウンドに挑戦する一方で、今回のアルバムの軸には彼女にとって重要な楽器=ピアノの音色がある。ピアノの弾き語りは彼女の原点だ。

 「メジャーで出すファースト・アルバムなので、この作品を通じて初めて私のことを知ってくれる人も多いと思ったんです。だから、ピアノも弾き歌いはちゃんと入れたかった。そのうえで、ピアノのアレンジをいろいろと考えようと思ったんです」。

 そこで彼女がプロデューサーとして招いたのが、キーボード奏者でシンガー・ソングライターでもある酒井ミキオ。酒井は5曲を担当しているが、南壽は酒井と話し合いながらピアノのアレンジについてこれまで以上に掘り下げていった。

 「酒井さんは、私の歌は〈シンプルなのがいちばん良い〉とおっしゃっていて。だから変に凝ったアレンジをするより、どうやって音を引いていくかというところで悩まれたみたいです。いちばん最初に酒井さんと取りかかったのが“やり過ごされた時間たち”だったんですけど、転調で曲をドラマティックに聴かせるやり方だとか、あとピアノを弾きすぎないことも大切だと気付かされたりしました」。

 

誰の言葉も自分の歌に

 改めてピアノと向き合うことで、自分の足元を見つめ直した南壽。さらに本作では、彼女にとって重要な〈言葉〉に対する新しい試みもある。今回2曲の歌詞を、植村花菜“トイレの神様”などを手掛けた作詞家、山田ひろしに依頼。シンガー・ソングライターの彼女にとって、人の言葉を歌うことも大きなチャレンジだったはずだ。

 「確かにそうですね。共感できる歌詞だったら、ちゃんと自分の身体に入って歌えるんですけど、そうでない歌はヘタになってしまうんです。でも、ゲームの挿入歌“風が眠る地へ”(初回盤のボーナス・トラックとして収録)を歌わせてもらった時、それは私が書いた曲ではなかったんですけど、私が歌うことで私の曲になっているとディレクターさんから感想をもらって。それがひとつのきっかけになりました」。

 山田が提供した曲のうち“かたむすび”は父親と娘の絆を歌った曲だが、父親の視線で彼女が歌うという演出がユニークだ。

 「山田さんとはいろんな話をして、家族の写真とかも見てもらったりしたんです。そのなかで、私がお父さんとピアノの連弾をしている写真に目を留められて、父と娘の関係を描きたいとおっしゃったんです。でも、普通に娘の目線で歌うのではなく、父親の目線で歌うことでこれまでにない曲になるんじゃないかと。最初はどんな気持ちで歌ったらいいのか悩みましたが、〈お父さん、こんなこと思っていたのかな?〉って考えると感動してしまって。歌入れの時は周りが男性スタッフばかりだったんですけど、みんなジーンとしてたみたいです(笑)」。

 新しい言葉と新しい音楽が織り成す新しいアルバム。そんな本編に寄り添うように、初回盤にはアルバム全曲をピアノで弾き歌っているスタジオ・ライヴを収録したDVDが付属されているが、そこではピアノとひとりで向き合う彼女の姿がある。「一日で撮ったんですけど練習したりする余裕がなくて。生々しいというか、ファースト・アルバムらしい潔い演奏になりました」と彼女は振り返るが、本編が美しい水彩画だとしたら、DVDは力強いデッサンのようだ。最後にアルバム・タイトルについて訊ねると、こんな答えが返ってきた。

 「〈パノラマ〉っていう言葉には、移り変わる風景という意味があるみたいで。12の場所で起こる主人公の違う物語が次々と展開していく、そんなイメージでアルバムを作りました。私が何かを発信するというより、聴く人それぞれが〈あ、ちょっとわかるな〉って感じてもらえると嬉しいですね」。

 今作の向こうに広がる12の情景。きっとそこで、誰もが自分だけの物語を見つけることができるはずだ。